第五章 もっと力を ──または、新兵器とバルクホルンの反省

第五章 第一話


 早朝のハンガーを、ごうおんるがしていた。

 いつものように、シャーリーが愛機の魔導エンジンをテストしているのだ。

 芳佳などはこの時間にハンガーに来ただけで目を回しそうになるが、整備兵たちは慣れたもので、みなもくもくと自分の作業を続けている。


「よしよし、今日も絶好調だなあ、あたしのマーリンエンジンは」


 今回はほう力のマッピングのバランスがよかったのか、回転数のじようしようもスムーズ。

 条件が整えば、最高速度のこうしんも夢ではない。

 そんなことを考えながら、下着姿のシャーリーがニコニコ顔でエンジンの回転数を落としたところに。


「シャーロット・イェーガーたい! そんな格好で何をやっている!?」


 バルクホルンのせいが聞こえてきた。

 もしかすると、だいぶ前からわめいていたのかも知れないが、エンジン音がひびく中では聞こえない。


「何って? エンジンテストだけど?」


 り返ったシャーリーは、見て分からないのか、という顔をする。


「そうじゃない! なんだ、その格好は! 今はせんとう待機中だぞ! ネウロイが来たらどうするつもりだ!?」


「だって、ハンガーの中でエンジン回すと暑いじゃないか。ほら、あっちでも」


 シャーリーが指さしたのは、てんじようはりの上。


「あぢ〜」


 ルッキーニが自分の秘密基地で、はんになってそべっている。


「まったく、お前たちはいつもいつも……」


 しかめっつらを見せるバルクホルン。


「バルクホルンこそ、そんな格好で暑くないのか?」


 こいつ、前世はりようちようか憲兵だな。

 シャーリーはひそかに思う。


「暑い、暑くないは関係ない」


 実はじっとりと全身にあせをかいているバルクホルンだが、顔ではすずしさをよそおう。


「規則を守れと言っているんだ。これだからリベリアンは……」


 だんに増してガミガミうるさいのは、下着がれていることと決してえんではないだろう。


「へ〜、カールスラント軍人は規則に厳しいってか? どうなんだ、ハルトマン?」


 シャーリーはこちらにやってくるハルトマンに、バルクホルンのかたしに声をかけた。


「あっつ〜」


 バテバテのハルトマンは、ほうっておけば最後の一枚までぎ捨てそうな勢いだ。

 ルッキーニにも増してだらしない格好。

 このまま基地の外を歩いたら、警官にたぶんつかまる。


「ハルトマン、お前まで! く〜っ! それでもカールスラント軍人か!?」


「え、そうだけど?」


 そうじゃなかったら何なのさ、とハルトマンは首をかしげる。


「く〜っ!」


「あっはははは!」


 まったく示しがつかない。


「待て、貴様! 今日という今日は!」


 ふらふらはいかいを続けるハルトマンの後を、バルクホルンは追った。



「ほう、これがカールスラントの最新型か?」


 ハンガーの別の区画では、ミーナと坂本が届いたばかりの新型ストライカーを前にしていた。


「正確には試作機ね。Me262V1。ジェットストライカーよ」


 仕様書を見ながら、ミーナが説明する。


「ジェット?」


 と、ひょっこり顔を出したのは、さっきまで徘徊していたハルトマンだった。


「ハ、ハルトマン大尉!」


 男性誌の表紙をかざってもおかしくない姿に、目を丸くするミーナ。


「どうしたんだ、その格好は?」


 一応、坂本も苦言をていするが、大して問題視していないようだ。

 さすがは、制服下ふんしつ事件の際、ズボンがないと飛べませんと言ったウィッチたちに、『空ではだれも見ていない』という名言をいた猛者もさだけのことはある。

 そこに。


「こら、ハルトマン! 服を着ろ、服を! ……ん? 何だ、これは?」


 ハルトマンを追ってきたバルクホルンが、新型に目を留めた。


「ジェットストライカーだって」


 さっき聞いたばかりの言葉をり返すハルトマン。


「ジェット? 研究中だったあれか?」


「今朝、ノイエ・カールスラントから届いたの。エンジン出力はレシプロ・ストライカーの数倍、最高速度は時速950km以上、とあるわ」


 仕様書に目を通しながら、ミーナが補足説明する。


「950! すごいじゃないか! へ〜っ!」


 どこから現れたのか、シャーリーもやってきて、ジェットストライカーをめるようにあいする。

 もちろん、速さに目のないシャーリーのこと。

