第三章 第二話


 巡査の言ったように、大通りを少し行くとブティックが2軒あった。

 通りのこっち側の店は、落ち着いた感じの高級ブティック。

 対する通りの向こう側の店は、でんしよくの看板がきらめく、ブリタニアの地方都市に存在するとは思えぬ外見のショップである。


「……あっちだな」


 迷わず通りを渡るハルトマン。


「え〜っ!」


「ちょっと、ハルトマンさん!」


 勝手に先をゆくハルトマンの後を追いながら、芳佳とリーネはばくぜんとした不安を覚え始めていた。



「いらっしゃ〜い!」


 いきなりテンションの高い店員さんがやってきて、三人にれ馴れしげに声をかけた。


「何か探しているのかな〜」


「えっと、あの……」


 っぺたをピンクに染めてうつむくリーネ。


「この子の水着を探しにきたんだ。胸が大きくなって、こないだ買ったばっかの水着がもう入んなくなったから」


 ハルトマンはいきなり真実をぶちまける。

 このあたり、少しきよにゆうへのしつが入っているのかも知れない。


「ハ、ハルトマンさん!」


 リーネの顔は真っ赤になった。


「そっか〜、大変だね〜」


 店員さんはちょっとかがんでリーネに微笑ほほえみかける。


「でも、みんなそんなもんだよ。胸が大きくなったらなったでなやむし、ならなかったらならなかったで悩む。身体からだのことで一回も悩まなかったなんて女の子、地球上にはいないから」


 店員さんはそう言うと、三人を水着のかざってあるコーナーに連れてゆく。


「彼女はどれが似合いそうかな〜」


 いくつか水着を物色した店員さんは、最終的に1着の水着をリーネの身体に当ててみた。


「……これ! 今年の流行色! フリルもちよう可愛かわいいでしょ?」


「こ、これですか?」


 顔を引きつらせるリーネ。

 しんのセパレーツ・タイプのその水着は、かなりだいたん

 501のウィッチだと、シャーリーあたりが着そうな感じだ。


「か、可愛いけど、私にはちょっと……」


「だ〜め! 着てみる前から決めつけない」


 店員さんはチッチと指をった。


「とりあえず、試着してみよ? 最初から私には似合わない、な〜んて言ってると、自分の世界をせまくしちゃうよ」


「そうだよ、リーネちゃん。自分に自信を持たないと」


 芳佳もリーネを勇気付けるようにうなずく。


「自分に自信、か……」


 リーネはギュッと水着をにぎめ、芳佳を振り返った。


「芳佳ちゃん、私、これ、ためしてみるよ!」


「うん! きっと似合うよ!」


「じゃあ、サイズはいくつかな〜?」


 と、店員さん。


「あの……」


 リーネは店員さんに耳打ちする。


「じゃ、これを試してみて」


 店員さんは、聞いた通りのサイズの水着を箱から出してくる。


「芳佳ちゃん、待っててね」


 リーネはその水着を手に、試着室に入って行った。

 えている間、芳佳は試着室前のソファーに座って待つことにする。

 しかし。


「そっだ! じゃ〜あ〜、そちらのお友だちも試着してみよっか? うんうん、そうしよ!」


 店員さんは、芳佳のうでをつかんで立たせた。


「えっと、あの?」


 付きいだけのつもりだった芳佳には、新しい水着なんか買う予定はない。

 確かに、可愛いものを着たいという気持ちがないといえば、うそになるが……。


「せっかくだから……ほら、こんなの!」


 店員さんが持ってきたのは、ややハイレグ気味のワンピース。

 背中が大きく開き、りようわきも穴が開いている。


「こ、こんなの大人っぽ過ぎてです! 駄目!」


「メリハリのないラインが、キュッと締まって見えるから〜」


「うう」


「お友だちには自信持てって、言ったよね?」


「あううう」


 追いめられた芳佳は、水着を手に試着室に入る。


「んじゃあ、そっちの彼女も」


 店員さんは最後に、ハルトマンに向かってウインクした。


「え〜、私も〜?」


 と、言いながらも、ハルトマンは乗り気な表情だ。


「可愛い系でせまるか〜、シックに迫るか〜、あなたの場合、どっちもアリだと思うの〜」


 店員さんは、黒のワンピースとパールホワイトのセパレーツ、それにパレオ付きのプリントがらのワンピースの計3着を持ってきた。


「う〜ん」


 手に取ってみながら考えるハルトマン。


「どれがいいかな〜」


「迷ってるなら、試着、試着〜! だいじようよ、うちの店は一度身につけたんだから買い取れ、なんて言わないから〜」


「ん、じゃあ、そ〜する」


 ハルトマンはその場で上着のボタンを外し始める。


「で、できればあっちの試着室を使ってくれると、お姉さんうれしいな〜」


 さすがにほかにお客さんもいる店内。

 店員のお姉さんは、ちょっと引きつった顔で試着室の方を指さした。


「は〜い」


 水着をかかえ、ハルトマンも試着に向かう。


「こっちは宮藤が使ってて、こっちはリーネ……」


 いくつか並んだとびらの中から、空いている場所を探すハルトマン。


「こっちは……って?」


 一番はしの扉は、試着室のものではなかった。

 扉を開けて一歩み込むと、そこは路地裏。

 裏口である。

 プレートにはちゃんとEXITと書いてあるし、そもそも扉の色も形も、試着室のものとはちがう。

 つうなら開ける前に気がつきそうなものだが、そこはハルトマンである。


「……ま、いっか。他は空いてそうになかったし」


 せまい路地裏なので人通りもない。

 その場で制服をぎ、白のセパレーツに着替える。

 しゆつはかなりのものだが、色とデザインの関係もあって、なかなかせいな感じだ。


「……あ、ここ、鏡ないや」


 着替え終えてから、つぶやくハルトマン。

 と、その時。

 ピュウッ!

