第四章 守りたいもの ──または、ルッキーニのスパイ大作戦

第四章 第一話


 さて、ストライクウィッチーズ再結成の翌日のこと。


「梅干?」


 新501基地で扶桑からの補給物資の荷下ろしが始まると、続々と倉庫に運び込まれる木箱を見たミーナは絶句した。


「はっ! 少佐がお好きなようなので」


 敬礼しながら答えたのは、荷下ろしの指揮をする土方。


「…………これ、全部が梅干」


 こめかみに指を当てるミーナ。

 全部で1tはあろうかという量だ。


「土方! 梅干だけでどうする!?」


 坂本はうでみをしてしつする。


(そ、そうよね。さすがの美緒も、これじゃおかしいと思うわよね)


 ちょっとホッとするミーナ。


にぎめしには、お茶がるだろうが!」


「……」


 ミーナはくずれ落ちた。


「はっ! 直ちに二式大艇で扶桑にもどり、ぎよくを調達して参ります!」


 敬礼する土方。


おろか者め! 梅干には番茶だ!」


「はっ!」


「……土方さん、だったわね? ちょっとこっちに」


 ミーナは少しはなれたところに土方を呼び寄せた。


「補給で扶桑に戻るのなら、坂本少佐のリクエストは、一から十まで無視するようにして。決して! 海苔のりつくだを100kg単位でせたりしないで」


「海苔も……ですか?」


 土方の顔に残念さがにじむ。


「タタミイワシはどうしましょう?」


「……」


 この士官にしてこの従兵あり、である。


「ともかく、これは上官命令。分かったわね?」


「はっ!」


 土方は敬礼した。


「坂本少佐」


 土方が二式に向かうと、ミーナは次に坂本を呼び寄せる。


「あなたは504基地へのえん物資の輸送をお願い」


(このまま、引っき回されてはたまらないもの)


 取りえず、補給関係の現場から坂本には遠ざかってもらうことにする。


「そうか……醇子にもあっておきたいからな」


 かいだくする坂本。

 だが、それでも不安なミーナは芳佳に声をかけた。


「宮藤さん、少佐を手伝ってあげて」


「はい」


 整備兵たちにお握りの差し入れをしていた芳佳は、トコトコとやってきてうなずく。


「……くれぐれも、お願いね」


 ミーナはさらに念押しした。



  * * *



 翌日。

 504統合せんとう航空団の基地では、扶桑からの物資の引きわたしが何とか無事に行われた。


「扶桑からの物資、助かったわ。ありがとう」


 ストライカーユニットの受け取り書類にサインをしながら、竹井醇子は旧友の坂本に言った。


「報告書は読んだ。あの内容、事実なのか?」


 坂本は、人型ネウロイとのコンタクトが失敗に終わった件について、竹井に質問する。

 今回のネウロイのこうせいは、あの時から始まったのだ。


「あの時、私たちはネウロイとせつしよくできると思ってた……」


 多くの部下を失った竹井はため息をつく。


「でも結局、私たちは分かり合えはしなかった。ネウロイはより一層きようぼうになって現れたの。気をつけて、美緒」


「次に会う時は、平和な世界で会いたいものだな、醇子」


 坂本は微笑ほほえむと、荷物の運び込みを手伝っている芳佳に声をかけた。


「帰るぞ、宮藤!」


「はい!」


 芳佳は答えると、坂本のところにけ寄った。



  * * *



「ネウロイと接触した?」


 れる車内。

 助手席の芳佳は目を丸くした。

 帰りのトラックの中での坂本との話題は、504航空団がかいめつ的ながいを受けた作戦についてだった。


「正確には、接触しようとしたが、失敗した、だ」


 ハンドルを握る坂本はていせいする。


「接触の寸前に新たにネウロイが現れ、人型になっていたネウロイを焼きくした」


「ネウロイがネウロイを? どうしてですか?」


「分からん」


 そうとしか答えようがない。


「分かっているのは、あの作戦で無事だったのは、竹井たいふくめ、わずかに数名ということだけだ」


「えっ!」


「504航空団は現在再編制中だが、ウィッチを集めるには時間がかかる。その間にもネウロイは、ヴェネツィアからロマーニャに南下してきている。地上戦力がていこうしているが、ネウロイが本格的にしゆうげきしてきた時、対抗できるのは我々ストライクウィッチーズだけだ」