 ジェット開発のうわさは、耳にしたことがあった。

 だが、本物を見るのは、というか、さわるのは初めてだ。


「レシプロ・ストライカーに取って代わる新世代の技術ね」


 カールスラントの技術力をほこらしく思うミーナ。


「……シャーリー、お前もなんて格好だ」


 一応、上官として注意する坂本だが、バルクホルンほどはくちうるさくない。

 まるで新しいおもちゃをもらった子供のような顔を見せるシャーリーとバルクホルンだが、そのうち、どちらがこれを使うかでめ始める。


「何を言っている! カールスラント製のこの機体は、私がくべきだ!」


「国なんか関係ないだろ! 950kmだぞ! 超高速の世界を知ってるあたしが履くべきだ!」


「お前の頭の中は、スピードのことしかないのか!?」


 この二人、理由が何であってもしょっちゅう角をき合わせているが、今回はさらにヒートアップする。


「また始まったわ」


「しょうのないやつらだ」


 あきれるミーナと坂本。

 だが。


「いっちば〜ん!」


 シャーリーとバルクホルンがやり合っているうちに、ルッキーニがぴょんと飛び出してきてジェットストライカーに足をすべり込ませる。


「あっ! おいっ!」


「こら、ずるいぞルッキーニ!」


「へへ〜ん、早いもん勝ちだも〜ん!」


 ルッキーニはほう力を流し込み、ストライカーを始動した。

 今まで聞いたことのないジェットの異質なばくおんが、空気をるがす。

 キュウウウウウウウウウウ〜ッ!

 ゴオオオッ!


「うひゅ〜っ!」


 得意満面のルッキーニ。

 だが、その一瞬後。


「んにゃ?」


 バチ!

 バチバチバチバチッ!


「ぴぎゃっ!」


 ルッキーニはとつぜんかみを逆立てて、ストライカーをぎ捨てると、ぶるぶるおびえてシャーリーの発進ユニットのかげかくれた。


「ルッキーニ!?」


 け寄って、顔をのぞき込むシャーリー。


「どうしたんだよ?」


「……な、なんかビビビーッてきた」


 ふるえるルッキーニは、上手うまく説明できない。


「ビビビ……?」


「アレ、きらい。シャーリー、履かないで……」


 ルッキーニは必死にうつたえる。


「………………」


 付き合いの長いシャーリーは、ルッキーニの動物的な本能が何かを告げようとしていることをさとった。


「やっぱ、あたしはパスするよ」


 シャーリーは立ち上がって、バルクホルンに告げる。


「何?」


 意外そうな顔のバルクホルン。


「考えたら、まだレシプロでやり残したこともあるしな……。ジェットを履くのは、それからでもおそくはないさ」


「ふ、おじづいたな。まあ、見ていろ、私が履く」


 バルクホルンはジェットストライカーを装着し、再びエンジンを始動させる。

 キュウウウウウウウンッ!


(ふむ。特に変なところはないぞ)


 ハンガー全体を揺るがすほどの出力は安定していて、今にも飛び立てそうだ。


(行ける! 文句のないかんしよくだ!)


 たけびを上げたくなるほどのこうようかん


「……すごい」


 エンジンを回し続けながら、バルクホルンはひたすら、ジェットストライカーにりようされてゆくのであった。



  * * *



「成績は上々。いや、それ以上だ」


 午後遅く。

 坂本はジェットストライカーのテスト結果をミーナに報告していた。


「上昇力ととうさい量では、完全にシャーリー機をりようした」


 バルクホルンはシャーリーのP─51とかくテストを行ったのだが、結果はあのシャーリーの完敗である。


「レシプロ・ストライカーは消えゆく運命なのかしらね?」


 技術開発部に送るしようさいなデータの報告書を受け取るミーナ。


「どうかな?」


 坂本は窓の外に目をやった。

 ちょうど、宿舎にもどってゆくバルクホルンの様子が見える。

 まるで、てつ明けのような顔。

 ほおが少しこけ、目の下にはクマができている。


「かなりつかれているようね」


 ミーナはまゆをひそめた。


「宮藤さんの話だと、夕食に手もつけなかったそうだし」


「ジェットの投入が、戦局を大いに変えることはちがいないだろうが……」


 つぶやくように言う坂本。


「様子を見ましょう」


 ミーナはとんとんと書類をそろえながら、もう少しテストを続けることにした。



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