第三章 第四話


 一方。

 芳佳とリーネは角を曲がったところで、たおれている老婦人とそのメイドらしきむすめを発見していた。


「どうしたんですか!?」


 二人に声をかけるリーネ。


「お、奥様が引ったくりに」


 メイドは、いしだたみの上に座り込んだ老婦人を支えながら、ふるえる声で答える。


「あいつが犯人です!」


 メイドが指さした先には、大きなかわのカバンをかかえてげ去る若い男の背中があった。


「おはありませんか?」


 と、老婦人にたずねる芳佳。


「あ、足を少し」


 老婦人が告げると、芳佳は足首のれ上がった部分に両手をかざした。

 使いであるまめしば尻尾しつぽと耳がぴょこんと出現し、かざした手から温かな光が発せられて、怪我をした足を包み込む。

 ウィッチとしての芳佳の固有魔法は魔法なのだ。


「あなたは……ウィッチなの?」


 老婦人は目を丸くする。


「はい」


 治癒魔法を使いながら、芳佳はうなずいた。

 一方、犯人の方は数ブロック先の角を曲がって、芳佳たちの視界から姿を消そうとしている。


「芳佳ちゃん、私、犯人を追いかけるね!」


 リーネは、ここは芳佳に任せることにして走り出す。


「気をつけて!」


 声をかける芳佳。


「うん!」


 リーネはきんちようしたおもちでうなずくと、引ったくり犯の後を追った。



 しかし。


「ハアハアハア……」


 リーネはどんそくだった。

 引ったくり犯とのきよは、どんどんはなれてゆく。


「速い! 追いつけないよ!」


 これ以上引き離されたら、つかまえることは不可能だ。


「私じゃ……何もできないの?」


 芳佳は今、老婦人の手当てをしている。

 ウィッチとして、ちゃんとみんなを助けている。

 なのに……。


「私じゃ……無理」


 リーネがギュッと目を閉じ、立ち止まろうとしたその時だった。


(私、信じてるから)


「……え?」


 それは、いつも自分を助けてくれる芳佳の声。

 ここにはいない芳佳の声を、リーネは聞いた気がした。


「そうだよ! あきらめちゃだよ!」


 リーネはもう一度、走りだした。


「芳佳ちゃんなら、きっとそう言う!」


 ちょうどその時、リーネの目の前を、小学生ぐらいの男の子の集団が通りかかった。

 そのうちのひとりが、クリケットのボールを手にしている。


「これ、お借りします!」


 リーネは男の子の手からボールを取り上げると、犯人めがけて投げつけた。

 使い魔であるスコティッシュホールドの耳と尻尾が、リーネに現れる。

 リーネの持つ固有魔法は、だんどうの安定と魔法力付加。

 その力を使って、ボールをコントロールしようというのだ。

 だが。


「…………あ」


 ボールは犯人のはるか頭上を通過し、その向こうへと飛んでいった。

 やはり、じゆうだんとボールとでは、勝手がちがうのだ。


「……駄目だったよ、芳佳ちゃん」


 座り込むリーネ。

 しかし、その時だった。

 大きく目標を外れたはずのボールが、引ったくりの前方のアンティークショップの看板に命中した。

 看板はそのショックで外れ、落下すると……。

 ゴガッ!

 引ったくり犯の頭をちよくげきした。


「へ?」


 ぜんとするリーネ。

 いしだたみす引ったくり犯。

 それを、さわぎを聞きつけた街の人たちが取り押さえる。


「……あ、あの、だいじようですか?」


 リーネは、捕まった引ったくり犯のところまでやってくると声をかけた。


「な訳あるか!」


 頭にコブを作った犯人はる。

 意外と若い、まだ十代後半の青年だ。


「!」


 思わず身をすくめるリーネ。


「こいつ、おじようちゃんが捕まえたのか?」


「たいしたもんだ!」


「いや、立派だったよ」


 リーネを囲む街の人たちは、温かな視線と共に、賞賛の言葉を浴びせた。


「えと、あの……」


 あまりめられることに慣れていないリーネは、真っ赤になってしまう。


「それに引きえ……」


 街の住人のひとりが、犯人を見てまゆをひそめた。


「この戦時下に」


「ふてえろうだ」


「警察に突き出そうぜ!」


 くつきような男たちが犯人を立たせ、うでをねじ上げる。

 と、そこに。

 がいしやである老婦人とメイドを連れ、芳佳がとうちやくした。


「すごい、リーネちゃん! 犯人捕まえたんだ!」


 芳佳は飛びつくようにしてリーネをきしめる。


「うん。夢中で……」


 今から考えると、自分でもおどろきである。


(これもきっと、芳佳ちゃんが勇気をくれたからだね)


