第5話 デート(前編)

黛くんは軽く考えた後、こう言った。


「じゃ、今日一日デートしようよ。で、麻衣子が俺とエッチしてもいいかな~?って思ったらすればいい」


「……思わなかったら?」


「今日はおあずけって事で」


そこまで会話して私は声を荒げる。


って何よ?今日はって!次があるみたいじゃないの!」


私の言葉に黛くんは怪訝そうな顔をする。


「んー、仮に処女捨てられたとして、体がエッチに慣れるまでしばらくかかるみたいだよ?長谷山先輩が面倒臭いって言ったのもそういう意味合いもあると思うんだよね~」


急に長谷山先輩の名前を出されて私は軽く動揺した。


「っていうか私、そんな話までしたの?」


「処女ムリめんどくさいって話?……俺あの時、喫煙所にいて聞いてたし。超、空気と同化してたし」


そう言うと黛くんは悪い顔で笑った。


うわっ、こわ~っ。


会社にいる時は仮面を被ってるんだ!本性はこっち!


「で、どうする?麻衣子の体が慣れるまで俺が相手するけど?」


「ばっ、なっ、さっきから麻衣子麻衣子って何?アナタにそんな風に呼ばれる筋合いないんだけど」


「佐田さん、黛くんって呼び合うのって会社にいるみたいで嫌じゃない?俺はイヤ!だからそっちも俺のこと健人って呼んで?」


私の気持ちなんかお構いなしでポンポン勝手に話が進められていく。


アナタなんか冗談じゃない!とか言ってこの部屋を出られないのは、処女を貰ってくれる見込みがあるのがこの人だけだから?かも知れない……。


男の人とこんなに長く話すのはどれくらい振りだろう?


とりあえず流れに身を任せてみようと思った。



建物から出ると目が痛くなるくらいの日差しが照りつけた。


黛くんは私の姿をじーっと見つめ、残念そうな顔をする。


「ん~仕事用のスーツでデートって言うのもなぁ」


そんなこと言っても、仕方ないでしょ。


仕事帰りにこんな成り行きになっちゃったんだから……。


「ん~、よし、まず服を買いに行こう!」


そう言って黛くんは私を色んな洋服店へ連れまわす。


「私ごときの服にこだわらなくても……」


歩き回ってクタクタになった私はついそんな弱音を吐いてしまう。


服なんて着れれば良いって、適当な物を適当に買う。……だからダサい。


黛くんは眼鏡を取って髪をちゃんとするだけで、こんなキラキラ王子様みたいになっちゃうんだもん。


……周りの視線が痛い。


こんな王子様がこんなダサ女と一緒にいるなんて何の冗談?って普通は思うよね。私だって自分で思うんだから。


「麻衣子」


私が顔を上げると同時に眼鏡を取られた。


「え?ちょっ」


黛くんは私の眼鏡を何度もかけたり外したりする。そして首を傾げてこう言うのだ。


「これってそんなに度入ってないよね?必要?」


「必要。返して!」


眼鏡を取り返そうとする私の両腕を掴んで、黛くんは至近距離で私の顔をまじまじ見つめる。


目の前にいる黛くんはやっぱりカッコ良くて、私とは不釣合いだって改めて思う。


デートだなんて言ったってイケメンのボランティアみたいなもので、休みの日にこんな事させるのが申し訳なく思えた。


とても居心地の悪い時間だと感じていた。



佐田麻衣子、28歳、処女。

自分のダサさがこんなに苦痛だと思った日はない……。

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