第四章 第三話


「ニンニニ〜ン!」


 三人が出発し、十分ほどったころ

 小屋の上空にルッキーニが現れた。


「と〜ちゃ〜っく!」


 裏口のそばに着地。

 まるでスパイ映画のようにかべにへばりつき、窓をのぞく。


「ご飯とケーキとぺたんこはどこかな〜」


 芳佳とリーネとペリーヌのことである。


「……いない」


 もちろん、小屋の中に連中の姿はない。


「ん〜?」


 ルッキーニは窓から小屋に入り、洋服だなの下、おけの中までさがし回る。


 と、そこに。


「あの連中を待っていたら、ほんとに日が暮れるねえ」


 アンナが三人を置いて、一足先にもどってきた。


「ひいいいいっ! 知らない人が来た〜!」


 とっさにテーブルの下にもぐるルッキーニ。


「……おや?」


 アンナは庭にぎ捨てられているストライカーユニットに気がつく。

 だが。


「ふむ」


 そ知らぬ顔で、アンナは小屋に入った。


「さてと、あの連中がノロノロ運んでくる間に、ちゃっちゃと料理の下準備でもしとくかね」


 箒から下りたアンナはこしをこぶしでトントンとたたく。


「…………」


 じ〜っと息をらすルッキーニ。


「おかしいねえ、さっきより散らかってるねえ」


 アンナはルッキーニに聞こえるように、大声で独り言を口にする。

 ルッキーニは真っ青になり、冷やあせをにじませた。


「もしかすると、ネズミかねえ?」


「ちゅ、ちゅ〜ちゅ〜」


 ネズミの鳴き声を真似まねるルッキーニ。


ねこかも知れないねえ」


「にゃ、にゃ〜」


「それとも、ウサギが迷い込んだのかも?」


「ぴょんぴょん……って、ウサギの鳴き声なんて知らないよ!」


 ルッキーニは思わずテーブルの下から飛び出した。


「………………………………あ」


だれだい?」


「!」


 アンナはげようとするルッキーニの前でとびらを閉める。


「ふぎゃっ!」


 扉に鼻をぶつけたルッキーニは、目を回してひっくり返った。


「……ほえ?」


 気がつくと、ルッキーニはしばり上げられていた。


「正直にお言い。誰だい?」


 アンナはルッキーニの顔を覗き込んだ。


「スパイは口を割らないんだよ」


「マタハリ気取りかい?」


 アンナは箒のでルッキーニの制服下を引っけると、軽々と持ち上げた。


「や〜っ!」


 半分おしりを出して、ちゆうりになるルッキーニ。


「このままエトナ山の火口にほうり込んでやろうかねえ」


 窓を開け、アンナはルッキーニを放り出すりをする。


「白状するよ! ルッキーニだよ!」


 あっさり。


「……口の軽いマタハリがあったもんだよ」


 アンナはあきれ、ルッキーニを地面に下ろしてなわほどいた。



「あの連中はしばらく戻らないよ」


 ルッキーニがここにやってきた理由を説明すると、アンナは言った。


「え〜!」


「こいつでみずみに行ったのさ」


 アンナは箒をルッキーニの鼻先にきつける。


「これで?」


 ルッキーニは、差し出された箒にひょいとまたがった。

 ペリーヌとちがい、痛みにもだえることはない。

 それどころか、このせまい部屋の中をスイスイと見事に飛んでみせる。


「ほう」


 アンナはちょっとルッキーニに興味を覚えたのか、庭に連れ出す。


「この周りを、8の字に飛んでごらん」


 アンナは1mほどのかんかくで、二本の棒を立てた。


「こ〜?」


 ルッキーニはこれを軽々とこなす。


「もっと速く!」


「こ〜?」


「もっと!」


「ニッキニ〜ン!」


 ほぼストライカーでの実戦のスピード。

 だが、ルッキーニは棒にかすりさえもしないで8の字飛行を続ける。


「……もういいよ」


「これ、おもしろい!」


 ルッキーニは箒から下りると、キラキラとひとみかがやかせた。


「こいつは天性のものだね」


 アンナはつぶやく。


「あんたのとこの隊長はミーナだろう? ミーナはあんたになんて教えてる?」


「んとね、ミーナは時々ガツンってやるけど、だんは好きにしていいって言ってるよ」


「さすがはミーナだね。美緒じゃこうはいかない」


 アンナは逆さにしたおけの上に、よっこらしょと座った。


「美緒? しようのこと?」


 ルッキーニも真似まねをして桶の上に座ろうとするが、逆さまにするのを忘れたのでお尻がズボッとはまってしまう。


「や〜っ!」


「……そう、少佐だってねえ。あのべそっかきが、えらくなったもんだ」


 昔を思い出したアンナの顔がほころぶ。


「べそっかき?」


 ようやく桶からお尻をいたルッキーニ。


「……いいこと教えてやろう」


 アンナは声をひそめた。


「坂本少佐が初めてここに来た時、あのはなむすめ、ピ〜ピ〜泣いて大変だったんだよ」


「へ〜」


「あんたはそのまま、才能をおばし。そうすれば……」


「そうすれば?」


 アンナはロマーニャの救世主と言おうとして、いくらなんでもおおだと思い直す。


「いつか、あたしみたいになれるかもね」


「しわくちゃに?」


 がごっ!

 ほうきが、ルッキーニの頭をちよくげきした。


「さあ、お帰り」


 アンナはお尻の土をはらいながら立ち上がった。


「どうせ、無断で基地を抜け出してきたんだろ?」


「そだよ」


「早く帰らないと、ミーナにガツンだよ」


 とたんにあせった顔になるルッキーニ。


「帰る! チャオ、おばあちゃん!」


 ルッキーニはストライカーをさっさとくと、アンナに手を振って空にい上がった。



  * * *



 結局、三人がもどってきたのは夕方になってからだった。

 バケツの水はこぼれ、おと食事に何とか足りる程度しかなかったが。



「水たまりみたいだね」


 行水程度のお湯のバスタブの中で、芳佳はいつしよに入っているリーネに言った。


「私たちが運んできた水が少なかったんだよ」


「そっか。明日はいっぱいになるまでがんんなきゃ」


「そうだね」


「ペリーヌさん、入んないの?」


 芳佳はタオルを巻いて夜空を見つめているペリーヌに聞いた。


「も、もちろん入りますわ!」


 おそる恐る、スラリとしたあしでバスタブをまたぎ、おしりをつけたそのしゆんかん

 ちゃぽん。


「ひぃっ!」


 ペリーヌはカエル並みのしよう力で飛び上がった。


「し、みるぅ〜!」


 りでプリプリのお尻は真っ赤っか。

 入るのを躊躇ためらっていたはずである。


「……まあ、こんじようがあるだけ、よしとするかね」


 居間でこの悲鳴を耳にしたアンナは、小さく欠伸あくびをするとしんしつに向かった。


 アンナが芳佳たちを合格させたのは、翌日の夜のこと。

 さらにその翌日の朝には、元気に501基地へと戻っていった。



  * * *



「あ〜、ご飯! 帰ってきた〜っ!」


「ルッキーニちゃん、ただい……きゃあああああ!」


 久し振りに芳佳の姿を見たルッキーニが真っ先にしたのは、芳佳の残念な胸をむことであったことは、言うまでもない。



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