プロローグ -3

「僕は、なにか人の役に立つことがしたいです」


 精一杯背伸びしてみた答えだ。すごくぼんやりしているけど、これが今の正直な気持ちだ。


「ふぅん。ちょっと絞りきれてない感じがするけど、悪くないんじゃないかな」

「あ、ありがとうございます。僕、小さい頃からおじいちゃんおばあちゃんに連れられてご近所の会合やお祭りの準備を手伝っていたんです。そのときにみんなに褒められて、それで人の役に立ちたいって思ったのかもしれないです」

「すごいねぇ、在人くん」


 初めて会った人に自分のことを語るような熱い人間ではなかったはずの僕だけど、有紀乃先輩が聞き上手なのか会場の雰囲気に酔っていたのか、子供の頃の話なんかしてしまっていた。


「それじゃあバイトしてみたりして、どんな仕事が向いているか試してみるのもいいかもね。在人くん、バイトはしてるの?」

「あ、いいえ。これから始めようと思ってるんですけど、どんなお店にしようか迷ってて」

「そうなんだ。まぁ、大学に入ったばっかりだと忙しいもんね」

「そうなんですよね。ガイダンスとか履修登録とか教科書販売とか、初めてのことばっかりで戸惑っちゃいますね」

「あ、でも明日は土曜日だから休みだよね」

「はい。久しぶりにゆっくり休めそうです」

「予定はないの?」

「特にはなにも。課題をやらないといけないくらい、ですかね」

「じゃあ……ない?」


 有紀乃先輩がなにかを言おうとしたとき、部屋の隅の方で大きな笑い声がしてよく聞き取れなかった。


「すみません、よく聞こえませんでした」


 僕が謝ると、有紀乃先輩はよく聞こえるように耳元に顔を寄せてきた。

 髪が、甘く香る。


「明日、ちょっと付き合ってくれない?」


 耳元で囁かれたはずなのに、有紀乃先輩が今なんて言ったのか僕には理解出来なかった。


「えぇ?!」


 すごく大きな声が出たと思う。みんなの注目を集めていたかもしれない。だけど僕はそれどころじゃなかった。

 有紀乃先輩は極上の笑みを浮かべながら言ったんだ。



「一緒に……イイコトしない?」


 どうすれば、僕は抗えたのだろう。

 どうすれば。

 どうすれば……


 いや、最初から僕に抗えるはずなんかなかったんだ。

 僕は一も二もなく返事をしていた。


「僕でお役に立てるなら」


 と。

 そう。僕でお役に立てるなら、もしそれが有紀乃先輩のためになるなら、どんなことでもしてみたい。この時にはもう、禅先輩の忠告なんてまったく頭に残っていなかった。

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