第3話 捨てるなら頂戴。
翌日、私はえらく機嫌が悪かった。
仕事も出来ず、可愛いだけの新入社員が長谷山先輩に
ええ、嫉妬ですとも!
若くて可愛い女子社員に擦り寄られて、長谷山先輩も
そうやって仕事の出来ない奴の
うちの会社は週休二日制、土日は休みで、今日は金曜日。
金曜日は残業を押し付けられる率がうんと高くなる。
だから私はピリピリしていた。……ピリピリしてても押し付けられるもんは押し付けられるんだけど。
案の定、残業を押し付けられた。
仕事を任されるのは信頼されてる証……とかなんとか都合の良いことばっかり言っちゃって。
嫌なクセに断らないのは、自分の取り柄はこれくらいしかないって思ってるから。
仕事でしか認めてもらえないって自分で解ってるから。
不平不満を胸の内に溜めながらもやるしかないって思ってやってる。
「佐田さん、僕の分の仕事終わりました。何か手伝える事ありますか?」
私のデスクの横で控えめな声がして、私は顔を上げる。
声をかけてきたのは、
私が言うのもなんだけど黛くんは存在感が薄くて、一緒に残業をしていたことすら忘れ、私は自分一人で残業してる気になっていた。
「あ、ごめん、ありがとう。こっちももうちょっとで終わるから、もう帰っていいわよ。お疲れ様」
私はそう言って残った書類に向き直った。
けど、ちょっとお腹空いたなぁ……なんか買って来ようかな?うーん、コーヒー飲みたい。
雑念ばかりで全然仕事に身が入らない。
「はぁ……疲れたよぅ」
私は自分のデスクに突っ伏した。
私だって、たまにはこんな泣き言も言いたくなる。……会社の奴らには絶対聞かれたくないけど。
みんな普段はお
「どうぞ」
控えめな声と同時にデスクに缶コーヒーとカロリー控えめのバランス栄養食が置かれた。
「黛くん?もう帰ったのかと思った」
さっきの、聞かれちゃったかな?と、黛くんの顔を見たけど、至っていつも通りだった。
眼鏡とボサボサのだらしない髪型のせいで表情が読み取れない。
私もあまり人のことは言えないけど。
眼鏡で万年ひっつめ髪、メイクもファンデーションのみの、ザ・地味女子。……いや、ただのダサいアラサーだ。
「帰ろうと思ったんですけど、別に予定もないし、一人で残業するより一緒にやって早く終わらせた方が良いかと思って」
いつもは言葉少なにボソボソ喋る黛くんが、珍しくハッキリ話してる事に私は少し驚いていた。
「もしかして迷惑でした?僕みたいな奴は足手まといですか?」
驚いて返事をしない私に、黛くんは不安げな声で言った。
「あ、全然、全然!ごめん、ちょっと感動して。今までそんな事言ってきた社員なんていなかったから!」
私は慌てて取り繕ったけど、半分は本音。
黛くんの差し入れを胃袋に収めた私は、黛くんと分担して残業を片付けた。
そして、黛くんの仕事の速さに度肝を抜かされた。
「お疲れ様でした」
会社から一歩外に出ると、私は黛くんに挨拶をした。
「あの」
何かを言いかける黛くんに私は首を傾げる。
「一杯だけ、付き合ってもらえませんか?」
「……お酒?」
こんな風に会社の人間に飲みに誘われるのも、なんだか久しぶりで妙に新鮮な気分だった。
別に早く帰っても何の予定もないし、私は黛くんの誘いに乗った。
彼に連れられて来たのはお洒落なバー。
なんか……場違いだと思った。
「マティーニ」
気後れしてる私とは対照的に黛くんは妙に慣れた感じで、それが何故かちょっとイラッとした。
「シャンゼリゼ」
バーテンダーと目が合い、そう注文した私に黛くんが焦ったような口調になる。
「結構強めですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃなかったら頼まないわよ」
お酒が好きで、よく飲み歩いてたりしてた時期もあった。
初体験だってその時に済ませておけば……今、こんな惨めな思いをせずに済んだのかも。
「でも意外、飲みに誘ってもらえるなんて思ってなかったから」
黛くんの前にマティーニが私の前にシャンゼリゼが同時に置かれ、私達は軽くグラスを鳴らした。
黛くんはマティーニに口をつけて言う。
「昨日、書き込みしたでしょ?」
私は黛くんが何を言ってるのか解らず、シャンゼリゼを半分くらい飲んだ後に思い出し、目を見開いた。
黛くんは私の表情で察したように小さく笑う。
「え。ホントに、佐田さんだったんだ?」
お?あれ?なんか目の前の景色が回る……。
ああ、やっぱり空きっ腹にキツイ酒は効く~。
自分の口が良く回って、黛くんと何か話してる感覚もある。
「もったいない。捨てるんだったら佐田さんの処女、俺に頂戴」
そう言われたのを最後に意識が薄れた。
佐田麻衣子、28歳、処女。
酒を飲む前には胃に何か入れとくべき。と、悟った。……時、既に遅し?
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