第五章 第二話


 二人の不安は翌日、現実のものとなった。

 テスト中、バルクホルンはとつじよ、意識を失ってついらくしたのだ。


「……どうした、みんな? 私の顔に何かついているのか?」


 気がつくと、病室のベッドの上だった。

 バルクホルンは、自分を心配そうに見つめる面々をわたした。


「バルクホルンさん、よかった〜」


 あんのため息をついたのは芳佳。


「トゥルーデ、海に落っこったんだよ」


 ハルトマンがじようきようを説明する。


「私が? ……落ちただと!?」


ほう力を完全に使い果たして気を失ったのよ。覚えてないの?」


 ミーナが医師の検査結果を告げた。


鹿な!? 私がそんな初歩的なミスをおかすはずはない!」


 だが、飛んでいるちゆうからのおくがない。

 先行するシャーリーを追いいて、それから……。


たいのせいじゃない。おそらく問題はあのジェットストライカーにある」


「はっきりとは分からないけど、魔法力をいちじるしくしようもうさせてるんじゃないかと思うの」


 坂本とミーナが、なぐさめるように言う。


「試作機に問題はつき物だ。あのストライカーはらしい。早く実戦化するために、まだまだテストを続けなければ……」


 起き上がろうとするバルクホルン。


よ」


 ミーナがそっと手をにぎった。


「あなたの身を危険にさらす訳にはいきません。……バルクホルン大尉、あなたには当分の間、飛行停止の上、自室待機を命じます」


「ミーナ!」


「これは命令です」


 友人の命と新兵器開発をてんびんにかけるつもりなど、ミーナには毛頭ない。


「…………りようかい


 まだ立つこともできないバルクホルンはしぶしぶ、了承するしかなかった。



  * * *



 要は、自分がジェットを使えるほどには強くなかったということだ。

 そう結論づけたバルクホルンは、休養中にもかかわらず筋力トレーニングにはげんでいた。

 シャーリーたちには止められたが、あれはやっかみ。

 そうだとしか、今のバルクホルンには思えなかった。

 せられていたのだ、新技術のジェットに。


(危険だと? 戦場に身を置きながら、危険とは片腹痛いぞ、シャーリー!)


 バルクホルンはけんすいめ、息を整える。

 さっき、ネウロイらいしゆうの警報が出て、シャーリーたちはしゆつげきした。

 自室待機を命じられたバルクホルンには、当然のことながら出撃命令はない。


(ジェットさえ使えれば……)


 窓から外を見て、ぼんやりと考えていると、インカムからせんとうの状況が聞こえてきた。

 インカムは、気をかせたハルトマンがこっそりとわたしてくれたものだ。


(……苦戦か?)


 どうやら今度のネウロイは、ぶんれつする高速タイプのようだ。


『こちら坂本。シャーリーが苦戦しているようだが、こちらも手が足りない。至急ぞうえんたのむ!』


(何をやってる、シャーリー!)


 バルクホルンはきびすを返し、とびらに向かった。


(増援!? 宮藤やリーネの足では間に合うものか!)



