第一章 第二話


 複雑な電子装置が並ぶ電信室には第二報が入ってきていた。


「発、ガリアちゆうりゆうウィッチ。宛、連合軍各司令部。昨日、ヴェネツィア上空にとつじよ発生したネウロイは、以前より格段に強化されており、ヴェネツィアは当日かんらく。その際、ロマーニャ北部防衛の504統合せんとう航空団は、これと交戦し、多大なる損害を受け戦闘不能に至れり」


 この報告を、電信兵からしんみような表情で聞く土方。

 芳佳とみっちゃんは、電信室の入口のところに立って、様子をうかがう。


「ロマーニャの504航空団が戦闘不能だと! あそこには我々扶桑海軍のウィッチもけんされていたはず!」


 土方を始め、電信室の全員にきんちようが走る。


「ガリアって、芳佳ちゃんの友だちがいるとこだよね……」


 みっちゃんがつぶやく。


「こちら、扶桑海軍の土方です! ロマーニャの504部隊のじようきようを教えてください!」


 土方自らが通信機をにぎり、相手方と連絡を取ろうとする。


「……こちら……ガリア軍令部。私はブリタニア空軍の……リネット・ビショップそうちよう……です」


「!」


 芳佳は息をんだ。

 電信室のスピーカーから流れてきたのは、リーネの声だったのだ。


「……くわしいせんきようは分かりません」


 ノイズ交じりにリーネの声は続ける。


「ウィッチのえんぐんようせいは……こちらにも入っているのですが……、派遣しようにもウィッチの数が不足していて実行できないんです」


「そんな……いくらウィッチの数が足りないとはいえ……」


 土方は絶句する。


「それで……私たちが……………」


 ノイズがリーネの声をき消した。


「どうかしましたか!? 聞こえますか!? リネット曹長!」


 電信兵が何とかチューニングを合わせようとするが、うまくいかない。


です! でんそうに乱れが生じていて、これ以上は!」


 覗き込む土方に向かって電信兵は答える。


「くそっ! 無理か……」


 くやしそうに通信機を置こうとする土方に向かって、芳佳はさけんだ。


「お願いです! もう一度つないでください! 今の、大切な友だちなんです!」


「……もう一度、無線を!」


「やってみます!」


 土方と電信兵は再度、通信を試み、土方は芳佳に受話器をわたした。


「こちら扶桑海軍横須賀基地! ガリア軍令部、聞こえるか!」


 何度もり返す電信兵。


「リーネちゃん! 聞こえる!? 返事して!」


 芳佳も受話器に呼びかける。


「……」


 みっちゃんはその後ろで、見守ることしかできない。

 だが。

 ガチャン!