 リーネはありがとうの気持ちをめて、そっと自分の手を芳佳の背中に回した。


「あのね、芳佳ちゃん、この人してるの、手当てをお願い」


「うん」


 リーネに言われ、芳佳はしばり上げられた犯人の頭に手をかざした。


「この子たち、ウィッチなのか?」


「そうか、501の」


 街の人たちはさらに感心する。


「あの……」


 手当てを受けている犯人に、リーネはたずねた。


「どうしてこんなことを?」


「……別に理由なんかない」


 青年は視線をそらした。


「そんなことないです」


 手当てを続けながら、芳佳は言った。


「何も理由がなくて、悪いことをする人なんていません」


「いるんだよ、ここに。ここだけじゃない、世界中にな。理由なんかなくたって、人を傷つけ、殺しもする。そういうもんさ」


 犯人の青年はうそぶく。

 だが。


「違います、絶対に!」


 芳佳は頭をった。


「だって、そんなの……悲し過ぎます」


鹿か、お前は?」


 あざ笑う青年。


「馬鹿でも構いません! でも、私は信じてます! 悪いことをしたくてする人はいないって!」


 芳佳は真っぐに青年を見つめる。


「芳佳ちゃん」


 そっと芳佳の腕をにぎるリーネ。

 やがて。


「………………俺のうちの近所に」


 青年は根負けしたように告げた。


「ガリアからの難民の女の子がいるんだ。ネウロイのこうげきで家も家族も失い、目も見えなくなった。手術すりゃ、多分見えるようになるだろうが、お金がないんだ。けど、俺はあの子に見せてやりたかった。ネウロイに傷つけられていない、このブリタニアの美しい景色を。何より、光を呼びもどすことで、希望をあたえてやりたかったんだ」


 それだけ言うと、青年は顔をせた。


「そのばあさん、かなりの金持ちに見えたんだ。メイドなんか連れてるし、大切そうにカバンをかかえて。……けど、やっぱちがってるよな、こんなやり方」


「このカバンをぬすんでも、お金になるようなものはありませんよ」


 青年がうばったカバンのふたを開けながら、メイドが言った。

 カバンの中身は、粉ミルクのかんだった。


「これは、奥様がご自分のドレスをしちに入れてお求めになったものです。おしきの近くに住む若いお母さんが、体が弱くて赤ちゃんに母乳をやれないのを知って、その方に上げようと……」


「私の家がゆうふくだったのは、何十年も前のことよ」


 老婦人は、犯人の青年に語りかけた。


「夫も息子むすこも、ネウロイとの戦いで命を落としました。今はこうして、先祖の残してくれたものを売って、何とかしのいでいるの」


「だったら、なんで他人のための粉ミルクなんか!? あんた、自分が必要なものを買えばいいだろ!?」


 青年は信じられないといった目で老婦人を見る。


「あらあら、あなただって、自分のために引ったくりをしたのではないわよねえ」


 老婦人は微笑ほほえむと、芳佳とリーネの方を振り返った。


「ウィッチのおじようさんたち、私は何も盗まれておりません。それで、よろしいわね」


「は、はい!」


「もちろんです」


 うなずく芳佳とリーネ。


「みなさんも?」


「当然です」


 街の人たちも、青年にかけていたなわを解いた。

 そこに……。


「やれやれ」


 そう頭をきながら老婦人のところにやってきたのは、かつぷくのいいそうねんの男性だった。


「あら、あなたは質屋の?」


 と、老婦人。


「さよう、店主です。店の外がさわがしいと思って出てみると、奥様の姿があったもので」


 質屋は老婦人と芳佳たちに一礼する。


経緯いきさつはすべてうかがいました。奥様がかんだいなお心をお示しになったのに、私だけが知らんりはできますまい。これは、お返しいたします」


 店主は老婦人から預かったドレスをメイドにわたした。


「でも」


 躊躇ためらう老婦人。


「大切なドレスなのでしょう? 古いが立派な品です。お渡ししたお金の方は……そうですな、私から奥様のぜん事業への寄付ということで」


「芳佳ちゃん!」


「リーネちゃん!」


 手を取り合って喜ぶ二人。


「ところで、そのガリアのむすめさんの手術にはいくらかかるんだ?」

 街の人たちが、引ったくりの青年にたずねた。


「たぶん、1000ポンドは……」


 青年は答える。


「そうか。なら、街で寄付をつのろう。簡単にじゃないが、集まるだろうぜ」


「ま、待ってくれ、そんなことをしてもらったら!」


「お前さんのためじゃない。その娘さんのためさ。俺たちの美しい国をその娘さんに見てもらわないとな」


「では、私も寄付しますぞ」


 質屋の店主がさいを取り出す。


「じゃあ、私たちも」


「うん!」


 芳佳とリーネも頷く。

 と、その時。


「失礼! このあたりで、引ったくり事件があったと通報があったのだが」


 先ほどのじゆんが、ようやく現場にとうちやくした。


「おや、さっきの娘さん?」


 巡査は芳佳たちに気づく。


「君ら、聞いていないかね、引ったくりのことを」


「そ、そのことだったら……」


「か、かんちがいだったみたいです」


 うそをつくのが下手な二人、視線が泳ぐ。


「その通りですわ、巡査さん」


 言葉をえる老婦人。


「うむ。勘違いだったのなら、それにしたことはないな」


 巡査はなつとくして頷くと、芳佳とリーネの尻尾しつぽと耳を見て笑う。


「それにしても、よくできたオモチャだねえ? 最近は、ウィッチごっこ用にそんなものも売っているのか?」


「だから、本物なんですってば〜!」


 とうとう最後まで、巡査に信じてもらえなかった芳佳たちだった。


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