第2章 -4

 二度目のアルバイトはだいぶ要領を得て、それなりに上手くやれたと思う。従業員出入り口にいる守衛さんと白ジャケットのフロア長と、それからお惣菜屋の女子高生レイちゃんからは気に入られてなさそうなこと以外は。あれ、思い出すとなんだか悲しい。でもほら、今日は店長さんから睨まれることはほとんどなかったし、お客さんからはちょっぴり褒められた。だから調子に乗ってしまったのだろうか。いや、そんなつもりは全くないのだけど。


 僕は売れ残ったパンを地下の扉まで運んだらそのまま家に帰るはずだったのに、なぜかまた妖精界にやってきていた。


 妖精界は先週と同じく、青いインクを溶かしたような澄んだ空が広がり爽やかな風が吹いていた。僕らの街はまだ春が始まったばかりで芽吹いていない木もあるのに、ここでは木々が青々と茂り、色とりどりの花が咲いている。それに、今日この世界に来たのはデパートが閉店した後だったはずなのに青空が広がっているなんてすごく不思議だ。ここの時間の流れはどうなっているんだろう。

 不思議に思って有紀乃先輩に聞いてみると、妖精界の一日は人間界のだいたい一週間に相当するらしい。つまり、僕がこの世界に来たのは、この世界での一日ぶりだということだ。

 と、まあ。そんなことはひとまずおいといて……


「ギブギブギブ~!」


 僕は地面に倒れ込む。ドワーフたちに木の剣で試合稽古の相手をさせられたのだ。

 小さな七人のドワーフたちは、自分たちよりもさらに小さなピクシーと呼ばれる小人たちを大勢従えて訓練を続けていた。


「姫様、コヤツは使い物にならんぞ」


 ドワーフが呆れたように言う。彼らは息も上がっていないが、僕は息も絶え絶えだ。

 そんなこと言われたって、剣なんてゲームの中で使ったことがあるくらいで、実物がこんなに重いことも知らなかったくらいなんだから、少しは大目に見て欲しい。授業でやったことのある剣道の竹刀はもっと軽かったけど、ちょっと素振りしただけでいい汗をかいた覚えがある。そんな体育の授業よりもハードな稽古のおかげで、僕はゲリラ豪雨に打たれたみたいにずぶ濡れだ。


「せ、先輩。戦わないって、言ったじゃないですか!」


 ぜいぜいと乱れた呼吸のまま、僕は有紀乃先輩に断然抗議した。


「在人くん、これは単純な体力作りだよ。男子はこのくらい余裕で出来なきゃ。ちょっと見てて」


 有紀乃先輩はからからと笑って僕から木の剣を受け取り構えた。立ち姿が様になっている。先輩の動きを見ていると、ドワーフの攻撃がいかに単純だったが分かる。単に体力の差だけではない。むしろ先輩の方こそドワーフの師と言えるだろう。

 順番に向かってくるドワーフたちを連続で軽くいなしたあと、演舞のように剣を振り回して僕とドワーフたちを魅了する。


「ね、簡単でしょ?」


 有紀乃先輩の顔には汗ひとつ浮かんでいない。妖精というくらいだから体が軽いのかもしれないけど、本当に羽が生えているような軽やかな動きは「すごい」としか言いようがなかった。


「全然簡単じゃないですよ! だいたい、先輩も他の皆さんもこんなに強いのに、僕まで鍛えることないんじゃないですか?」

「体力は、ないよりあった方がいいでしょ」

「それはそうかもしれないですけど」

「じゃあ、続きやろう!」


 一体どれだけ体力があるんだろう。先輩の稽古はドワーフが見るに見兼ねて止めてくれるまで続いた。僕は倒れこむように地面にひっくり返ったけれど、有紀乃先輩はやっぱり涼しい顔で気持ち良さそうに伸びをするだけだった。

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