第四章 第二話


 という訳で。


「行きます!」


 三人は古来よりの飛行法に、今さらながらちようせんすることとなった。


「うっ! い、痛い……」


「く、食い込む……」


「あ、ぐぐっ……!」


 バケツを提げた箒にまたがった芳佳たちは、聞きようによっては周囲が赤面しそうな台詞せりふを口にする。

 ほう力を注ぎ込まれた箒は、重力に逆らい、き上がろうとするのだが、上手うまくバランスを保てないのでかたむき、おしりすべるのだ。

 落ちないように脚の筋肉に力を入れると、大切な部分に余計に力が加わり、さつが起きる。

 だからといって力をくと、身体からだが回転し、バランスの関係で頭が箒の下になる。


「あああっ!」


「きゃあああっ!」


「くううっ!」


「いつまで地面をウロウロしてるんだい? さっさと飛ばないと、晩ご飯に間に合わないよ!」


 アンナがパンッと手をたたく。


「きゃあああ!」


 最初にち……いや、落ちたのはリーネだった。


「わあああああっ!」


 芳佳はグルグル回る箒にしがみつき、えるのに必死だ。


「きゃっ! はっ! わっ!」


 白いやわらかなふとももで、きゅっと太い箒をめつけるペリーヌ。


「まったく、情けない。これで魔女とは、片腹痛いね。あんたはにでっかいものをつけてるから、バランス取れないんだよ!」


 アンナはしりもちをついているリーネに近づくと、はち切れそうなその胸をむんずとつかんだ。


「きゃあああ!」


 だんりよくのある球体を乱暴にあつかわれて、リーネは悲鳴を上げる。

 確かに。

 リーネは芳佳と比べ、かなり重心が上の方にありそうだ。


「……いつまで回ってるんだい?」


 アンナは次に、芳佳の前に来る。


「ホ、ホウキに聞いてくださ〜い!」


 まるで落語である。


「あ」


 とうとう箒が芳佳を嫌って、地面にり落とした。

 一方。

 ひとりだけ、にもかくにも宙に浮き上がり、じっと静止しているのはペリーヌだった。


「ほう、やるねえ」


「こ、これくらいウィッチとして当然……くっ! 楽勝ですわ……」


 ペリーヌは強がるものの、ここにそのめいしようを記すことが難しい部分が痛い。

 というか、うずく。


「そうかいそうかい」


 アンナは箒の後ろのの部分にれると、おもむろに押し上げた。

 ズズズッ!


