第9話 今できること

月曜日、黛健人はまるで昨日までの事が嘘のように私に接し、普段通り空気に溶け込み、与えられた以上の仕事をこなしていた。


昨日の別れ際、連絡先を交換した。


「俺としたくなったら連絡して」と言われた。


したくならなかったら?って思ったけど、その言葉は飲み込んだ。



「女性向けのAV……買っちゃった~」


「あんたそれ以上自分で開発してどうする気?」


ランチタイム、女子社員の会話が聞きたくなくても入ってくる。


私は一人気ままに、誰の目にもつかない場所で食べてる。


「自分で開発しすぎて初エッチの時、感じすぎて引かれたんでしょ~?」


「でもさ、快感に慣れとかないと、いざって時に力入っちゃって濡れないらしいよ?」


「もう~!この話一旦中止!ご飯食べながらよくそんな話出来るね~」



いざって時に力が入っちゃって……か、まるで一昨日の私みたい。


自分で開発……自分の体を自分で触るって事くらい私にだって解ってる。


28年生きてきて、まだは、した事がなかった。


健人に任せっきりで、自分で何もしなくていいのかな?って思う自分と、自分で触るなんていけない事だって抵抗する自分がいる。


もし、また健人としてダメだったら?その次もダメだったら?


優しい顔が苛立ちの表情に変わったら……そう考えると怖かった。




私だって、官能小説の一冊や二冊くらい持ってる。


本棚から引っ張り出してベッドの上でリラックスして読む。


なんだろう?妙にドキドキして、ソワソワする。


ナイトウェアの上から自分の体を撫でるように触ってみる。


健人に触られてる時みたいなくすぐったさはあまり感じなかった。


自分の体をゆっくり探るように触っていく。


この間健人に触られて、無意識に力が入ってしまった部分が何ヶ所かあった。


そう思い出して、自分で触れてみる。


くすぐったいような、ジーンと痺れるような感覚はするけど力は入らなかった。


自分で触るのと健人に触られるのでは全然違う。


健人に触られる感覚って濃くて強烈っていう感じ。多分、恥ずかしさとかで肌の感覚が敏感に……なってたのかな?


多分、快感に体を慣らすって大事なことなんだと思う。


私はそういう感覚も知らないまま、いきなり強烈な感覚にさらされて体が強張っちゃって失敗した。


強烈な感覚を快感だと思えず、怖いって思ってしまった。


だから、毎日少しずつでも慣らして行った方がいいのかな?って思う。



日に日にその感覚が快感に変わり始めた。


それが怖くて途中でやめてしまった日もあったけど、今日は出来るとこまでしようと思う。


体が熱くて、息が荒くなってるのが自分でもわかる。


そんな自分への嫌悪感もはじめはあった。


それを、という使命感で上塗りした。


気付けばその行為に没頭していた。


ここでやめようと思っても、指が止まらない。


自分で触ることに抵抗感が強くて、最初の日はカラカラに乾いてた部分も、今では潤うことを覚えた。


どんどん息が荒くなって、声も出てきてしまう。


怖い、でも知りたい。……この快感がどこまで行くのか。


指が、まるで自分の指じゃないみたいに、私の意志で止まってくれない。


自分を快感へと追い詰めていく。


追い詰められて、頭が真っ白になって、快感がぜて、その後に小さな快感が何度も弾けた。


信じられなかった。


今の、何?って、呆然とした。


だけど……気持ち良かった。



佐田麻衣子、28歳、処女。

罪悪感が、すごい。……でも、クセになりそうで怖くなる。

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