第1章 -1
翌朝九時。僕は駅の改札口で有紀乃先輩と待ち合わせていた。
あれから一睡も出来なかった。
昨日のことは全部夢なんじゃないかと思った。だって、あれからどうやって帰ったのかも覚えていない。お酒なんか一滴も飲んでないのに。酔っ払いようもなかったのに。
九時五分。
有紀乃先輩とは九時ぴったりに待ち合わせしたはずだ。
僕は遅れないように、というか全然眠れなかったから早めに家を出て十五分前には改札口の前にたどり着いていた。
九時七分。
まだ、ソワソワするほどの時間ではない、と思う。でも僕はケータイをのぞきながら、昨日のうちに先輩の連絡先を聞いておけばよかったと思っていた。
八分。
九分。
……そして。
九時十分。
有紀乃先輩は本当にやってきた。
「待った?」
先輩は昨日のラフな格好とは違う、ちょっと会社員風のきりりとした姿だった。比べて僕はチェックのシャツにデニムとスニーカーの、ごく普通の大学生だ。
「いえ、全然!」
本当は、駅に着いてから三十分以上は経過していたけれど、有紀乃先輩を待っているというだけでワクワクした時間だった。
「じゃあ、行こっか。急がないと遅れちゃう」
挨拶もそこそこに、先輩はすたすたと歩いていってしまう。
「え、どこに行くんですか?」
「いいから、いいから」
行き先を何度訊ねても答えてもらえないまま、僕はひたすら先輩についていくしかなかった。
でも、行き先はすぐにわかった。駅前にあるデパート『御伽屋(おとぎや)』だったから。
子供の頃からデパートが大好きだった。
おもちゃ屋さんがあって、美味しいお子様ランチがあって、カッコイイ時計とかキレイな宝石とか、たくさんの洋服や、それを見てニコニコしている人たちを見るのが大好きだった。友達に話したら、今時の子供っぽくないって言われたけど。
だから、最近なにかと話題になっている御伽屋デパートに連れてこられたのはちょっと嬉しかったりもする。
だけど、緊張感の方が何倍もある。
「先輩、まだ始まってないですよね」
「うん、店はね」
「じゃあ、どうしてデパートに?」
「買い物しに行くんじゃなくて、開店準備をしに行くんだから。早く行かなきゃ怒られちゃう」
「ま、待って! ください!」
ちょ、ちょっと。
ダメです。マズいです。
僕はデパートが大好きだったんです。
だけど、今は大嫌いなんです。
なぜなら……
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