第三章 愛情の探索⑤


 店中では、何やら不穏な空気が漂っている。

 カエルレアは、隣に座っているガーベラと、向かい側、リリィの隣に座ったウーゴを交互に見やる。

 不機嫌そうに口をむっつり閉じたウーゴに対して、ガーベラは困ったような笑みを浮かべていた。

「え、えっと。……あの、そこの少年はガーベラで、学び舎が休みだからこの町に遊びに来たみたいです」

 リリィが戸惑いながら、隣にいるウーゴにガーベラを紹介する。

「そうか」

「よろしくね、

 どこか楽しそうにガーベラが握手を求めて手を差し出すが、それをウーゴは黙殺した。

(なんでこの王子、年下の子供相手にムキになっているのかしら)

 カエルレアは半ば呆れてため息をついた。

 ウーゴがリリィと楽しそうに話していたガーベラに対して、嫉妬しているのだと思ったからだ。

 けれど、本当は違う。それは、井間必死に笑みを取り戻そうとしながらも、ガーベラに対する警戒心を解かないウーゴ自身気づいていた。

 ――この子供危険だ。

 人懐っこく笑いながらも、その瞳の内に並々ならぬ殺気を孕んでいる。ウーゴと見つめ合いながら、楽しそうに笑いながら、ガーベラは隙あれば何かやろうと企んでいるのだろう。

 懐かしい感覚と共に、ウーゴは重い空気を飲み込み、顔面の固まった筋肉を意識して崩し、爽やかな笑みを浮かべる。

「リリィ。もうすぐ昼になるが、ランチはどうする?」

「え、あ、これからカエルレアと、商店街のほうに行く予定ですけど……」

「そうよ。あたしは、リリィとでご飯を食べるのよ。王子の出番はないんだから」

「そうか」

 頷くと、ウーゴは爽やかな笑みのまま、ガーベラに向かって言った。

「だ、そうだ。女子会に男は不要だろう。ガーベラ君。良かったらこれから俺と一緒に、ランチでもどうだい?」

「……え、ボクにそんな趣味ないんだけど」

「なんだ、用事があるのか。それならしょうがない。どちらにしても、俺らは女子会には必要のない人材だからな。ちゃっちゃとうちに帰ろうか」

「……へぇ、なんだか楽しそうだなー! ボク、いま無性にお兄さんとご飯を食べたい気分になってきたよ。昨日食べたランチのお店、とてもおいしかったから、これから一緒にいかない? ボクの付き人はいまどこかほっつき歩いているから、邪魔が入らなくてちょうどいいや」

 あはは、とガーベラが笑う。

 ウーゴも爽やかな笑みを消さなかった。

 ぽつりと、カエルレアが呟く。どうやらいきなり笑みを浮かべたウーゴに対し、狼狽えているようだ。

「なにこれ。王子、どうしたのかしら」

 心配そうな眼差しで、リリィも見上げてきた。

 ウーゴはそれに気づきながらも、ガーベラから意識を離さなかった。

 真意の読めないガーベラの笑顔は無邪気だが、それがいっそう恐ろしい。



    ◇◆◇



 リリィとカエルレアが商店街のほうに仲良く歩いて行ったのを見届けてから、ウーゴは隣で手を振っている少年を見下ろした。

 爽やかな笑みはとっくに消して、固い顔でガーベラを睨みつける。

 鋭い瞳に気づいたガーベラが、「おっと」と声を上げながら、ウーゴに顔を向けた。

「二人っきりにだな、

「……いつまでそう呼ぶつもりだ。あまり大人をからかうのはよせ」

「うわっ。婚約者ができたからと言って、暗殺童貞が大人を気取っているんですけど。いっそ笑えるなぁ。ボクとハイドランジアって、四歳しか違わなくね?」

 くすっと、ガーベラが人懐っこい笑みを変えることなく、ウーゴの瞳を見返す。

 ウーゴの瞳は、並々ならぬ殺気と共に蒼く輝いている。それに恐れを抱かず見返せるのは、彼が暗殺者時代の仲間ぐらいだろう。ガーベラは、昔からウーゴを侮り、こうして馬鹿にするような言葉ばかり並べては、ちょっかいをかけてきた。それを、ウーゴはボスから言われるがまま冷たい態度をとり続けた。次第に、ガーベラはウーゴに対して敵意を見せるようになっていったのだが、いまのガーベラはあの頃の敵意満載な雰囲気はなく、どこか友好的に話かけてくる。

 だからこそ恐ろしい。

 昔、ボスに怒られて泣いてばかりいた少年が、こんなに変わっているのだ。

 危険だと、思った。

「目的は何だ」

 重い口を開き、問いかける。

「何のこと?」

「セタリアも、お前も、どうしていまになって俺の前に現れる」

 思えば、いままでが平穏すぎたのかもしれない。

 トランダフィルでウーゴの身代わりで華族になってから、暗殺組織はもうハイドランジアに手出しできなくなってあきらめたのかと思っていた。だが、それにしてはできすぎている。暗殺組織と銘打っているのに、そう簡単にあきらめるはずがないだろう。

 ウーゴ――いや、ハイドランジアは、ボスに「もう必要ない」といわれて組織を抜けた身である。だけど暗殺組織と通じている人間を、そう簡単に組織が見捨てるだろうか。いつ殺されてもおかしくないと思っていたのに。

 いままで何もなさ過ぎた。

 トランダフィルの屋敷はその見栄っ張りな性格から大きく荘厳だ。クローリスに比べると、警備も厳重で、ただ入り込むことが困難だったのかもしれない。ウーゴが学び舎に通っている間は警護という名目のお目付け役をつけられていたのもあり、中々手出しができなかったのかもしれない。

 それでも、暗殺組織の手練れが、ただの警備に引けを取るとも思えない。

 いままで、何もなさ過ぎたのだ。

「別に。ボクたちは、ただ休暇を満喫しているだけなんだけどなぁ」

 ふふんと笑い、ガーベラが言う。

「嘘だ。セタリアも似たようなことを言っていたが、そんなのはただの名目だろう。……お前らは、俺を殺しにきたんじゃないのか?」

 すると、

「――は?」

 ガーベラが、間の抜けた顔をした。

 それからくっと腹を折り、けたたましい声で笑い出した。

「そんなわけないじゃん! 被害妄想しすぎなんですけど!」

 うけるっ、と少年は嘲笑しながら顔を上げる。

「父さんに見限られたハイドランジアを、もう必要ないと捨てられたアンタを、どうしてボクが殺さなくちゃいけねぇんだよっ!」

「……じゃあ、何をしに」

「ふふん。いいよ、教えてあげる。ボクらはね、華族ごっこで遊んでいるハイドランジアと遊んでやろうと思って、ちょっかいをかけにきただけさ。精々、あの百合の花が、命をとしてでも守ってあげてね?」

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