第三章 ハルトマン消失!?  ──または水着購入に関する一考察

第三章 第一話


「ねえ、芳佳ちゃん」


 リーネこと、リネット・ビショップがためらいがちに宮藤芳佳に声をかけてきたのは、その日の訓練を終え、おから出て部屋に向かうろうでのことだった。

 あわいブラウンのかみを編んでお下げにした、ブルーのひとみのリーネは、501のウィッチでただひとりの、ブリタニア出身者。

 とはいえ、はるばる極東の扶桑から海をわたっておうしゆうにやってきた芳佳と同じく、まだ入隊して日の浅い、15歳の新人である。

 ウィッチ養成校時代から何ごとにもひかえめな、引っ込み思案のドジっ子だが、8人兄弟姉妹きようだいの真ん中のせいか、家庭的でせんたくそうが得意。

 戦場では、だんどうの安定と弾丸への魔法力付加の固有魔法を使する、げきのエキスパートだ。

 階級は芳佳と同じぐんそうで、部屋もとなりどう

 芳佳にとって、リーネは最初の友だちである。


「あ、あのね、芳佳ちゃん。……明日のお休みって……何か予定あるかな?」


 リーネはたずねた。


「んっと、特にないけど……」


 故郷の横須賀ではごくへいぼんな中学生だった芳佳の休日の過ごし方といえば、友だちと遊んだり、扶桑の料理やおを作ってみんなに食べてもらう程度のものだ。


「あの……だったら、お買い物に付き合って欲しいんだけど……かな?」


「駄目なんてことないよ!」


 芳佳は大きく頭を横にる。


「それで、何を買いに行くの?」


「あのね」


 リーネは芳佳の耳元にささやく。


「……訓練で使う水着」


「え? でも、リーネちゃん、この前買いえたばかりだよね?」


 先日の訓練の時には、可愛かわいらしいピンクのワンピースを身につけていたはずである。


「……こうばいで買ったの、また小さくなったの」


 リーネは顔を真っ赤にした。

 正確には、水着が小さくなったのではない。

 リーネの胸が、この短期間にまた成長したのだ。


「もう一度購買に行くの、は、ずかしいから……」


「うわ、すっごいうらやましい」


 思わずなおな感想が口に出る芳佳。

 正確な数字は軍事機密につき、ここでは発表できないが、2か月ほどしか誕生日がちがわないリーネと芳佳の胸の差は、ぜんじんとうのヒマラヤ山脈と、不毛なこうとして知られるデスヴァレーほどもある。


「じゃあ、明日いつしよに行こ」


 芳佳はリーネの手をにぎった。


「ありがとう、芳佳ちゃん」


 と、リーネがホッとした表情を見せたその時。


「……ふうん、水着かあ」


 二人の後ろで声。


「ひっ!」


「っ!」


 芳佳たちが振り返ると、そこには階段のりにもたれて二人を見つめ、ニヤニヤしているエーリカ・ハルトマンちゆうの姿があった。


「ハルトマン中尉!」


「ど、どこから出てきたんですか!」


「んっと、あっちから」


 ハルトマンは自室がある、階段の上の方を指さす。

 きんぱつショートヘアにあどけなさの残る顔立ちのハルトマンは、カールスラント出身の16歳。

 同郷のバルクホルン大尉と並ぶ、エースのひとりである。

 実戦経験がとぼしい芳佳にとって、総げきつい数200機以上、もらったくんしよう数知れず、というハルトマンは、ある意味、雲の上の人。

 だが、そんなハルトマンは、バルクホルン大尉とは入隊当初から共に戦ってきたかけがえのない親友同士であり、少し前の戦闘で芳佳がバルクホルンを救って以来、何かと気にかけてくれているのだ。

 ただ。

 芳佳が他の隊員たちにハルトマンがどういう人なのかと尋ねると、返ってくる答えは決まってみようなものだった。

 ちなみに……。


「知らぬが花、と言いますわ」


 と、目をそらしたのは、ガリア貴族のむすめ、ペリーヌ・クロステルマン中尉。


「すっごいよね〜、あたしだってあんなにられないよ〜。……でも、おっぱいはちっさいよね? 芳佳といい勝負〜」


 ひとみをキラキラかがやかせ、失礼な感想も交えて答えたのは、ロマーニャ公国出身、フランチェスカ・ルッキーニ少尉。


「ハルトマンか? あははははははははははははははははっ!」


 ごうかいに笑い飛ばす、坂本美緒しよう


「……こ〜んな感じ?」


 スオムスのエイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉が、芳佳に見せたタロットのカードは『あく』だった。



