第5話

 やばい。そう思ったとき、視界は一転していた。

 次に視界に入ってきたのは、学校の廊下だった。元の場所に戻ってきていた。でも、サチはいない。スマホを取り出す。ちゃんと使えた。教室に戻った。見知った顔が俺を一瞥する。教室のカレンダーを見ると、俺が元いた時間に戻ってきているようだった。


 乱暴に手を振り払われた。

 腕を掴んでここまで連れてきたのは、サチのほうだったのに。少し傷つく。屋上へと続くドアの目の前だった。階段の踊り場になっている。屋上には鍵がかかっていて入れない。

「どこに行ってたの」

「それよりさ、4年前のサチの家のさ、あの獣の爪の跡、なに。今もあるの」

 サチは目を見張って少し沈黙する。

「なんで知ってるの」

「過去に行ってきたから」

 サチはまた沈黙した。

「そうなんだ、行ってきたんだ、過去に」

「信じるの」

「その傷知ってるってことはそういうことでしょ。今まで教えたことないもん。それに急にいなくなって見つかったと思ったらそんなこと言い出すんだよ。信じるしかないじゃん」

「で、どうなの、あの跡」

「思い出したくない」

 そう言って、サチは俺をおいて階段を下りて行った。俺は追いかけようとはしなかった。


 気のせいじゃなかった。

 やっぱり、後ろの男は俺を尾行している。距離は一定で、隠れようとしない。目的が何なのかわからないけど、なにが起きてもいいように人通りがあるところを選んで歩いている。家に帰ることはできない。どこかの店に入ったほうがいいのかもしれない。

 俺は走り出した。すると、その男も走り出す。今度は距離を詰めてきた。走り出さなければよかったと、少し後悔する。

 男との距離が縮まってきた。追いつかれる。だんだん荒くなってくる俺の息が聞こえる。

 久しぶりに走ったせいで、少ししか走っていないのに足が痛くなってきた。振り返ろうとした瞬間、襟を引っ張られた。勢い余って、首のあたりが痛くなる。がむしゃらに暴れた。でも、男の力は強かった。

 人が一人、さらわれそうになっているのに、周りの人は助けてくれなかった。後ろ向きのまま、その男に路地裏に連れていかれた。

「さて…」人気のなくなったところで、やっと襟にかかった手が離れた。といっても、解放されたわけではない。「久しぶりだな」

 その男は、4年前にレイを連れ去った男の一人だった。

「やっと見つけた。まさか、隣の家に住んでたとは思わなかったがね。これでやっと、口封じができる」

 その男の隣に、半透明の獣が現れた。虎に似ている。その獣が前足を折って力を込めた。獣が俺に飛びかかってくる。その爪が俺の喉を切り裂こうとしたとき、獣が霧散した。

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