第2章 -1


−−戦争。


せん そう −さう【戦争】

( 名 ) スル

① 武力を用いて争うこと。特に,国家が自己の意志を貫徹するため他の国家との間で行う武力闘争。

② 激しい競争や混乱。 「受験−」 「交通−」


 三省堂 大辞林より。


 先輩からこの言葉を聞いてから、僕の頭の中はパンクしたみたいに何も考えられなくなって、ボーッとしたまま週末を無駄に過ごしてしまった。失った時間を取り戻すために今朝は早起きして、布団の中で一人考えてみたけれど結局なにも浮かばなくて、それで図書館に来てみた。

 紙とインクの匂いがほんのり漂う大学図書館は、気だるい月曜日の午前中でも半分くらいの席が埋まっていた。

 図書館の中は人が多い割にはずいぶんと静かだ。ここの絨毯は足音を吸って、代わりにしんとした空気を吐き出しているのかもしれない。館内には様々な学部に関連する書籍が網羅されている。だけど、僕が知りたい情報が書かれている本は見つからない。辞書に書いてあることくらいは僕にも理解できる。でもそうじゃない。

 僕は音をなくしたような図書館の中を、考えごとをしながらウロウロと歩き続けた。


 有紀乃先輩はなぜ、戦争をしようとしているのだろう。

 有紀乃先輩はなぜ、僕を誘ったのだろう。

 有紀乃先輩はなぜ、あんなに美しく笑っていたのだろう。


 有紀乃先輩は言っていた。

 妖精界は人間界が出来る前から存在していて、いわゆる『神話』と呼ばれるエピソードは実際に起こった話なんだそうだ。人間も昔は妖精界に住んでいたけれど、いつ頃からか争いが絶えなくなって人間は妖精界を追放されてしまったらしい。だけど、世界を完全に分けることはできなくて、ところどころで繋がっている。そして、地形の変化で世界を分ける壁が崩れることもあれば、土地の開発などで人為的に繋がることもある。世界が繋がったからといって必ずしもその穴が気づかれるわけではないけれど、今回は不運にもデパートの運搬用通路の傍に穴が空いてしまったせいで人間に見つかってしまったということらしい。有紀乃先輩も先輩で、今回みたいな事件が起こるまでは、妖精界と人間界がつながることを好意的に捉えていたそうだ。


 だけど、妖精王の泉の水は特別で、それが人間に奪われるなんて想像もしていなかったらしい。

 妖精王のお城自体が魔法で人間から見えないようになっていて、そのお城の広大な敷地の中にある泉は、妖精でさえもほとんど知らない場所にあったのだそうだ。そんな大切な泉の水が奪われてしまって、妖精たちは殺気立っていた。それは小人の様子を見るだけでよくわかる。僕には感じ取れないけど、森の木々も怒っているらしい。有紀乃先輩はこの事態を見兼ねて、それに友人である泉の精を助けるために蜂起することにしたんだそうだ。


−−戦争。


 なぜ、戦争をしなくてはいけないんだろう。

 話し合いでは解決できないんだろうか。


 僕の頭はいっぱいいっぱいで、なかなか思考が進まない。

 デパートの地下に妖精の世界が広がっていた。それだけでも驚きなのに、妖精王の泉の水を人間が奪っている、だなんて。しかも、そのせいで妖精界だけじゃなく人間界までなくなってしまう、なんて。

 そんなことを聞かされても、僕にはどうしようもないよ。


「在人くんじゃん、おはよ」

 突然かけられた声に振り向くと、そこには禅先輩がいた。

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