「トゥルーデ!」


 バルクホルンはジェットストライカーをき、50mmほうをつかんでかつそうから飛び立っていた。

 これを見たミーナは、マイクにる。


『済まん、ミーナ! ばつは後で受ける! 今は!』


 信じられないスピードでじようしようしながら、バルクホルンは答える。


「……5分よ! あなたが飛べる時間は」


 司令室のミーナは、そくに決断を下した。


『5分でじゆうぶん!』


 ジェットストライカーは、あおい空に吸い込まれるように消えていった。



  * * *



『という訳で、シャーリーもバルクホルンも無事だ』


 きっかり5分後。

 れんらくしてきたのは坂本だった。

 ネウロイはげきつい

 味方にがいはない。


「そう、よかったわ」


 ミーナはむねで下ろす。


『ああっと、だがな、ミーナ……』


「回収、よろしく」


 ジェットストライカーの命運については、言わずもがな、であった。



  * * *



ている間に、いったい何があったんだ?」


「……バラバラ」


 夕暮れ時のハンガー。

 他の隊員とすいみんのサイクルがちがうエイラとサーニャは、ざんがいと化したジェットストライカーを見て、首をひねっていた。

 ネウロイを撃墜したバルクホルンは案の定、ほう力切れで意識を失い、ジェットは非常時のきんきゆうはいじよ装置が働いて、だつらく

 そのまま海面に落下したのだ。


「まったく、ひとさわがせなストライカーでしたわね」


 とは、ペリーヌ。


「ええ、それと使う人間もね」


 ミーナはチラリと後ろを見る。


「……」


 そこには、山となったジャガイモの皮をしょんぼりとナイフでむく、バルクホルンの姿があった。


「おかげでネウロイをたおせたんだ、大目に見てくれよ」


「規則は規則です!」


 シャーリーがなだめるが、ミーナはきやつ

 ジャガイモの皮むきなど、ちようばつとしてはかなり軽い方だが、だん、規律規律とうるさいバルクホルンにとっては結構キツいお仕置きになっているようだ。


「ん……しかし、バルクホルンが命令はんなんて初めてじゃないか?」


 と、坂本がおもしろがっているところに。


「みなさん、どうもおさわがせしました」


 ハルトマンがやってきて、一同に頭を下げた。


何故なぜお前が謝る?」


「ハルトマンのせいじゃないだろ?」


 坂本とシャーリーはいぶかしがる。

 同郷で仲がいいのはみんな知っているが、普段のハルトマンなら面白がって、真っ先にバルクホルンをからかっているはずなのだ。


「あ、いえ。私は」


「みなさん、おなかいてませんか? おイモがいっぱい届いてたから、さっそくいろいろ作ってみましたよ〜」


 ハルトマンが何か言おうとしたところに、芳佳が食事を運んできた。

 ジャガイモは、先ほどとうちやくしたノイエ・カールスラントからの輸送機が運んできたものだ。


「はい、ハルトマンさんもどうぞ」


 芳佳はハルトマンにフライドポテトを差し出した。


「……いただきます」


 何時いつになくおしとやかなハルトマン。


「あれ、ハルトマンさん、メガネなんか、かけてましたっけ?」


 芳佳はふと気づいてたずねる。


「はい。ずっと……」


 と、ハルトマンがうなずいたところに。


「わあ、おいしそ〜!」


 フライドポテトに、ヒョイとだれかの手がびた。


「あ、こっちのハルトマンさんもどうぞ……ええっ!」


 芳佳はもうひとりのハルトマンにもポテトを差し出して、目を丸くした。

 同じ顔が二つ。

 ハルトマンが二人。

 坂本とミーナ、それにバルクホルン以外は飛び上がるほどおどろく。


「……お久しりです、姉さま」


「あれ、ウルスラ〜!」


 二人のハルトマンはあいさつわした。


「姉さま!?」


 一同は絶句する。


「こちらはウルスラ・ハルトマンちゆう。エーリカ・ハルトマン中尉のふたの妹よ」


 ミーナがお淑やかな方をみんなにしようかいする。


「妹!?」


 どうしてズボラな方が姉なんだ〜っ!

 全員が心の中でっ込む。


「彼女はジェットストライカーの開発スタッフのひとりなの」


「へ〜」


 としか、一同は言いようがない。


「バルクホルン大尉、このたびはごめいわくをかけて申し訳ありませんでした」


 ウルスラ・知的な方・ハルトマンはバルクホルンの前に出る。


「どうやら、ジェットストライカーには、ほう力の供給バランスにめいてきけつかんがあったようです」


「まあ、試作機にトラブルはつき物だ。それより、こわして済まなかったな」


「いえ、大尉がご無事で何よりでした。この子は本国に持って帰ります」


 ウルスラはいとおしそうに、ジェットストライカーのざんがいをこの子と呼んだ。


「そのためにわざわざ来たのか?」


 いよいよ、こっちの方が姉っぽいな。

 シャーリーはそう思いながら尋ねた。


「ええ。代わりと言っては何ですが、お騒がせしたおびにジャガイモを置いていきます」


「ま、またこんなに……」


 顔をこわばらせるペリーヌ。

 あって困るものではない、というレベルをえた量だった。



  * * *



「よ」


 深夜。

 シャーリーはイモの皮向きを続けるバルクホルンのところにやってきて、声をかけた。


「あとどのくらい残ってるんだ?」


「あれだけだ」


 バルクホルンはナイフのせんたんで後ろの木箱を指す。


「大変だな」


 シャーリーはバルクホルンのとなりに座り、ナイフを取り出して皮むきを手伝い始める。


「よせ」


「いいじゃないか。どうせ半分はあたしが食べるんだし」


「これは私のちようばつだ。甘んじて受ける」


かたいこと言うなって」


 皮むきを続けるシャーリー。

 ぎわはこちらの方がいい。

 二人はもくもくと作業を続ける。


「……ごめんな」


 一ダースもむき終えたころ、シャーリーはポツリと言った。


「?」


「最初にルッキーニが異変を感じた時に、お前を止めるべきだったんだ。そうしていれば……」


「……私が決めて、私が乗った。それだけのことだ」


 バルクホルンはナイフを動かし続けながら頭をる。


「それに、カールスラント技術じんの失敗の責任は、カールスラント軍人が背負うべきだろう。……ただ」


「ただ?」


「お前やハルトマンだったら、もっとうまくやれたかも知れない。そう考えると、あの機体が可哀かわいそうに思えるんだ」


 これを聞いて、微笑ほほえむシャーリー。


「お前さんのそういうとこ、きらいじゃないよ」


「な、何を言い出す! っていうか、シャツをはだけるな! ボタンを上まで留めろ、ボタンを!」


 バルクホルンは顔を真っ赤にすると、ナイフをたたんで立ち上がった。


「よし! 皮むきはきゆうけいだ! これから体力作りに入る!」


「……はあ?」


 シャーリーはいつしゆん、耳を疑う。


「考えてもみろ。私がジェットに負けたのは、体力の不足によるものだ」


「いや、それはちがうだろ!? 全然違うだろ!? お前、少しは経験から学べって!」


 というっ込みは、バルクホルンには聞こえない。


「だから、これからは一層の体力強化に取り組むことにする! まずは腹筋1000回3セットに、10km持久走、それに……」


 指折り数えて特訓プログラムを考えながら、倉庫に向かうバルクホルン。


「お〜い! 言っとくが、せんたくは手伝ってやらないからな! この、あせっかき!」


 シャーリーはしようしながら、その背中に声をかける。


だれが汗っかきだ!」


 ……今度は聞こえたようだった。



  * * *



「それは私のフライドポテトだ」


「リベリオンの食べ物はらない、とか言ってなかったか?」


 あれから数日もしないうちに。

 バルクホルンとシャーリーは、いつも通りにやり合っていた。

 それも、イモを取ったの、取らないのといったくだらないことで。


「今は体力回復のため、エネルギー補給が最優先だ」


なお美味うまいって言えよ!」


「まあまあだな!」


「もう! たくさん作ったのに、なんで取り合いになるんですか〜!」


 食事当番の芳佳はあきれ果てる。


「い〜の、い〜の、二人はアレで。っときなって」


 と、生温かい目で見つめるハルトマン。


「い〜!」


 言いたいことが言える、気心が知れた仲間を得るのは難しい。

 シャーリーとバルクホルンはおたがいにとって、そんな存在……らしかった。


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