第二章 第二話


 二式はゆうとともにソルトレイクきんこうの基地に下りた。

 すなぼこりの混じる風。

 真っぐな地平線がどこまでも続いているのに、芳佳はおどろく。


「見事に……何にもない風景ですね」


「さすがにこのあたりには、観光の目玉はないだろう?」


 リベリオン案内を手にした芳佳に、坂本は笑いかける。

 だが。


「イヤッホ〜!」


「ヤピカイエ〜!」


 とつぜんせいが聞こえてきたかと思うと、バイクや馬に乗ったカウボーイハットの男たちが滑走路に走り込んできて、二式大艇を取り囲んだ。


「て、てきしゆうですよ!」


 二式の周囲をグルグル回る男たちを見て、芳佳は坂本にしがみつく。


「何を鹿な」


 と、坂本は答えたものの、男たちの正体がつかめない。

 そのうち、ひとりのヒゲづらが坂本たちの前でバイクを止めた。


「お前ら、ストライクウィッチーズだそうだな!?」


「その通りだ!」


 坂本はズイッと進み出る。


「ヘイ! やっぱりだぜ!」


 ヒゲ面の男は、仲間を振り返ってグイッと右手の親指をき立てた。

 おお〜っ!

 というかんせいが、男たちの間で上がる。


「シャーリーを知ってるか!?」


 ヒゲ面男は芳佳にたずねた。


「は、はい」


 声が裏返りそうになる芳佳。


「シャーリーは、俺たちにとっちゃヒーローなんだ! その仲間キモサベと聞きゃあ、かんげいしねえわけにはいかねえ!」


 ヒゲ面男はニッと笑うと、仲間にった。


「おい、パーティだ! バーベキューの用意をしやがれ!」


「イエア!」


 ランチワゴンが運ばれてきて、火がかれる。


「わ、私たち歓迎されているん……ですよね?」


 こわばった顔で、自分に言い聞かせる芳佳。


「ちっこいおじようちゃん、名前は?」


 バーボンのびんを持った男が近づいてきて、芳佳に尋ねた。


「み、宮藤芳佳です」


「そっちの気の強そうなのは?」


 男は次に坂本を見る。


「私は扶桑海軍しよう、坂本美緒だ!」


 胸を張って名乗る坂本。


「さしずめ、扶桑のカラミティー・ジェーンってとこかあ〜っ!」


 ガハハハッと笑う男。


「カ、カラミ……?」


 かいたく時代の有名な女ガンマンの名前を、坂本は知らなかった。


「お〜っと、ジョークだぜ!」


 男はウインクすると、バーボンの瓶を坂本に押しつけ、背中をドンとたたく。


「さあ! そろそろ肉が焼けるぜ! どんどん食いな!」


 こうして始まったカウボーイと扶桑海軍兵士のバーベキュー大会は、深夜まで続いた。


「みんな、あらっぽいけど……いい人たちですね」


 ハンバーガーを手に、坂本のとなりに座った芳佳はつぶやく。


「ああ。それに、シャーリーはみんなに好かれている。うらやましいくらいにな」


「会いたいな……」


「おい、それは無理だろう」


 風が冷たくなってきたので、坂本は自分のマントで芳佳を包んでやる。


「あいつはルッキーニといつしよにアフリカだ」


「……です……よ……ね」


「……宮藤?」


 いつの間にか、芳佳はいきを立て始めている。


「……やれやれ」


 微笑ほほえんだ坂本はそっと芳佳を抱き上げた。




「あれが自由のがみ!」


 二日後。

 東海岸での補給を終えた二式大艇は、とうとう大西洋えに飛び立っていた。


「ほう、大きいな」


 これには坂本もなおに感心する。


かまくらの大仏が立ち上がっても、あれほどはなかろう」


「とうとうリベリオンともお別れですね」


 かんがい深げな表情をかべる芳佳。


「ああ。この先は戦場だ」


 坂本はうなずく。


「さよなら、リベリオン!」


 芳佳は自由の女神に向かって手をる。

 パシャ!

 その後ろ姿を、土方のカメラのレンズはしっかりととらえていた。



 後日。

 リベリオンでさつえいされたスナップ写真は、扶桑海軍によって芳佳の実家であるしんりようじよに届けられた。


「……これ、どこなのかしら?」


「さあてねえ」


 こんわくの表情の母と祖母。

 ほとんどのスナップに写っているのは、どれも真っ暗な背景に、不気味に浮かび上がる芳佳と坂本のちょっとピンぼけな姿。

 どうやら土方は、写真をるのがものすごく下手なようだった。


「こ、こわい」


 思わず呟くみっちゃんだが、一枚のスナップを手に取ると、あっと息をんだ。


「……これ! こ、この人!」


 みっちゃんが指さしたのは、ロサンジェルスで芳佳と一緒に写ってくれた女の子である。


「おやまあ?」


「エリザベス・テーラー!?」


 祖母と母は顔を見合わせる。

 芳佳の隣で笑っているのは、世界に愛された名子役、『緑園の天使』や『若草物語』でその名を知られる、未来の大女優だったのだ。




  * * *



「ヴィルケちゆう、入ります」


 ここはロンドン、連合軍司令部の一室。


「やってくれたわね」


 ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐を呼び出した司令官ガランド将軍は、出頭してきた彼女を見てじゆうめんを作った。


