第三章 第三話


「ちょ、いったいどうした!?」


 急に女の子が泣き出したので、ハルトマンはあわてた。


「とにかくこっち!」


 人目もあるので手を引いて場所を移動すると、女の子に事情を聞こうとする。

 だが。


「あ〜ん!」


 名前、住所。

 何を尋ねても、女の子は泣くだけ。

 小さい子をなだめたりするのは、もともと、ハルトマンは得意ではない。

 こういうことは大体、ミーナの役回りである。


「あ〜、困ったなあ〜」


 さすがのハルトマンも困りきってしまう。


「せめてクリスぐらいの年だったらな〜」


 ハルトマンはぼやく。

 クリスというのは、親友バルクホルンの妹。

 カールスラントでネウロイのしゆうげきい負傷して、今はロンドンの病院に入院中。

 気立ても頭もいい、ハルトマンにとっても妹のような存在である。

 どことなく、芳佳に似ているような気もするが、それを言うと、バルクホルンはムキになって否定するので、ちょっとおもしろい。


「ウルスラなら……」


 ハルトマンは続けて、自分のふたの妹のことを思い出した。


「……だ、あいつだと、もっと話が通じない気がする」


 本の虫で、しやくじようで、どことなくうきばなれしたところのあるウルスラ。

 このところ、れんらくのつかない日が続いているが、元気でいるだろうか?

