ためし読み③

「ねえ、なにしてるの?」

 朗らかに微笑みながら聞くと、ティボルトの眉がぴくりと上がった。

「モンタギューの弱腰ウサギじゃねえか。いつも逃げまわってる悪党のくせにどういう風の吹き回しだ?」

 弱腰扱いされほんの僅かに腹が立ったが、それを聞き流してロミオは朗らかに言った。

「悪党だなんて誤解さ。それよりさ、こんなところで喧嘩なんてしてないで、今日はもう帰ろうよ。こんなにいい天気なんだからさ」

「貴様……どういうつもりだ」

 ぞっとするほど低い声で唸り、ティボルトがロミオのことを睨みつける。そんな彼のことを真正面から見て、ロミオは微笑んだ。


「別にどうもこうもないよ。僕には君を愛さなきゃいけない理由がある、それだけさ」


「小僧、そんなことで貴様が俺に加えた侮辱の言い訳がたつか! 今日こそ息の根を止めてやる。向き直って剣を抜け!」

 ティボルトは、舞踏会にロミオが忍び込んだことを言っているのだ。しかし、ティボルトに侮辱を働いた覚えのないロミオは、きょとんとして首をひねった。

「侮辱? なんかしたっけ」

 途端、ティボルトの表情がいっそう険しくなった。意図せずティボルトを挑発してしまったことに気づいて、慌ててロミオは言い添える。

「待って待って。とにかく僕は、君と争うつもりはないんだ。むしろ、君の想像よりもずっと君のことを大切に思ってる。キャピュレットっていう名前を今では自分の名前と同じぐらい大切に思ってるんだから」

 結婚したばかりの妻の顔を思い浮かべながら、ロミオが微笑む。

「だから、頼むよ。喧嘩するのはやめよう?」

 極力怒らせないように言葉を選びながら、敵意がないことを示すように両手を広げる。しかしその仕草は思いがけない人を怒らせる羽目となった。

「ロミオ! なんてことを言うんだ!」

 怒鳴ったのは、マーキューシオだった。顔を赤くして、震えながらロミオのことを睨みつける。横に並ぶベンヴォーリオも、訝しげにロミオのことを凝視していた。二人の目には、モンタギューの跡取りが、喧嘩を恐れるあまり自らの誇りもかなぐり捨ててティボルトの機嫌を取っているように映ったのだ。

「お前が、そんなにも弱虫だとは思わなかったよ、ロミオ」

「違うんだよ、僕は……」

 ロミオは慌てて弁明しようとマーキューシオの腕を掴んだが、彼は乱暴にそれを振り払った。

「言い訳をするな、みっともない降参しといて! 面目丸つぶれじゃないか! くそっ、胸糞悪い!」

 叫んで、マーキューシオは剣を抜き放った。

「おいティボルト、今のロミオの言葉はオレが取り消す! 勝負しろ!」

 マーキューシオが剣を抜いたのを見て、ティボルトも喜々として剣を抜き放った。彼はもとより、暴れまわる口実を探してマーキューシオらに声をかけたのだ。剣を抜くことになんの異存もあるはずがなかった。

「さあ来い」

 超然と構えるティボルトに、マーキューシオが早速剣を振りかざした。午後の鈍い日差しを浴びて切っ先がぎらりと光る。

「マーキューシオ、やめろ!」

 ロミオの制止も聞かずに、二人は打ち合い始めた。硬い音を立てて刃がぶつかり合う。あっという間に騒ぎが大きくなり、広間は熱狂の渦に呑み込まれた。

「いけ、ティボルト!」

「負けるなマーキューシオ!」

 大勢の人が野次を飛ばす中、ティボルトとマーキューシオはどちらも一歩も引かなかった。身軽なマーキューシオが素早く剣を突きだし、それをティボルトが軽々と弾き返す。

 体格は違うのに、二人の腕は互角に見えた。互角だからこそ、決着は当分つきそうにない。剣の切っ先がティボルトの頬を掠め、マーキューシオの袖を裂く。

「二人とも、剣を収めろ!」

 懇願するように、ロミオは必死に叫んだ。

 けれど、いくら言っても無駄だった。二人はどこまでも真剣で、恐ろしいほど残酷に剣を振るう。--まるで、本気で相手を殺そうとしているかのように。

「……っ」

 明らかに、いつもの乱闘とは違う。容赦のない剣筋が不吉に思え、ロミオはベンヴォーリオを振り返った。

「ベンヴォーリオ、頼む一緒に止めてくれ!」

 ロミオは必死に言ったが、彼は暗い眼差しでロミオをじっと見るばかりだった。

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恋するシェイクスピア もうひとつのロミオとジュリエット 吉村りりか/ビーズログ文庫 @bslog

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