 突然、スピーカーから流れていた雑音がしやだんされた。

 何者かの手が通信機のスイッチを切ったのだ。


「!?」


 気配を感じて振り返る芳佳のすぐ目の前に立っていたのは、マント姿の坂本だった。


「宮藤、何故なぜここにいる!?」


 どうかつするように問いつめる坂本。


「さ、坂本さん?」


 まどう芳佳の背後で、土方が上官に向かって敬礼する。


「坂本さん、大変です!」


 我に返った芳佳は続けた。


「リーネちゃんが! またネウロイが出たって!」


「それはお前には関係ない!」


「関係あります! リーネちゃんは友だちです!」


「……芳佳ちゃん」


 口をはさめないみっちゃんはただ、オロオロするだけだ。


「ふっ、友だちか……まったく相変わらずなやつだ」


 ほんの少し、言葉じりにいつもの調子がこもるが、それでも厳しい表情は変えない。


「だが、おうしゆうの危機は、我々扶桑海軍に任せてもらおうか」


「……」


 その時、芳佳は気がついた。

 もう自分が軍人ではないことに。


「宮藤、海軍軍人でないお前に、ここにいる資格はない! 今すぐに出て行け!」



  * * *



「これより我が扶桑海軍は、きんきゆう欧州支援作戦を開始する!」


 電信室を出た坂本は格納庫へと向かっていた。


りようかい!」


 と、付き従う土方。


「再び届いた博士からのなぞの手紙……新たな戦いを告げているのか?」


 坂本は歩きながら、宮藤博士の手紙に目を通す。


「土方、この手紙は研究室に回しておけ!」


「はっ!」


 先ほど、芳佳たちがいた格納庫とは別の格納庫の前に坂本たちはとうちやくした。

 とびらが開くと、中では零式とはまた別のストライカーをせた発進ユニットが、運び出されるのを待っていた。


「これが新型のでんかいか?」


 そばにいた整備兵に、坂本は声をかける。


「はい、前の零式よりもどうエンジンの出力が上がってます」


 と、整備兵。


「でも、いいんですか? テスト飛行されなくて?」


「いい。急いでるんでな」



  * * *



 同じころ

 坂本に基地を追い出された芳佳とみっちゃんは、基地を見下ろすおかの上にいた。

 並んで立ち、ぼんやりと軍港を見つめる芳佳と、それをづかうみっちゃん。


「うわ〜、でっかい飛行機だね〜」


 何とか元気づけようと、みっちゃんはちょうど降りてきたこうていを見て声を上げる。

 二式大艇。

 扶桑のほこる、ストライカーの発進ユニットもとうさい可能な大型輸送機だ。


「……そっか……あの飛行機なら一週間もかからずに欧州まで行けるんだ……」


 芳佳はふと大型クレーンの方に目をやった。


「あれは……」


 何かの積み込み作業が、急ピッチで進んでいる。


「……ストライカーユニット! 新しいヤツだ!」


 芳佳は身を乗り出した。


「どうしたの、芳佳ちゃん?」


 芳佳の顔をのぞき込むみっちゃん。


「……飛ぶ気なんだ」


「え?」


「坂本さんはまだネウロイと戦う気なんだ! もうシールドが使えないはずなのに!」


「あ、芳佳ちゃん!」


 みっちゃんが止める間もなく、芳佳は丘をけ下りていた。



  * * *



 坂本と土方は、二式大艇に乗り込むべくさんばしわたっていた。


「……しよう。前の戦いで戦果を挙げた宮藤さんを、何故なぜ帰されたのですか?」


 答えは最初から分かっていた。

 だが、自分が問い、それに答えることで坂本の背負った重荷が少しでも軽くなることをいのり、土方はえてたずねる。

 後方のハッチから中に入り、ベンチにこしかける坂本。


「あいつはもうじゆうぶん戦った」


 それはまるで、坂本が自分自身に言い聞かせているかのような答えだった。


「務めは果たしてくれた。それだけだ」


「……」


「ストライカー発進ユニット、積み込みかんりよう


 外で整備兵の声。


「二式大艇発進準備、ヨロシ!」


 機長が坂本に告げる。


「発進!」


 坂本の号令とともに、二式は水上をすべり始めた。



  * * *



 芳佳はてつさくの穴から基地にしんにゆうし、先ほどの格納庫に飛び込んでいた。

 ここに零式が置かれていたことを思い出したのだ。


「ん?」


 中にいた整備兵たちが、ガラガラというハッチの音にり返る。


「……宮藤……さん?」


「……」


 芳佳は息を整える間もなく発進ユニットに駆け寄った。


「ちょ、ちょっと!」


 ジャンプし、まるでストライカー自身に吸い込まれるように装着する芳佳。

 使いであるまめしばの耳が頭に、尻尾しつぽが発育ちゆうのおしりに現れる。


「発進します!」


「ええっ!」


 ぜんとする整備兵たち。

 プロペラが出現して回転を始める。


だ、宮藤さん! そんな命令出ていない!」


 ようやく我に返った整備兵のひとりが、芳佳の前に立ちふさがる。


「お願いです! 坂本さんといつしよに、行かせてください!」


「し、しかし!」


 整備兵はされる。

 そこに。


「芳佳ちゃん!」


 やっとみっちゃんが追いついてきた。


「みっちゃん……」


 遠くで、飛び立とうとする二式大艇のプロペラの音が聞こえる。

 うつむきながら、近づくみっちゃん。


「みっちゃん、私、行かなきゃ」


「……行ってらっしゃい。気をつけてね」


 顔を上げたみっちゃんは、なみだこらえ、微笑ほほえんで告げた。

 そう。

 芳佳はウィッチ。

 扶桑海軍のほこり。

 扶桑皇国の誇り。

 そして私の誇り。

 もう、みっちゃんの心に、送り出すことへの躊躇ためらいはない。


「……うん! 行ってきます!」


「……正面ハッチ、開け!」


りようかい!」


「よっしゃ!」


 この様子を見ていた整備兵たちは、意を決したように持ち場に走った。

 魔導エンジン出力全開!

 きよだいほうじんが芳佳の足元に出現する。


「な、何て魔法力だ!」


 後ずさる整備兵たちも、格納庫のゆか全部をおおうほどの魔法力の発現を見るのは初めてだ。


「なんて魔法力だ……」


「進路よし!」


「風向きよし!」


「ストライカーユニット固定ボルト、解除かくにん!」


「発射準備完了!」


「発進!」


 芳佳は飛び立った。

 格納庫を飛び出し、い散る桜の花びらを巻き込み、じようしようしてゆく。



 一方。


「?」


 二式大艇機内の坂本は何かを感じ、窓からたった今飛び立ったばかりの軍港を振り返った。


「どうされました、しよう?」


 土方がたずねる。


「何だ、あの桜は? ……まさか!?」


 うすべにいろの桜の中で、何かがキラリと光る。


「!」


 坂本はハッチへ走った。



「坂本さ〜ん!」


 宮藤のストライカーは二式大艇にせまっていた。

 大艇のげんハッチが開き、坂本が姿を見せる。


「何しにきた、宮藤!? すぐにもどれ!」


 る坂本。


「お願いです、坂本さん! 私も連れてってください!」


 へいこうして飛びながら、芳佳はうつたえる。


「駄目だ! お前にはこの国で、お前のやるべきことがあるだろう!」


「でもやっぱり私! 私……!」


 言いたいことが、なかなか言葉にならない。

 いつもながら、もどかしい。


「私、守りたいんです! うわああああっ!」


 結局、口をついて出たのは、いつものあのおもいだった。


「……守りたい? ……ハハハハハッ!」


 怒る気もせた、というようなたいしよう

 だが、坂本が笑っていたのは実は芳佳のことではない。

 民間人だとこばんでおきながら、心の底で、ひそかに芳佳に期待していた自分を笑ったのだ。


「坂本さん?」


 何故なぜ笑われたのか分からずに、ポカンとする芳佳。


「来い、宮藤!」


 坂本は手を差し出した。


「はい!」


 芳佳はその手をしっかりとにぎめた。

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