「あら? 何のお話でしょう?」


「各国の軍司令部におどしをかけ、ヴェネツィアへの補給の約束を取りつけたでしょう? それも私の名前を使って」


「将軍の命令だなんて、私は一言も」


 おやおや、という顔でかたをすくめるミーナ。


「ただ、ヴェネツィアのかんらくは一過性のものではなく、大規模なネウロイのこうせいまえれであり、どの国も次が自国の番ではないとは決して言い切れない。と、ガランド将軍はお思いになっているのではないか、というしゆのことを口にしたまでで」


「私だって分かっているのよ」


 ガランドはまゆをひそめる。


「どの国の首脳もガリアだつかん以来、自国の復興のみ夢見ている。連合軍にく、物資、人員のゆうはない。政治屋のだれもがそう口をそろえる。でも……」


「今までの戦いが前奏曲に思えるほどの厳しい戦いが、この後にひかえている」


 ミーナが言葉をぐと、ガランドは立ち上がり、窓の外に目をやった。

 春といえども、きりは深く、はだざむい日が続いている。

 ガスとうの下を行きう人々のコートもまだまだ厚い。


「物資はもぎ取れたとしても、ウィッチはどうするの?」


 ガランドはたずねた。


「かつての501のようなせいえいを集めるのは至難の……」


 ミーナが微笑ほほえんでいることに、ガランドは気がついた。


「まさか、すでに手を回して?」


「将軍、人は集めるものではなく、自然と集まるものですわ」


 ほんの少し、首をかたむけるミーナ。


「……あのマロニーが、貴官のことをぎつねののしっていたことを思い出すわね」


「まあ」


 ミーナは心外だと言わんばかりの表情を作る。


「……いいわ。私もあなたぐらいのころは上官を上手うまく利用したものだもの」


 将軍はしようし、とびらの方に足を向けた。


「どちらに?」


「いったんえに自宅にもどります。貴官も1時間以内にドレスアップして、ザヴォイ・ホテルのパーティ会場に来なさい。例のワインレッドのドレスで」


「パーティ?」


「英国首相との会食よ。せめておえらいさん方の前で、まんの美声をろうするぐらいのことはしてもらわないと」


 ガランドはあらかじめ用意していた招待状を指ではさみ、ミーナの鼻先にき出した。


とろかして、さいひもゆるませなさい」


 どうやら、こちらも元ウィッチ。

 ひとすじなわではいかない人物のようだった。



  * * *



「おなか減った〜」


 気だるそうな声がした。

 ここはいにしえせき群に近い、ロマーニャ沿岸部。

 こんぺきの海にのぞむ白いすなはまそべっているのは、本来ならアフリカ戦線にあるはずの二人。

 ロマーニャ公国空軍第4航空団所属フランチェスカ・ルッキーニしようと、リベリオン合衆国陸軍第363せんとう飛行隊所属シャーロット・E・イェーガー大尉だった。

 先ほどの情けない声は、ルッキーニ。


かんづめ食うか〜?」


 それよりも、さらにかったるそうに答えたのはシャーリーである。


「リベリオンの缶詰はやだ〜! おいしい料理が食べたい〜!」


 じんわりとかんきつ系のにおいのするあせを肌ににじませ、寝そべったままルッキーニはごねる。


「無茶言うなよな〜。大体ここって、補給ないんだぞ」


 補給があったとしても、シャーリーのうででできる料理はたかが知れているのだが。


「やだ〜! 芳佳の料理が食べた〜い!」


 ブリタニア時代に、すっかり芳佳にけされてしまったルッキーニの舌にとって、リベリオンのスパムは料理ではなくえさだ。

 やってられないという顔で空を見上げるシャーリー。

 と、そこに。


「……ん?」


 シャーリーがそのわく的なふとももの間に置いていた無線機が、とつぜんジリリと鳴った。

 よっこらしょっと反動をつけて起き上がり、受話器を取る。


「は〜い、こちらイェーガー。………………何? ホントか! りようかい、すぐに向かう!」


 無線を切ったシャーリーは、ニッとルッキーニに笑いかけた。


「喜べ、ルッキーニ! 扶桑から補給が来るぞ!」


 缶詰の日々よ、さらば。


「やたっ! ご飯が飛んできた!」


 ルッキーニの顔が、パッとかがやいた。



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