「ああっ! ううっ! ひいいいっ!」


 きようせいと聞きまごうばかりの悲鳴を上げるペリーヌ。

 うすぬの一枚にへだてられた、ぷっくらとした柔らかな部分を、かたいものがさいなむ。


「す、こすれるぅ〜っ!」


 ペリーヌ、かんらく

 とうとう三人全員が落下して、うらめしそうにアンナを見上げた。


「……あんたたちには、永遠に合格をやれそうにないねえ」


「そんな!」


 アンナの言葉に、泣きそうになるリーネ。


「くっ!」


 プライドを大いに傷つけられたペリーヌは、箒を投げ捨てる。


「今どきウィッチのしゆぎように箒だなんて、時代おくれにもほどがありますわ! やってられません!」


「おや、もう音を上げたのかい?」


「ペリーヌさん……」


 何とかリーネがなだめようとする。


「アンナさん」


 芳佳はろうたずねた。


「ん?」


「あの、私も知りたいです。こんな修行で本当に強くなれるんですか?」


「……あんた、強くなりたいんかい?」


「はい!」


 強い意志の宿るひとみが、アンナに向けられる。


何故なぜだい?」


「私、強くなって、ネウロイからこの世界を守りたいんです! 困っている人たちを助けたいんです!」


「芳佳ちゃん」


「……」


 リーネもペリーヌも、おもいは同じである。


「ふむ」


 アンナはタライを引っけた箒にヒョイとまたがった。


「……見ておいで」


 老魔女は宙にき上がり、そのままどこかへ飛んでゆく。


「アンナさん!」


「行っちゃった……」


「ふん! もうもどってこなくて結構ですわ!」


 と、三人。

 しかし。


「!」


 少しして、タライをぶら下げた箒が再び見えてきた。


「きゃああ!」


 ペリーヌは降りてくるタライをけようとする。


「わあ、こんなにいっぱい!」


 目の前に着地したタライがなみなみと水をたたえているのを見て、芳佳は声を上げた。


「こ、これを一人で?」


「すごいです!」


 ペリーヌとリーネもおどろく。

 しかし。


「でも、これでほんとに強くなれるんですか?」


 芳佳はまだなつとくがいかない。


「信じられないかい? けどね、あんたたちの教官だって、ここで訓練して一人前のじよになったんだよ」


 ほうきから下りたアンナは言った。


「え、教官って……」


「坂本しようが?」


 と、リーネとペリーヌ。


「ああ、あの子はなおでねえ。最初っからあたしのことを尊敬して一生けんめい練習したもんさ。おかげで、見事な魔女に成長したって訳だ」


「坂本さんもこの訓練を……」


 芳佳はようやく信じ始める。


「あ、あの……」


 ちょっとモジモジしながら、ペリーヌが質問した。


「何だい?」


「さ、坂本少佐が使われていた箒はどれでしょうか?」


「さっきあんたが投げたやつだよ」


「あ、あれがあああ〜っ!」


 転がっていた箒を抱き上げ、ペリーヌはめそうな勢いでうすい胸に押しつける。


「これが少佐のお使いになった箒ぃ〜っ!」


「なんだいありゃ?」


「……」


 リーネはアンナがペロッと舌を出したのを目にしたが、平和のために何も言わないことにした。



  * * *



 翌日。


「も〜、つまんな〜い!」


 期待していたホカホカご飯が出てこなかったので、ルッキーニはごげんななめだった。

 おまけに、おたっぷりのティータイムもなし。

 芳佳とリーネのいない501基地の食堂で提供されるのは、かんづめのスパムとでたジャガイモだけだった。


「扶桑のご飯、どこ行ったの〜!?」


 ナイフとフォークを手に、ルッキーニはうつたえる。


「うう、ご飯〜」


 ハルトマンも、不満顔である。


「お前たち、食い物のことで文句を言うなど、軍人にあるまじきこうだな」


 とは、もくもくとイモをほおるバルクホルン。


「そだ! ていさつ行こうよ! 芳佳がいつごろもどってこられるのか!?」


 とつぜん、ルッキーニは立ち上がって提案する。


「やめとけよ、ミーナに怒られるぞ」


 ガムをみながらくぎすシャーリー。


「ぶ〜」


 くちびるとがらせたルッキーニは、いつたんは大人しく座り直す。

 だが。

 行くなとルッキーニに命じることは、行けとあおることと同じだった。


「……きししし」


 坂本がわたした地図をこっそりぬすみ見して、訓練所の場所は分かっている。

 みんなが食事の片付けをしているうちに、ルッキーニはこっそり食堂をけ出してハンガーに向かった。



  * * *



 この日も朝から特訓が続いていた。

 箒に乗って飛ぶ。

 昔のウィッチならだれでもできたことが、芳佳たちにはできなかった。

 三人とも、本来ならとっても大事にしなくてはいけない場所が擦れ、風が当たっただけで飛び上がるほどに真っ赤にれていた。


「あんたたち三人とも、ほう力は足りてんだ。足りないのはコントロール。今までは機械がしてくれたものを、自分でコントロールしなきゃダメなんだよ」


 アンナは芳佳がまたがる箒のをぐいっと持ち上げる。


「うっ、い、痛いです、アンナさん!」


 なみだの芳佳。


「痛いのはほうきに体重がかかってるからだよ。……あんたも!」


 お次はリーネの箒。


「ん! ああっ!」


「あんたもだよ!」


「ひいいいいいいいっ!」


 何度もかたく太い柄でびんかんな秘所をこすったもので、痛みとはまたちがった感覚が生まれ始めるペリーヌ。


「いいかい、あんたたちはストライカーユニットって機械にずっとたよってた。まず、それを忘れて箒と一体化するんだ」


「箒と一体化……?」


 と、り返す芳佳。


「箒に乗ろうと思うんじゃなく、箒を身体からだの一部だと感じるんだよ!」


「身体の一部……」


 リーネは、自分が周囲の自然にけ込んでゆくような感覚を覚える。


「そして、自分のあしで一歩み出す。そんなイメージで魔法力をめるんだ。ちゃんとした魔女なら簡単なことさ」


「自分の脚……」


 ペリーヌは、心をぎの海のように落ち着けた。

 三人の足元に魔法じんが生まれ、大地から魔法力を吸い上げるように身体の中心が力に満ちてゆく。


「一歩前へ……」


 芳佳は不意に、身体の中を血潮とともに流れる力を感じ取った。


「……あ、ああああっ! と、飛べた!」


「私も飛べた!」


「と、飛びましたわ!」


 芳佳たちの箒が、フワリと空へい上がる。

 小屋の屋根が足元に。

 緑の庭。

 橋。

 みさきとどこまでも広がる海。

 同じ風景なのに、ストライカーで飛んで見ているのとはまったく別のもののようだ。

 風が、光が、音が、世界を形作っているのがはっきりと分かる。


「すごい、すごいよ、リーネちゃん! ペリーヌさん! ほんとに箒で飛べた!」


「うん!」


「と、当然ですわ!」


 ペリーヌでさえ、そう言いながら、感動をかくせない。


「何だか、ストライカーで飛ぶ時の風と違うような気がする。……気持ちいい〜っ!」


「うん、気持ちいい〜!」


「で、でもまだ……ちょっと擦れて」


 二人ははしゃぐが、あのつうよう感がなくなってしまうのも少し|寂

《さび》しく感じるペリーヌ。


「いつまで遊んでるんだい?」


 いつの間にか、アンナも箒に乗って飛んでいた。


「さっさとみずみに行きな。日が暮れちまうよ」


「言われなくても行きますわ!」


「行ってきま〜す!」


 芳佳たちはバケツとともに、に向かって飛んでいった。


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