「……坂本さん、私、戦います!」


 芳佳の表情が、ピリッとまったものになった。


「戦って、このロマーニャを守ります!」


「よく言った宮藤! さっそく帰って訓練だ!」


「はい!」


 と、芳佳はこの時、元気に答えたのだが……。



  * * *



 翌日。


「ふ、ふえ〜っ!」


 基地近くの空き地で行われた訓練で、芳佳は坂本の期待の10分の1もこなさないうちに音を上げていた。

 同じく訓練に参加したリーネとペリーヌも、地面にひっくり返ってハアハア言っている。


「明らかに体力不足ね」


 この様子を、坂本、バルクホルンといつしよに見ていたミーナがまゆをひそめた。


「あの三人はブリタニアの戦いの後、軍からはなれていたからな。実質、半年以上のブランクだ」


 と、坂本。


「午前中の飛行訓練でも、あの三人は問題が多かったぞ!」


 バルクホルンも厳しい顔で続ける。


しよう、今のままじゃ実戦に出すのは危険だぞ?」


「そうだな……」


 坂本は、へばる芳佳たちの前に立つと竹刀しないきつけ、宣言した。


「起きろ、三人とも! 宮藤、リーネ、ペリーヌ! お前たちはからやり直しだ!」



  * * *



 坂本の命令で、芳佳、リーネ、ペリーヌは、とある訓練せつに強制的に送られることになった。

 しようちん気味の三人は、ストライカーで指定された場所へ向かう。


「本当にここが、訓練所なんですか?」


 あたりをキョロキョロとわたし、リーネがたずねる。

 三人が降下したのは、海から突き出たみさきの先。

 橋を渡ったところにある、小さな島のいつけんだった。


「少佐に頂いた地図だと、ここでちがいありませんわ」


 ペリーヌが地上スレスレでホバリングしながら断言する。


「でも、だれもいないよ」


 そうつぶやきながら小屋を観察する芳佳の頭上を、かげぎった。


「芳佳ちゃん、上」


 リーネが注意をうながす。


「うあああああっ!」


 ぐわ〜ん!

 落ちてきた何かから、かんいつぱつ身をかわす三人。


「ネウロイ!?」


 り向きざま、ペリーヌはけいかんじゆうを構える。

 だが。


「誰がネウロイだい!?」


 と、ペリーヌに突っ込んだのは、ドでかいタライ。

 ……ではなく、タライをり下げたほうきにまたがるろうだった。


あいさつもなしにうちの庭に入るなんて、ちかごろの若い子はしつけがなってないね」


 老婆は意地悪そうに言う。


「こ、こんにちは」


 おくればせながら頭を下げる芳佳。


「もしかして、アンナ・フェラーラさんですか?」


 リーネが尋ねた。


「そうだよ」


 老婆はおつくうそうに箒の上から答える。


「あの、私たち、坂本少佐の命令でここに訓練に来たんです! ここで合格もらうまでは絶対帰るなと言われました!」


 と、芳佳。


「……はあ」


 アンナは心底いやそうな顔をすると、三人に命じた。


「とりあえず、そのあしいてるもん、ぎな!」



「……バケツ?」


 アンナにわたされたものを見つめ、芳佳は首をかしげた。


「じゃあまず、あんたたちには今晩の料理とおのために、水をんできてもらおうかね」


 にストライカーを置いたところで、アンナは告げる。


「水汲みですか?」


 これまたバケツを持たされたリーネ。


「えっと?」


 芳佳はを探すが、小屋のそばにそれらしきものは見当たらない。


「井戸ならあそこだよ」


 アンナが指さしたのは、島から橋を渡り、その先にある岬の、そのまた先にあるきゆうりようを上った、そのまたまた先に小さく見える井戸だった。


「ええっ! あんな遠く!」


 信じられないといった顔のペリーヌ。


「ここは海の上だからね。水が出るのはあそこだけさ」


「あんなところから、水を……」


 おじようさまのリーネには信じられない。


「うわあ……」


 芳佳もだつりよくする。


「あっ! でもストライカーを使えば!」


「そっか!」


「そうですわ、ストライカーで飛んでいけばあっという間ですわ」


 納屋に置いたストライカーのところへ行こうとする三人の前に、アンナが立ちふさがった。


「誰がそんなのを使っていいって言ったんだい?」


「えっ?」


 三人の顔がこわばる。


「ほら、これを使うんだよ!」


「って、まさか!」


 思わずメガネのレンズをこうかと思うペリーヌ。


「ホ、ホウキ!?」


 アンナが三人に差し出したのは、古い、ただの箒だった。


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