クラリネット・クリスマス

 吐く息が白いことに気付くと、ついつい意味もなく真っ白なそれが天に昇っていく様子を追いかけてしまうような、今日はクリスマスイブ。


 バスクラリネットの熊谷くまがい含むクラリネットパートは、熊谷の家の近くの公民館に来ていた。今日はささやかではあるが、アンサンブルによるクリスマスコンサートを行う予定だ。




「ちょっといいかね」


 ことのあらましは、つい先日のこと。クラリネットがパート練習をしている最中、熊谷がひょっこり顔を覗かせた。


「どうした、熊谷」

「ちょっとみんなに頼みごとがあってね」

「頼みごと?」

「うむ」

「なんですか?」


 改まった様子の熊谷に、リコが尋ねる。


「実は町内会のクリスマス会の余興として演奏をしてくれないかと頼まれてね。そこで、クラリネットアンサンブルで協力してくれないかと思って」

「おもしろそう! 私参加で!」


 真っ先に手を上げたのは結歌子ゆかこ。結歌子が参加するのなら、とその隣でいろはが小さく頷く。


「はっはっは。ありがとう。千鳥ちどりくんと青原あおはらくんはどうかね? 忙しい時期だろうし、無理にとは言わないよ」


 いつもの特徴的な笑い方で笑った後、熊谷は千鳥とリコのほうへ振り向く。


「千鳥先輩、どうせクリスマスに予定ないでしょ?」

「どうせってなんだよどうせって。……まあ今のところ特に予定はないけど」


 あっけからんと言うリコに千鳥が思わず突っ込みを入れる。とはいえ予定がないのは本当のことだ。


「じゃ、全員参加ですね」

「ありがとう。詳しいことは後で連絡するよ」




「思った以上に人がいっぱいいる……」

「おー、ほんとだー」


 リコの呟きに反応して、トナカイのツノがついたカチューシャをつけたいろはと、サンタの帽子をかぶった結歌子がそっとリコの後ろから様子を覗き込む。


「ちょうど今年は日曜日だからな」


 そう言う千鳥の表情は、どこか楽しそうで。そんな千鳥も、今日に合わせてサンタの帽子をかぶっていた。


「さて続いては、この日のために特別ゲストを呼んでいます!」


 町内会長に手招きされ、熊谷から順にステージへと上る。


「調辺高校吹奏楽部のみなさんです! えー、今日は、みなさんのために曲を演奏してくれるということで、少々無理を言ってお願いをしました」


 改めて町内会長は熊谷たちに頭を下げると、持っていたマイクを手渡す。


「みなさんこんにちは、メリークリスマス!」


 MCを担当するのは、千鳥と熊谷に打って変わってハイテンションの結歌子。ちらほらと観客からメリークリスマスの声が上がる。小さな子どもが少し遅れて復唱しているのを聞いて、リコは小さく笑う。


「今日はお招きいただきありがとうございます! 短い時間ですが、演奏を楽しんでいただければ幸いです! よろしくお願いします!」


 演奏するのはJ-POPクリスマス・メドレー。この曲はタイトル通り、誰もが一度は耳にしたことがあるであろうJ-POPのクリスマスソングを集めた五分ほどのメドレーだ。


 拍手がまばらになって終わり、全員が楽器を構えたのを確認して千鳥が合図を出す。


 イントロはこの時期の某フライドチキンのCMでおなじみ「すてきなホリデイ」から始まり、次はクリスマスの定番ソングである「クリスマス・イブ」、そして映画の挿入歌「恋人がサンタ・クロース」、テレビドラマの主題歌で大ヒットした「クリスマスキャロルの頃には」、最後は再び「すてきなホリデイ」で締めくくられる。


 最後の「すてきなホリデイ」では、イントロにフィンガースナップが入る。それに合わせて手拍子が会場に広がっていく。

 こうして手拍子がもらえるのはうれしいことだ。演奏と少しずれているのはご愛嬌。


「ありがとうございました!」


 演奏が終わると拍手が沸き起こり、そして拍手はやがて手拍子に変わる。アンコールの合図だ。とともに、町内会長の「アンコール!」の声が大きく響き渡る。

 五人は微苦笑しながら顔を見合わせた後、再び楽器を構える。熊谷のバスクラリネットから始まったアンコール用の曲は。


「えー、アンコールがまたまた『すてきなホリデイ』で失礼しました。改めまして、今日はお誘いいただき、ありがとうございました!」




「どうでした? リコ先輩。こういうの初めてですよね?」

「うん。でも楽しかった!」

「ですよねー」


 舞台袖に引っ込みながら、わいわい話している女子たちの後ろで、千鳥と熊谷もよかったな、よかったねと感想を言い合うのだった。

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