第二章 第三話



  前略  シャーリー殿



 我がだいなる祖国、カールスラントをじよくするのはたいがいにするのだな。

 よく聞け。

 規律があってこその自由、義務があってこその権利だ!

 精神のゆるみきった貴官がこれ以上くだらぬたわごとを並べ立てる気なら、こちらも断固として立ち向かうからな。


                    バルクホルンより  



  * * *



  前略  バルクホルンへ



 別にカールスラントを鹿にしてる訳じゃない。

 ったいけれど、おうしゆうで七番目ぐらいにいい国だとは思ってる。

 ミーナは尊敬にあたいするし、ハルトマンも適当にくだけてて、話が分かる感じだ。

 あたしがピンポイントでからかってるのは、ゆうずうかないだれかさんさ。


                    精神の緩みきったシャーリーより  



  ついしん



 そうそう、こういうジョーク、知ってるか?

 カールスラント人は、軍人的で、知的で、誠実である。

 ただ、誰もがその美徳のうち、二つしか持っていない。

 軍人的で知的なら、誠実ではない。

 知的で誠実なら、軍人的ではない。

 誠実で軍人的なら、知的ではない。



  * * *



  前略  シャーリーへ



 つまらんジョークなど書いてすんじゃない!

 それに、融通の利かない誰かさんとはなんだ!

 この際だから言わせてもらう!

 シャツのボタンをきちんと留めろ!

 かつそうでバイクを乗り回すな!

 待機中に日向ひなたぼっこをするな!

 格納庫を水着でうろつくな!

 ルッキーニの教育に悪い!


                    バルクホルンより  



  * * *



  前略  ごうじようなバルクホルンへ



 やなこった。

 脳みそ筋肉、カッチンカッチン。


                    シャーリーより  



  * * *



  前略  ぶったるんだシャーリーへ



 筋肉で結構!

 そっちこそ、おつむめぐってるのはケチャップだろうが!


                    バルクホルンより  



  * * *



  口うるさいバルクホルンへ



 知らないのか?

 ケチャップは意外と栄養価が高いんだぞ?


                    シャーリーより  



  * * *



  けいちようはくなシャーリーへ



 塩分とぼうかたまりのハンバーガーと砂糖まみれのドーナッツばかり食っていると、そのうち脳がくさるぞ。

 それとも、もうおくれか?


                    バルクホルンより  



  * * *



  強情なバルクホルンへ



 代謝がいいから、健康状態に問題はないよ。

 空飛ぶでポテトたい殿どの


                    シャーリーより  



  * * *



  人類の敵、シャーリーへ



 貴様、それが一人前の軍人の言葉か!

 このスイカ胸!


                    バルクホルンより  



  * * *



  鹿ぢからのバルクホルンへ



 へえ、このナイスバディ、めてくれてるんだ?

 光栄だね。


                    セクシー・シャーリーより  





「だ、だれが誉めるか!」


 手紙を読み終えたバルクホルンは、ワナワナと手をふるわせた。


「もう、二人とも子供みたいよ」


 なだめるミーナ。


「ていうかさ、一方的に言い負かされてないか?」


 ハルトマンはつぶやく。


「……負かされる、だと?」


 メデューサもかくやという目つきで、バルクホルンはり返った。


おろか者め! カールスラント軍人に敗北という言葉はない! 今度こそ、あの生意気なリベリアンを仕留める!」


 にぎめられたペンは、ミシミシと折れそうな音を立てる。


「……仕留めてど〜するのさ?」


「あらあら」


 もう付き合ってはいられないと、顔を見合わせるハルトマンとミーナだった。



  * * *



「……おかしい」


 うでみをしてらく室の中を落ち着きなく歩き回りながら、バルクホルンは呟いていた。


「何が〜?」


 ソファーで雑誌を読みながら、うつせの姿勢でクッキーをかじっているハルトマンが顔を上げる。


「私がこの前手紙を出してから半月にもなるのに、シャーリーのやつから返事が来ない」


 窓の外を見るバルクホルン。


「航空便だぞ? とっくに来てもいいころだろ?」


「もうきたんじゃないのか〜」


 ソファーをクッキーのカスだらけにしたハルトマンは、垂直に上げた両足をプラプラと振る。


「勝負をちゆうで投げ出すとは! いい加減な奴だ!」


 バルクホルンは、左の手のひらにこぶしを打ちつけた。


「勝負って……」


 パチパチとまきぜるだんの前で、こしけ、詩集のページをっていたミーナがまゆをひそめたその時。


「バルクホルンたい、郵便で〜す」


 とびらが開き、郵便ぶくろを背負った兵士が、一通の手紙を手に入ってきた。


おそいっ!」


 手紙を乱暴に引ったくるバルクホルン。


「す、すみません!」


 兵士は悲鳴を上げ、かべぎわまであと退じさる。


「あ、いや、お前のことをおこったんじゃないんだ。その……済まない」


「ひいいいいい〜っ!」


 バルクホルンはあわてて謝るが、兵士は泣きながら娯楽室を飛び出していく。


「お、おのれ、シャーリー! あいつのせいで、とんだずかしい目にってしまったではないか!」


「いや〜、それはシャーリーのせいじゃ……」


 あ〜あ、という表情でハルトマンは身体からだを起こした。


「とにかく良かったわね、お待ちかねが来て」


 ミーナは口元に手を当て、き出しそうになるのをこらえた。


「べ、別にお待ちかねじゃない!」


 力いっぱい否定しながらもどかしそうにふうを切ると、中の手紙にはこう記してあった。




  バルクホルンへ



 返事がおくれて済まない。

 この2週間、ネウロイのしゆうげきでやられ、生死の境を彷徨さまよってたんだ。

 今は小康状態だけど、医師によると、あと何日持つか分からないそうだ。




「……うそだろ!」


 バルクホルンは真っ青になった。


「待ってろ、すぐに行くからな! 絶対に、絶対に死ぬなよ!」


 ストライカーをきに、格納庫に向かおうとするバルクホルン。


「…………もう」


 その腕を、あきれ顔のミーナがつかむ。


「は、放せ、ミーナ!」


「慌てないの」


「しかし!」


「いいから」


 ミーナは手紙の先を読むようにうながした。




 な〜んちゃって。

 こっちは元気だよ。

 ちょっとらしてやろうと思っただけ。

 あはははは!

 悪かったけど、いつしゆん信じたろ、絶対?

 でもさ。

 それがゲルトルート・バルクホルン大尉のいいところ。

 みんなに好かれる理由も、きっとそこにあるんだろうな。


                    尊敬の念を込めてシャーリー  




「こ、こ、こいつ! 許さ〜ん!」


 読み終えたバルクホルンは、ワナワナとかたふるわせた。


しんけんに心配したではないか! おのれ〜、さっそく反論してやる!」


「……結局、やり合ってんの、好きなんじゃん」


 頭の後ろで手を組んだハルトマンは、そそくさとライティングデスクに向かうバルクホルンの背中を見つめ、肩をすくめる。


「ほんと、仲のいいこと」


 ミーナもクスリと笑うと揺り椅子にもどり、読みかけのリルケの詩集に目を戻すのであった。



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