「なあ、近くの街まで行くんだろ? こっちに来たばっかの宮藤じゃよく知らないだろうし、私が案内するよ」


 ハルトマンは芳佳にウインクした。


「え、でも……どうしようか、芳佳ちゃん?」


 リーネは何度も街まで行っているし、特に案内は必要としていない。

 とはいえ、せっかく一緒に来てくれるというのに、断るのもなんである。


「じゃあ、お願いします」


 芳佳はあんまりなやむことなく、ハルトマンにたのむことにした。



  * * *



 そして、きゆう当日。


「待った〜?」


 ハルトマンが芳佳とリーネの前に姿を現したのは、ミーティングルームの柱時計の針が11時10分を指した時だった。


「え、ええっと?」


「はあ」


 顔を見合わせる芳佳とリーネ。

 待った、などというレベルではない。

 ゆうを持ってバスの出る1時間前に集まることにした芳佳たちだったが、ハルトマンはキッチリ70分、こくしてきたのだ。

 それも後で聞いたところによると、バルクホルン大尉にたたき起こされたのだという。


「じゃあ、張り切って行こ〜っ!」


 ハルトマンは二人のうでを取って、りのバス停へと向かった。



 基地から一番近い街は、首都ロンドンへ鉄道も通じているかくてきこぢんまりとした都市だった。

 ミーナ隊長のお気に入りのレコード店や、シャーリー大尉があししげく通うバイク用品店もこの街にある。

 家並みには中世のおもかげが残り、落ち着いた感じが街全体にただよっている。


「で、水着を売ってそうな店はどこかな?」


 広場でバスから降りたハルトマンは、キョロキョロと左右をわたした。


「よし! 丁度いいから、あそこに立ってるヒマそうなおまわりさんに聞いてみよう」


 ハルトマンの目に留まったのは、大通りをけい中のじゆんだ。


「あ、待ってください」


 とうとつけ出すハルトマンを、あわてて追いかける芳佳とリーネ。


「おっ巡りさ〜ん!」


 巡査の前でピタッと止まったハルトマンは、手を上げてにこやかに声をかけた。


「……私はそんなにひまそうに見えるかね?」


 ブリタニア警察伝統のヘルメットをかぶった長身の巡査は、くちひげをしごいて三人を見下ろした。

 どうやら、ハルトマンが大声で言っていたことが、聞こえていたようだ。


「は〜い、見える、見える!」


 正直にハルトマンは答えた。


「ほ、ほう?」


 顔を引きつらせる巡査。


「あの〜、この街で水着を売っている店を探しているんですけど?」


 リーネが、巡査とハルトマンの間に割り込むようにしてたずねる。


「うん?」


 巡査は目を細め、リーネの頭をでた。


「いい子だねえ、妹さんたちを連れて、お使いかね?」


「あ、あの、私は……お姉さんじゃ……なくって……」


 胸の大きさで年上と思われたリーネは、胸を小さく見せようと思わずねこになる。


「ぷっ!」


 と、き出したのは、胸だけでなく、身長でも2cm、リーネに負けているハルトマンだ。


「それにしてもその制服」


 巡査はさらに、三人の軍服に目を留めた。


「ウィッチごっこかね? よく似合っているよ」


「あの、ごっこじゃなくて、私たちは本物のウィッチで……」


「そうですよ! 私は扶桑皇国海軍のええっと……」


「……芳佳ちゃん、けんおうかんたい第24航空戦隊288航空隊だよ」


「そうそれ!」


 自分の原隊をリーネに教えてもらうあたり、ちょっと情けない芳佳。


「ははは、それなら私はさしずめこうしやくだね」


 一生けんめいリーネと芳佳が説明すればするほど、巡査はおかしそうに笑う。


「うぷぷぷっ!」


 そんな巡査と芳佳たちのやり取りに、ハルトマンは笑い転げそうになるのを必死でおさえる。


「あううう」


 胸の大きさでリーネより年下に見られるわ、ウィッチだと信じてもらえないわ、散々である。

 芳佳はもうあきらめ、話をもどすことにした。


「あの、ところでお店……」


「おお、そうだったね。私は若い女性の行くような店にはくわしくないんだが」


 巡査は警棒で大通りを指した。


「この通りを北に行くと、向かい合うようにブティックが2けんあるよ」


「ありがとうございます。それじゃ」


 巡査に頭を下げるリーネ。


「ああ、気をつけて。ああっと、妹さんたちも、お姉さんにしっかりついていって、まいになるんじゃないよ」


 背中から巡査に声をかけられた芳佳は、いしだたみにつまずき、思わずこけそうになった。


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