 もっとも、元気いっぱいのウルスラというのも想像しがたいが……。


「あ〜、もう泣くなって」


 ハンカチでなみだいてやろうとして、ハルトマンは自分が水着しかまとっていないことを思い出す。


「……水着って、不便」


 そもそも、今日は制服のポケットにハンカチが入っていたかどうかも疑問なところである。

 いつもなら、バルクホルンがハンカチ持ったか、とかくにんしてくれて、初めてポケットにっ込んでいるハルトマンなのだ。


「えっと……そうだ! お母さんは? お母さんはどこにいるんだ?」


「……お母さん……工場」


 ようやく少女は答えた。


「工場で部品、作ってるの。ストライカーユニットの……部品」


「へえ〜」


 ハルトマンは頭をいた。


ぐうぜんだな。お姉ちゃん、ウィッチなんだ」


「……ウィッチ?」


 少女は泣くのをやめた。


「そうだよ〜」


 ハルトマンはニッと笑う。


「だから、困ったことがあったら、このお姉ちゃんに言いなさい」


「………………妹が」


 少女は少し躊躇ためらってから、赤い目でハルトマンを見上げた。


いつしよにお母さんの誕生日のお花、買いに来たのに……いなくなっちゃったの……わ〜ん!」


 再び泣き出す少女。


「ああっ! お姉ちゃんが一緒に探してやる! だから、もう泣くなって!」


「……ほんと」


 しゃくり上げる少女。


「ほんと、ほんと」


 ハルトマンはがおを作り、何度もうなずく。

 こうして。

 ハルトマンのたんさくの対象は、制服のズボンから、まいの幼い少女へと切りわったのだった。



  * * *



 同じころ


「見つからないね、リーネちゃん」


「困ったね、芳佳ちゃん」


 姿を消したハルトマンを探しにブティックを出た芳佳とリーネは、ほうに暮れていた。


「目撃情報はあるんだけど……」


「逆にあり過ぎて、どっちに向かったのか分からないよね」


 一応、二人はすれちがう人たちにハルトマンを見たかどうかたずねてみたのだが……。



 証言その1 通りがかりのおじさん

「あ〜、水着の子ね! 見たよ〜。ぼ〜っとした顔して、ふらふらっと大通りを西に向かってたっけ」


 証言その2 近所の主婦

「ええ、あのおじようさんでしょう? 空を見上げながら、駅の前をウロウロしていたわ」


 証言その3 ソバカスだらけの頭の悪そうなガキ

「水着の女の子? 街外れの倉庫の前に突っ立ってたバカそうなやつ? あれって、あんたらの仲間?」


 証言その4 ヌイグルミをいたきんぱつの少女

「んっとね〜、こうえんのふんすいのところにね〜、ワンワンがいてね〜、そのワンワンがそのひとをおいかけてたの〜」



「まさか、私たちのこと忘れて、ひとりで基地に帰ってないよね?」


 芳佳はうでみをして考える。


「さ、さすがにそれはないと思うけど」


 と、リーネがしようかべたところに。


「何かお困りかの?」


 ひまそうな老人が三人、芳佳たちの前に現れて声をかけてきた。


「あの、ええと……」


 まどう芳佳。


「お前さんの手にしているのは、まごうことなきカールスラント空軍の制服じゃろうが?」


 白いヒゲをした老人が、リーネがかかえていた制服を指さした。


「えっ、分かるんですか?」


 目を丸くするリーネ。


「分かるも何も、わしらは元カールスラントの飛行機乗りじゃからな」


 白ヒゲの老人は胸を張った。


「まだまだ、げんえきでいけるぞい」


 もうひとりの小太りの老人が、ポンと腹をたたく。


「カ、カ、カ、カ、カ、カールスラント空軍のゆうもうさは世界一ぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 少しボケの入った三人目の老人がせいを上げた。


「本当は現在のブリタニア防衛戦にも義勇兵として参戦すべく、そのむねを申し出たのだが、あのマロニーとかいう空軍大将、紙切れ一枚でわしらを用無しあつかいしおってな」


 老人たちは勝手に自分たちの身の上話を始める。


「老兵諸氏はじゆうで戦意のに当たって欲しい、などといた風な口を。けてもいいが、あのマロニーという男、パブリックスクールでは上級生の顔色をうかがうことしか学んできておらんな!」


「おおかた、ケツをむちで叩かれ過ぎて、気骨というものがけ落ちたんじゃろうよ」


「ブ、ブ、ブ、ブ、ブ、ブリタニア兵士のヘタレ度は世界一ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 またも、もうひとりの老人がえる。


「あ、あの……」


「おお、そうじゃった! わしら、お前さんたちが困っているようなので声をかけたんじゃったな!」


「じ、実はですね」


 成り行き上、仕方なく芳佳は説明する。


「……ふむ」


 話を聞いた白ヒゲの老人がうなずいた。


「わしらはこの街にはくわしい。その子がいそうなところを案内して進ぜよう」


「そ、そうですか!? ありがとうございます!」


 芳佳はホッとして三人組に頭を下げる。


「その代わり」


 老人たちの目があやしくキラリと光った。


「そっちのお嬢ちゃんの豊満な胸、ちょこっとわしらにませてくれえええええっ!」


 老人三人組の手が、いつせいにリーネの胸へとびる。


「きゃあああああああっ!」


 悲鳴を上げて身をすくませるリーネ。


「何するんです、ですったら!」


 芳佳はあわてて老人とリーネの間に割って入った。


「ええい、老い先短い老人たちのたっての願いを聞けんと言うのか〜っ!」


「どこが老い先短いんですか! 元気いっぱいじゃないですか!」


「きゃあああああっ! 芳佳ちゃん、助けて!」


 と、芳佳たちと老人たちが揉み合っていると。


だれか! 引ったくりよ!」


 助けを求める女性の声が、芳佳たちの耳に飛び込んできた。


「な、なんじゃ?」


 さすがの老人三人組も、いやらしげに伸ばした手を止める。


「芳佳ちゃん!」


「うん!」


 二人は顔を見合わせると、声のした方に向かって走り出した。



  * * *



「……で、そんなトゥルーデを助けてくれたのが、新人の宮藤。最初にしようかいされた時、備品のけんじゆうがんに受け取らないし、変なやつって思ったんだけど、ほんとはすっごくいい奴でさ」


 ハルトマンは不安そうな少女の気をまぎらわそうと、他愛たわいもないおしゃべりを続けていた。

 まいになった妹が行きそうな場所を少女から聞き、片っぱしから探してみたのだが見つからない。

 今は花屋から家までの道を辿たどっているのだが、どうやらこれは、ズボンよりも探すのは難しそうである。


「で、ペリーヌって言うのがまた変な……ん?」


 歩きながら話を続けるハルトマンのそでを、不意に女の子が引っ張った。


「ど〜した?」


「……あそこ」


 女の子の人さし指は、前方の川を指さしていた。

 いや、川ではない。

 川にかる鉄橋である。


「ま、まさか!」


 ハルトマンの目に飛び込んできたのは、その鉄橋の上に立つ、幼い女の子の姿だった。


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