第三章 愛情の探索②


 ウィミィは、もともとトランダフィル華族で侍女をやっていた。

 彼女の齢は十六歳。両親ともにおらず、身寄りのない子供を育てる施設で育った彼女は、昔から感情を表に出すのが苦手だった。面白いのに笑えず、楽しいのに笑えず、泣きたくっても涙は出てこない。そんな能面な態度を崩さない彼女は、施設の職員からは手のかからない子供だと思われ、同じ子供たちからは「怖い」と距離を置かれていた。親しいものはおらず、孤独感を受け入れて彼女は育ってきた。

 ウィミィに転機が訪れたのは、彼女が九歳の時である。

 彼女のいる施設は、トランダフィルの町の中心に位置しており、一緒に育ってきた子供たちは十八歳になって自立するか、途中で養子に引き取られるか、その二通りの生き方を選ぶことができる。

 ウィミィが九歳の時、彼女はトランダフィルの侍女長と名乗る人に、引き取られることになった。

 薔薇の王子トランダフィルのお伽噺を託された、華族トランダフィルの家は、そのちょっとした見栄っ張りな性格から、クローリスの屋敷より大きく立派な造りをしている。その分、使用人の数もクローリスより多い。

 使用人には、ウィミィと同じ年の者もいたが、その多くが孤児だった。ウィミィは、物覚えの早さから、厳しく育てられながらもどんどん仕事を覚えていく。同じ年の使用人と比べると、重宝されていただろう。

 そんな彼女が、十一歳になった、ある年。ウィミィは、トランダフィルの一人息子――ウーゴのお世話係を任されることになった。

 同じ屋敷内で仕事をしていたものの、ウィミィはウーゴの顔を遠くからですらお目にかかったことがなく、噂では体が弱いため、部屋で安静していることが多いと聞いていた。

 けれど実際にウーゴに会った彼女は、驚いた。感情を表にこそ出さなかったが、ウィミィはウーゴに初めてあった時、その雰囲気に息を飲んだ。

 ――似ている。

 まるで、幼い頃から一人で生きてきた自分と同じように、ウーゴという人物の雰囲気はあまりにもこの屋敷では異質さを放っていた。瞳は冷たく儚げで、いまでこそ爽やかな笑みが魅力的だが、当時の彼は常に口をむっつりと引き結び、人との接触を好んでいるように見えなかった。

 異質だと。変だと。妙だと。それから、不思議だとウィミィは思った。

 トランダフィル夫妻といえば、子宝に恵まれずやっと授かった一人息子を、それはもう愛情いっぱいに育ててきたと噂されていた。そんな子供が、ここまで孤独に儚く冷たい眼差しをしているのだろうか。

 それこそ、ウィミィと同じような。

 違和感はあった。けれど、一介のお世話係のウィミィにとって、疑問を持つことは許されなかった。彼女は、それからずっとウーゴのお世話係として傍に仕えてきた。

 ウィミィが、どうしてクローリスにやってきたのかというと、トランダフィル夫妻に直々に頼まれたからだ。ウーゴを一人で婿に出すのは心配だからと。ウィミィは、一言で頷いた。

(でも、不思議。どうして、長男であるウーゴ様を、次男が産まれたからといって、婿に出すのでしょう)

 その疑問を持つことは、やはり一介のお世話係である彼女には許されない。

 ウィミィは、こうしてクローリスの屋敷にやってきて、十一歳の頃から変わらず、ここでもウーゴのお世話係として傍に仕えることができる。

 嬉しいと、ウィミィは思ったのだが、感情を表に出さない彼女自身が、それに気づくのはまだ先のことである。



 日課となっているウーゴの部屋掃除を終えると、ウィミィは昼食の用意をするために、厨房の手伝いに行こうとしていた。

 ウーゴの部屋は、リリィの部屋の隣に位置している。

 カタリ。

 と、リリィの部屋の中から音がしたのは、ちょうどウィミィが部屋を出たときだった。

 不思議に思い、ウィミィは足を止める。

(いま、リリィ様は出かけているはず)

 ここは華族の屋敷だ。金品目当てで侵入者が入ってきてもおかしくはないが、いまは昼間である。それ以前に、トランダフィルほどではないが、クローリスの屋敷にもそこそこ警備員はいる。

(泥棒?)

 人目を忍び屋敷に入り込むのは、その道の筋のものであれば可能だろう。

 気のせいだと思い、再びウィミィは歩きだした。

 同時に、またカタリという音がリリィの部屋の中から響いてくる。

 考えるよりも先に、ウィミィは部屋の扉を開いた。

「……誰もいない」

 やはり、気のせいなのだろう。

 部屋の中は、小さな小窓が空いているだけで、人の気配はなかった。 

 それに隣の部屋にはウーゴがいる。彼の耳は人並み以上に鋭いので、誰かの気配や物音がすれば気づいて出てくるだろう。ウィミィは、五年間ウーゴに仕えてきた身として、彼が常人とは違う、異質なものを持っていることには気づいていた。詳しく探る権利は自分にはないけれど、それでも長い間仕えてきたのだ。

 リリィの部屋の扉を閉めると、さくら色の瞳を伏せて、ウィミィは静々とその場を後にした。

 その時の彼女は、まだ気づいていなかった。

 朝食の後、アカシアに尋ねられた難解な問いに、ウーゴが考えあぐねていることに。周囲の物音がいっさい耳に入っていなかったことに。



    ◇◆◇



 その日の夕食の後。

 リリィは、お風呂上がりに部屋に戻ってから、いつものようにあの日――リリィの誕生日で、ウーゴと婚約した日に、ウーゴから貰った、彼の蒼い瞳の同じような青薔薇のあしらわれたケースを眺めようと机の棚の上を見た。

「え?」

 目当てのものが無くなっており、思わず声が漏れる。

「どうして?」

 この部屋は、毎日クローリスに仕える使用人が掃除をしている。

 だけど雇われた身である彼らが、を盗んでいくはずがない。

 リリィは茫然とした。

 あのケースがなければ、リリィはウーゴと一緒にいられない。

 精霊と共にある華族にとって、お伽噺とは大切なことなのだから。

 もし、ウーゴからのプレゼントを失くしてしまえば――それは、婚約破棄と同じになってしまう。

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