第12話
指先に想いを込め、写真の彼女にそっとふれる。
僕の知っている彼女だった。
夢の中で見たものと変わらない、あたたかい笑顔。彼女をとりまく、やさしい空気が再びよみがえってくる。
「彼女、美人だな。おまえが惚れるのも無理ないよ」
下川が横から写真を覗きこむ。僕は下川へと視線を移した。
「どうして、これを。おまえが持ってるんだ? なぜ、これが」
存在するはずがない。夢の中のできごとだったんだから。全部、向こうへ置いてきたはずだ。彼女の写真を目の前にしても、まだ信じられなかった。
「うそだろ……」
声をしぼりだす。
「相田、勝手なことをしてすまなかったな」
下川は少し複雑な笑みを浮べながら、ためらいがちに言った。
「おまえがあんまり真剣だったから。思いつめているようだったから、ついパラレルワールドの話をしてしまったんだ。写真に何も写ってなかったら、おまえもきっぱり諦めると思った。黙って現像に出してすまなかった。俺もこれを見て驚いたよ」
「下川……」
「おまえの恋は本物だったんだな。疑ってわるかった」
「いや、いいんだ。僕も、なんて言ったらいいのかわからないよ。けどさ、これが残っているだけで十分だ。僕の方こそ礼を言わせてくれ」
「おっと。礼を言うのは早いぞ」
下川はしたり顔で、ちっちっと舌を鳴らした。
「ほれ、写真をよく見ろ。たばこ屋のやつ。左端に電信柱が写ってるだろ」
「あ、ああ。これか」
僕はたばこ屋の写真を手にとった。なんの変哲もない下町ののどかな風景だ。
「これがどうかしたのか?」
わけがわからず訊き返すと、下川はじれったそうに口を開いた。
「町名と番地があるじゃないか。それをもとにネットで検索してみたら、ドンピシャ。それらしき場所を見つけたんだよ。念のためにストリート・ビューでも確かめた。公園も近くにあったぞ。しかも、この病院から遠くない」
「え……」
「最後まで言わなくてもわかるよな」
心臓が大きく跳ねた。
一瞬、僕は大きく目を開いて。そして、思い出す。彼女と一緒に歩いた、あの街並みを。
こっちの世界にも存在していたというんだな。
目頭が熱くなってきて、僕は手の甲で目をこすった。
はるか。
はるか。
はるか。
胸の奥で何度も彼女の名を繰り返す。
僕はバカだ。
彼女がこっちの世界にもいるかもしれない可能性を、どうして思いつかなかったのだろう。
それが万に一つの可能性だったとしても。
僕は。君をさがさずにはいられない。たとえ僕の知らない君でも……――。
「下川、この花束は……」
「おうよ。花代は、あとで返せよな」
確信を持ってうなずいた下川の顔を見て、僕はやつの意図を理解した。
「お待たせ。話は済んだの? 行きましょう」
姉が会計から戻ってきて僕の車いすを押しだそうとしたとき、僕ははっきり告げた。
「ごめん、姉さん。帰る前に行きたいところがあるんだ」
「え、今から?」
姉は驚いた顔をして、僕を見つめた。
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