 脇に置いておいた制服のズボンがせんぷうい上がり、フワフワと宙を舞った。


「おろ?」


 ズボンは、手をばしてつかもうとしたハルトマンの指先をのがれ、風に乗る。


「おろおろ?」


 あっという間に、ズボンは表通りの方へ。

 ハルトマンはズボンを追いかけ、水着のまま通りに出ていった。



  * * *



「こ、こんな感じなんだけど?」


 試着室からおずおずと出てきたリーネは、先に試着を終えていた芳佳に自分の姿を見せた。

 胸をことさらには強調せず、それでいてセクシー。

 その上、清潔感もただよい、リーネとしても安心して着られるデザインである。


「うん! 可愛かわいいよ、リーネちゃん!」


 そう言って、ひとみをキラキラさせる芳佳も、脇の切れ込みが実際にはほとんどないくびれを強調し、ちょっと大人なふんだ。


「よ、芳佳ちゃんもだよ」


 おたがいにめ合う二人。

 だが。


「エマージェンシーッ!」


 店員さんはリーネを見てさけんだ。


よ! NG! こんなの許されない!」


「許されないって……」


 ショックの表情のリーネ。


「あなた、少し小さめのサイズを言ったわね?」


 ガサゴソと水着の箱を開けながら、店員さんはリーネにきつもんする。


「あ、あの……」


 その通りである。

 リーネが店員さんに告げたのは、ちょっと前までのサイズだ。


「そんなの、胸が可哀かわいそう! これにチェンジして! 今すぐに!」


 店員さんはワンサイズ上の水着を出してきて、強制的にえさせる。


「は、はい!」


「思春期のおとにとって、サイズの合わない水着をつけることは体型だけでなく健康にも良くないのよ!」


 リーネが着替え直して出てくると、店員さんは背中に回った。


「下着もそう! もったいないとか、まだ着られるとか考えて、成長しているのに古い下着を使う子がいるけど、それは神聖なる身体からだへのぼうとくこうよ!」


「……あ」


 店員さんの手がカップと胸の間に差し込まれ、豊満なリーネの胸のややはみ出した部分がきちんとカップに納められる。

 その様子をの当たりにし、ゴクリとつばを飲む芳佳。


「ここを……こうやって……こう!」


「……あ……楽」


 店員さんが手をはなすと、リーネはおどろいたような顔つきをした。


「まるで何もつけてないみたいに軽い……ううん、つけてない時よりもずっと体が軽い感じ。それに、すごく息するのが楽」


「でしょ〜!?」


 胸を張る店員さん。


「合わない水着とか下着はね、胸の形をくずすし、姿勢も悪くするの。息も苦しいし、下手をすると骨がゆがむことだってあるんだから」


「へえ〜、そんなに違うものなんだ」


 芳佳は目を丸くして感心する。


「あなただって、きっと、いつかは、たぶん、大きくなるかも知れないんだから、よく参考にするのよ」


 店員さんは芳佳にもくぎす。


「あううう」


 あまりにも望みうすそうな言われ方に、へこむ芳佳。


「よ、芳佳ちゃん」


 勝者からのなぐさめの言葉は、往々にして敗者を傷つけるもの。

 リーネはだまっていてあげることにした。



  * * *



「おっかしいな〜。こっちの方に飛んでったはずなんだけどな〜」


 ブティックを出たハルトマンは、制服のズボンを見失っていた。

 風に乗ったズボンはフワフワと宙を漂い、いつの間にか視界から完全に消えてしまったのだ。


「……ま、いっか」


 とりあえず、店にもどろう、と来た方向をり返るハルトマンだったが……。


「……」


 ずいぶんと遠くに来てしまったらしい。

 街並みはさっきと大して変わらないように見えるのだが、あのブティックがないのだ。

 周囲の街の人たちは、ハルトマンを変な目で見つめると、なるべく離れるようにして通り過ぎてゆく。


「このところ、暑い日が続いたからねえ……」


「かわいそうに、あの年で」


 なんて声も、チラホラと聞こえてくる。

 当然である。

 夏とはいっても、リゾート地ではない。

 保守的な土地がらのこの街で、しゆつの高い水着をまとっただけで通りをかつする少女など、つういないのだ。

 もっとも、本人はそのあたりのことを気にしている様子はまったくないのだが……。


「あ、ちょうどいいや」


 ハルトマンはたまたまそばを通りがかった7、8歳の女の子に声をかけた。

 このあたりに住んでいるのだろう。

 水色のワンピースを着た、赤いお下げがみの少女だ。


「ねえねえ、このへんにド派手な看板のブティックって……」


 道をたずねると、少女は足を止めてハルトマンを見上げた。

 そして、ポロポロとなみだをこぼし始めたかと思うと……。


「……う、う、う、うわ〜ん!」


 とつぜん、大声で泣き出した。



  * * *



おそいね」


「うん」


 芳佳とリーネはしばらく水着のまま、ハルトマンが出てくるのを待っていたが、いつまでってもハルトマンは姿を見せなかった。


「私、声かけてみるね」


 芳佳は試着室に声をかけ、ハルトマンを探す。


「ハルトマンさん」


 はしから順番にノックしていくが、返事はない。


「ハルトマンさ……」


 最後のとびらをノックしたところで、芳佳は右端の扉のとなりにもうひとつ、別の扉があることに気がついた。

 裏口の扉である。


「まさか!?」


 おそる恐る、開けてみる芳佳。

 すると、案の定。


「……やっぱり」


 裏口の扉を開くと、そこにはハルトマンの黒い制服の上が、クシャクシャに丸めてぎ捨ててあった。


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