第3話
曖昧に頷くと、女の子は顔をほころばせた。
「よかった」
俺の手を取る。顔が少し熱くなる。
「全然知らないところに連れてこられて困ってたんだ」
「知らないところなの?」
「ここがどこだか知ってるの?」
「ここ、俺の家の近くだよ」
「ならちょっとだけ寄っていっていい? 落ち着けるとこにいたいんだけど」
大胆な物言いに、少し口ごもる。でも、ちょっとドキドキもする。
「ダメ。時間が巻き戻るから」
女の子は怪訝な顔をした。
「巻き戻るって……もう巻き戻ってるよね」
「でも、さらに巻き戻っちゃうんだ。俺の親に会ったら巻き戻ったし、知り合いには話しかけても巻き戻ったとにかく、話しかけるのはよくない」
「よくわかんないよ」女の子は首を横に振った。「とにかく、確かめに行こう」
ここで話をするよりも、一回見せるほうが早い。家に向かって歩き出した。家の前まで案内する。試してみるように促した。俺は離れたところから見ることにした。女の子は困惑した顔をしながらも俺の家のインターホンを押す。親が出てきて女の子としゃべり始めた。でも、時間は巻き戻らない。少し話してから、俺のところに戻ってきた。
「巻き戻らないけど」
女の子の声は少し冷たい。
「なんでだろう。そこの家も試してみて」
俺はサチの家を指さした。そこで、レイが連れ去られたことを唐突に思い出した。
「レイがいるかどうか確かめて」
つい、口調が荒くなる。
「誰? レイって…」
女の子が自分の体を抱くようにした。
「いいから、早く」
強い口調で促すと、女の子はしぶしぶといった様子でサチの家のインターホンを押した。俺はまた、遠くから見ていることにした。でも、女の子がしゃべる様子がない。しばらく同じ姿勢のままでいた後、俺のほうに近づいてきた。
「誰もいないけど」
女の子がそう言うと、俺はサチの家に向かって歩き出した。
「ねえ、そこ、あなたの家じゃないんでしょ?」
そう言いながらも、女の子は俺についてくる。玄関を開けて家に入ると、懐かしいにおいがした。しばらくサチの家には来ていない。すぐ目の前には廊下があって、奥のドアを開けるとリビングがある。リビングのドアを開けると、俺は口を手で押さえた。後ろから軽い足音が近づいてくる。そして、小さな悲鳴が上がる。どさっという音がした。女の子の震える息。それが不思議と、俺を落ち着かせた。
俺がリビングで見たものは、血まみれで倒れているサチのお父さんとお母さんだった。
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