第11話 私が欲しいのは

「あぁ?そんなおかしな事ある?案は佐田のを採用しといて企画責任者は一之瀬にするってどうなってんスか!?」


長谷山先輩が部長に噛み付いてる……。


新規プロジェクトの企画案を社員それぞれ発案し、私の案と一之瀬の案が最後まで残った。


最終選考で選ばれた人間が企画責任者としてプロジェクトを指揮するって話……だったような気がする。


結論を言えば、選ばれたのは私の案だった。


しかし、企画責任者は一之瀬だと発表され、その結果に根が真面目な長谷山先輩はブチ切れた。


部長は長谷山先輩の剣幕に圧倒されつつ、言い訳をする。


「いや、佐田と一之瀬の間取あいだとってだな」


「そんな間の取り方あるか!」


「いや、クライアントの意向だからさ……」


仕事は出来るけど、お前人間としてダメ。って遠まわしに言われてるみたいだった。


「先輩、もういいです。」


納得のいかない長谷山先輩は私の一言に勢い良くこちらを見る。


「表立って何かやるの得意じゃないし企画責任者とか、私には無理です。一之瀬になって正直ホッとしてます。あの、ありがとうございました」


私は部長と長谷山先輩に一礼して仕事に戻った。



「プロジェクトの責任者のあれってどう思う?あたし納得いかないんだけど」


「結局女だからって理由なんでしょ~?」


「女が仕事頑張っても意味ないって証明されただけでしょ?仕事人間の佐田さんの人生、全否定だよね。気の毒~」


昼休み、いつもの場所に向かう途中、女子社員の会話が漏れ聞こえてきた。


「だっけどさ、長谷山先輩もなんであんなにキレるかね?佐田さんごときのために」


「好きだったりして~」


「長谷山先輩が佐田さんのこと?ないない!長谷山先輩はみんなに優しいだけ!」


悪口も、「ない」の嵐も慣れてるはずだった。


なのに、なんでだろう?今日は胸にこたえる。


きびすを返すと、そこには黛くんがいて一瞬足が止まる。


私は涙を見られないように顔を背けて黛くんの横を通り抜けた……。


その日は昼食をとらず、トイレで過ごした。



昼からの仕事は妙にはかどった。


みんな気を使ってくれてるのか、手伝える仕事はないか?とか、ここはどうしたらいいのか?なんて聞いてきたりして。


そういうのって、くすぐったいけど胸の中が温かくなる。


突っ張って、人に歩み寄るのを怖がって、人を寄せ付けなかったのは私だったんだ。


給湯室でお湯を沸かしていると、大局おおつぼねって呼ばれてる先輩が何故か高級な紅茶の茶葉をくれた。


「あ、ティータイムですか?じゃあ佐田さんにプレゼント!」


そう言ってトレイにチョコの包みが置かれた。


これも高級なチョコレート。1粒500円とかするやつ!


驚いてその子の顔を見ると、ニコニコ笑って言った。


「いつも人一倍お仕事頑張ってるからご褒美です!佐田さんは超カッコいいです!」


そんな事、言われた事もされた事もなかったし、ちょっと前の私ならひねくれて「おだてられても嬉しくない!」なんて思ってたかも知れない。


でも、今日の私は素直に嬉しかった。



就業時間が過ぎ、社内に残ってる人間もいなくなっていた。


「おい、まだ仕事する気かよ?」


やけに機嫌が悪そうに長谷山先輩は私に言った。


「あ、いえ、もう帰ります……」


書類を片付け、帰り支度をする私を黙って見ている長谷山先輩。


「え、なんですか?」


「お前、最近特にイイ感じだよな。男でもできた?」


「へっ?」


そう言われて健人の顔が浮かぶ……。


でも、彼とは、恋じゃない。


彼に恋をしちゃいけない。それが、彼と関係を続けるためのルール。


「そ、そんなの、いるわけない、です」


私はしどろもどろになりながら答える。


「ふーん?じゃあ、俺と付き合え」


長谷山先輩の言葉を受け流そうとして私は我に返り聞き返した。


「だから!俺と付き合えよ!」


長谷山先輩は有無を言わさず私の唇を奪った。


私は割と冷静に、目を開いたまま長谷山先輩の唇を受け入れていた。


これが、長谷山先輩のキス。これが長谷山先輩の唇。


……違う。


唇の柔らかさも弾力も体温も、健人とは全然違う。


私が欲しいのはこの唇じゃ、ない。


そう思った瞬間、私達以外の社員の姿が目に飛び込んできて、私は長谷山先輩を突き放した。


黛健人はその場に立ち尽くし、そして何も言わず私達に背を向けた。



その夜、健人からメールが来た。



良かったね!大好きな長谷山先輩から告られるなんてスゴイじゃん!

俺はお役目御免やくめごめんってことでいいかな?

短い間だったけどありがとね、さよなら



別れのメールに私の手は震えた。


好きになっちゃいけない。それが私達のルールだった。


私、知らない間に……健人の事好きになってた。


失ってから、その事に気付いてしまった。


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