第1章 -10
なぜか行きよりも荷物が増えた僕が急いでパン屋さんに戻ると、店の片付けはほとんど終わっていた。
「あ、あの……」
何も言わなくても話は通じているようで、大きな包みをパートさんが受け取り、小さな方は「早くしまっちゃって」と、僕の手に残される。そして、さらに僕の手には別のお店の商品まで渡され、両手がふさがってしまうほどだった。
「それじゃあ今日もお疲れさまでした。治見くん、助かったわ。土曜日だけでもいいから続けてくれると嬉しいけど、どう?」
「は、はい。僕でお役に立てるなら、よろしくお願いします!」
しまった。また僕は安請け合いしてしまった。御伽屋デパートで働くなんてリスクが高すぎるから断るはずだったのに。仕事はわりと楽しいし週一回だけなのが救いだけど、絶対にバレちゃいけない秘密を持つことになってしまった。
「それじゃあ、来週もよろしくね。あと、最後にゴミ出しだけお願い。有紀乃ちゃんが良く知ってるから。では、お疲れさまでした!」
「お疲れさまでした!」
挨拶をして解散したあと、有紀乃先輩は厨房の奥から大きな袋をふたつ持って出てきた。
「なんですか、それ?」
「ゴミだよ。ひとつ持ってくれる?」
半透明の袋の中にはぎっしりとパンが詰まっている。かなりの量を従業員と近隣の店舗に配り分けたはずなのに、まだこんなに廃棄するパンがあったとは、僕は驚いて返事ができなかった。片手にはもらった食べ物、もう片手には捨てるパン。もらった物だけでも食べ切ることができるか不安になる量だったけれど、もう片方の廃棄処分するパンの方が何倍も重かった。
「もったいないですね」
「そうだね」
その後は会話もなく、ひたすら有紀乃先輩のあとをついて歩く。従業員用の通路を進みエレベーターを通り過ぎるとトラックの搬入口に出る。その横に大きなゴミ捨て場があった。回収車がすぐ運べるように、コンテナが置いてあるのだ。ゴミはもちろん分別されていたけれど、生ゴミが一番多く、中でも日配品の売れ残りがうず高く積まれていた。
「ここに捨てるんですか?」
僕は迷っていた。今この手を離したら、パンは生ゴミとなる。でも、手を離さなければ、パンはパンのままだ。だからといって、自分で食べ切ることができる量ではないし、ましてや勝手に横流しなどしてはいけないに決まっている。でも、さっきまで売っていたものを捨てるなんて。
「違うよ、あともうちょっとだから」
「え? どこに行くんですか?」
有紀乃先輩はごみ捨て場を素通りして、トラックの搬入口にある小さな階段を降りた。トラックの荷台はタイヤの分だけ高さがある。搬入口はその高さに合わせて道路が掘り下げられていた。階段は、トラックの運転手が道路から搬入口に上がるために取り付けられているもので、その階段を降りたところで有紀乃先輩が運転する車が用意されているようには見えなかった。
「こっち、こっち」
階段のそばにしゃがみ込み、有紀乃先輩は小声で僕を手招きした。
イイコトってなんだろう、と期待しつつも、手に持っているパンの袋に色気がないせいで、あんまり楽しい未来が浮かばない。むしろ、このパンのせいで、デパートからあらぬ疑いをかけられそうで心配だ。
戸惑いつつも僕は有紀乃先輩についていくことしかできなかった。同じように階段を降りると、壁と同じ色の扉が見えた。同じ色というか、壁そのもののようだ。いや、上から見たときは扉なんてなかったはずだ。有紀乃先輩が小さな鍵穴に鍵を差し込んだ瞬間、その扉が現れた気がする。
「誰かが来る前に入っちゃって」
有紀乃先輩に急かされ、ギリギリ人が入れるほどに開かれた扉に僕は飛び込む。中はほの暗く、目が慣れていない僕は何度もつまずきながらまっすぐ進んだ。まだ手にぶら下げたままのパンの袋は、いったいいつまで持って歩けばいいんだろう、なんてのんびり考えながら。
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