第二章 リベリオン横断 ──または、観光気分でシャッターを

第二章 第一話


「わわわわわっ!」


 二式大艇が補給のために、ハワイ、オアフ島の飛行場に着陸すると、芳佳は目をまん丸にした。


「何をそんなに興奮している?」


 タラップから下りながら、坂本は首をかしげる。


「だって! ハワイですよ! 南の島ですよ! とこなつの海ですよ! フラダンスですよ!」


 とはいえ、今は深夜。

 月明かりにきらめうなばらも、それはそれでぜいがあるが、南の島を実感するものではない。


「別にめずらしい風景ではなかろう? 熱海あたみと大して変わらん」


「もう! 坂本さんは感動うすすぎです! にぶいんですよ」


 芳佳はくちびるとがらせる。


「に、鈍い!?」


「……ぷっ!」


 かたわらで耳をかたむけていた土方はき出すが、坂本にじろりとにらまれ、いつもの真面目まじめな表情に戻る。


いつしよに写真りましょう!」


 芳佳は坂本を引き寄せた。


「カメラ、整備の人に借りたんですよ!」


「お、おい?」


 まどう坂本。


「では、私が」


 芳佳から二眼レフカメラを受け取った土方が、少し下がってレンズを向ける。


「はい、チーズ」


 パシャ!

 照れくさそうに頭をく坂本とがおの芳佳の姿を、フィルムはとらえた。



 翌朝早く、二式はハワイを後にした。


「う〜、観光できなかった〜」


 窓にかじりつく芳佳は未練たらたらだ。


「パイナップル、食べたかったのに〜」


「お前な、ものさんじゃないんだぞ」


 あきれる坂本。


「でも、もう一生来られないかも知れないんですよ〜」


おおな」


 と、笑いかけた坂本だが、すぐにこの二式大艇の目指すおうしゆうの地が、戦場であることを思い出す。


「……一生、来られないか」


「今度降りるのって、どこですか?」


 芳佳は地図を見ている土方にたずねた。


「リベリオン西海岸ですね」


 と、土方。

 またしばらくは退たいくつおだやかな、大海の風景が続くが、特にやることがある訳でもなく、芳佳はリベリオンのガイドブックを土方から借りて、目を通す。


「ええっと、ハリウッドに、ロッキー山脈……」


「お前、それだけ熱心に勉強していれば、もう少しいい成績で卒業できたんじゃないか?」


 横から坂本がのぞき込む。


「ど、どうして坂本さんが私の成績を知ってるんですか!」


 顔を真っ赤にする芳佳。


「カマをかけただけだ」


 坂本はかたをすくめる。


「もう、いいです」


 いじけた芳佳は坂本に背を向けた。



 午後になった。

 相変わらず、外の風景は一面の大海。

 時間が止まっているように感じられる。

 ベンチに座りっぱなしだと、身体からだこうちよくするので、時おり、坂本は立ち上がって軽いじゆうなん体操をする。


「お前もやるか?」


 坂本は芳佳をり返った。


「はい」


 と、気軽に真似まねをしようとした芳佳は、すぐに息が上がってしまう。


「うう、曲がりません!」


 ぜんくつに苦戦する芳佳。


「半年のブランクは大きいか!? 背骨を折る気で曲げろ! 前屈で死んだ人間は、有史以来いない!」


 坂本はすっかり教官モードだ。


「うう〜、こんな時間のつぶし方、イヤです!」


「お二人とも、楽しそうで」


 パシャ!

 土方は微笑ほほえみながら、この光景を写真に撮った。



 ようやく陸地が見えてきたのは、日がしずんで少しったころだった。


「大陸最初の補給地は、LAきんこうの空軍基地だな」


 坂本は土方にかくにんした。


「このサンフランシスコからは、ほぼ真南です」


 と、土方。


「坂本さん! あれが有名なゴールデンゲートブリッジですよ!」


 窓に顔をくっつけ、芳佳は坂本のそでを引っ張る。

 まるで地上の銀河。

 かがやく不夜城のごとき街並みに、芳佳はすっかりりようされていた。


「お前はいちいち興奮するなあ」


 という坂本も、海にきてきたところなので、陸地を見て楽しそうだ。

 転進した二式は、やがて、ロサンジェルス上空へ達する。


「ここがロサンジェルス! 土方さん、ハリウッドはどこですか!?」


 二式がかつそう上で停止すると、芳佳はタラップをむのももどかしい様子で飛び下りた。


「さ、さあ? 近いとは思いますが……」


 土方はロサンジェルスの地図を広げる。


「スターの人とか、歩いてないかな? ええっと、チャップリンさんに、ダグラス・フェアバンクスさんに、エロール・フリンさん……」


 芳佳は知っている俳優を数え上げる。


「いや、そう簡単には逢えんだろう」


 さすがの坂本でもそのくらいのことは分かる。


「あれは何でしょう?」


 あたりをながめていた土方が、基地の宿舎近くに停車しているリムジンを見つけた。

 場にそぐわない高級車のまわりには、人だかりができている。


「私、ちょっと聞いてきますね!」


 芳佳はカメラを手にけ出してゆくと、十分ほどしてもどってきた。


「坂本さん、さすがロサンジェルスです!」


 芳佳は紅潮した顔で告げる。


「ちょうど基地のもんに来てたらしくって、子役の人がいたんです! ルッキーニちゃんくらいの年の子で、いつしよに写真に写ってもらって、サインまでもらっちゃいました!」


 芳佳はノートを坂本に見せた。


「おお、お前はやっぱりついているな!」


 坂本は破顔し、サインを読もうとするが、達筆なのでなかなか読めない。


「……知ってるか?」


 と、土方に聞く坂本。


「エリザベス……さあ?」


 この二人、見る映画はもつぱらチャンバラである。


「ええっと、『家路』って映画に出てるそうですよ」


 と、芳佳は本人から聞いた情報を伝えた。


「まあ、記念になれば、何でもいいだろう」


 おおざつな坂本はかたをすくめる。


「もうるぞ。明日も早い」


「え〜っ!」


 と、一応こうする芳佳もねむそうな目。

 ずっと機上の身というのもなかなかつかれるものなのだ。


「では、私は給油を」


 整備兵たちがいるはずの方をり返る土方。


「……う」


 すでに二式の周囲には扶桑兵士の姿はなく、みな、ハリウッドの子役スターのところにさつとうしていた。



 翌朝、ロサンジェルスをった二式大艇は青いロッキーの山並みをえ、赤い西部のこうの上空を進んでいた。


「坂本さん! バッファローです!」


 芳佳は、野牛の群れがしつそうするのを見て興奮する。


「あんなにたくさん! 全部牛ですよ、牛!」


「それはそうだろう! はっ! はっ!」


 不安定な機内で、りを続ける坂本。


「しゃぼてんがあんなにおっきく! リベリアンは何でもおっきいですね! ……あ」


 芳佳はふと、シャーリーの胸を思い出す。


「そっか、そのせいかあ」


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