第二章 第二話



  はいけい  シャーロット・E・イェーガー大尉



 映画文化は、貴国のハリウッドのどくせん物ではないぞ。

『会議はおどる』を始め、『メトロポリス』、『カリガリ博士』、『ドクトル・マブゼ』、『ファントム』、『制服の処女』、『なげきの天使』、『プロシアのせんぷう』、『めつの谷』、『ホムンクルス』、『月世界の女』等々。

 我が国の映画は、全世界が認めるけつさくぞろいだ。

 それにカールスラントには、オペラというだいな総合芸術もある。

 かのおうしゆうの至宝、ワーグナーによる『ニュルンベルクのマイスタージンガー』や『ニーベルングのゆび』、『タンホイザー』、『ローエングリン』にひつてきする作品は、歴史の浅いリベリオンにはないだろう?

 他にも、ゲーテ、ハイネ、シラーを代表とする文学や、政治学、てつがく、医学、薬学、化学、天文学、物理学。

 カールスラントの人類に対する文化的こうけんは枚挙にいとまがない。

 そのらしさをいちいち語っていては手紙が百科事典のようになってしまうので、今回はこのあたりにしておくとしよう。

 またれんらくする。


                    世界にかんたる祖国を代表し、バルクホルンより  




「あはは! けてもいい、これ、ぜ〜んぶミーナの入れだな!」


 手紙に目を通したシャーリーは、おなかよじれるほど大笑いした。


「ねねね、ローエングリ……なんとかって、お? ごはん?」


 そのとなりで、ルッキーニが指をくわえ、ひとみかがやかせる。


「おとぎ話だよ、中世の」


 シャーリーは、オペラのもととなった白鳥のの物語をざっと説明した。


「……な〜んだ」


 と、つまらなそうな顔になるルッキーニ。


「そんなの信じるなんて、意外とお子様なんだね、バルクホルンたい


「い、言えてる」


 シャーリーはき出し、もう一度手紙を読み返して笑い転げるのだった。



  * * *



  拝啓  バルクホルン大尉



 ちょっと誤解があるようだな。

 オペラって、要するに歌をうたう劇だろ?

 だったら、あたしの国ではそっちで言うオペラのことを、ミュージカルって呼んでる。

 一度、君もブロードウェイに来てみるといいな。

 ネオンにいろどられたはなやかで、にぎやかで、いきな劇場が山ほどあって、ガリアの花の都、パリにだって負けないくらいさ。

 そうそう。

 話は変わるけど、この間、格納庫の奥でヴィッカーズのウェズレーを見つけた。

 ほら、北アフリカからオストマルクまで、12,000km近くのきよを無着陸で飛んだ、あの2機のうちの1機だって(3機で飛び立ったんだけど、確か1機は不時着だったっけ?)。

 貸してくれるっていうから、今度のきゆう、こいつに乗ってそっちまで遊びに行こうか? ルッキーニと二人でさ?

 アブロランカスターも貸してくれるって整備の連中が言ってくれてるけど、どっちがいいと思う?


                    シャーリーより  




「ア、アブロランカスターだと!? ぜんぷく31m以上もあるばくげき機を私用で使うな〜っ!」


 手紙を読んだバルクホルンは思わず声をあららげていた。


「あ〜。断んないと、本気で乗りつけてくるよ」


 と、ハルトマン。


「やはり、ひとこと言ってやらねばならんな。シャーリーはどうも軍人としての気構えに甘いところがあるようだ」


「またまたおかたいことを」


「お堅い? これはカールスラント軍人にとってはごく当たり前のことだ! 貴様がゆるすぎるだけだろうが!」


 バルクホルンはキッとハルトマンをにらむ。


「あ〜もう、だれかクリスか宮藤、連れてきてくれないかな〜? そうすれば、ほつが少しは治まるのに」


「何が発作だ! って、どうしてここに宮藤が出てくる!?」


「だって、何のかんの言って、宮藤のこと結構気にかけてたし」


「そ、そんなことはない! 私があいつのことに目を配っていたのはだな、あいつがあまりにも軍人としての自覚に欠けて……」


「……ほんとに?」


「よ、よし! そこまで言うのなら、ハルトマン! まずは貴様に、カールスラント軍人たる者の心構えを骨のずいまでたたき込んでやる! 来い!」


 バルクホルンは顔を紅潮させ、ハルトマンのえりくびをつかんだ。


「うわあ、やぶへびだ〜」


「……トゥルーデ、まず、お返事を書いてからにしたら?」


「むう。……そうだな」


 笑いをこらえてミーナが間に入ると、バルクホルンはしぶしぶ手を放す。


「助かった〜」


 ライティングデスクに向かうバルクホルンを見て、ハルトマンはホッと胸をで下ろすのだった。



  * * *



  前略  シャーリー殿どの



 貴官の言うミュージカルとやらは、格調高い伝統的なオペラとはだいぶちがうようだが、まあいい。

 すいなリベリアンと芸術を語ろうと思ったのが間違いだった。

 とりあえず、かつそうがいっぱいになるので、きよだいなアブロランカスターで来ることだけはめてくれ。

 そもそも、爆撃機は休暇で使うものではないだろう?

 思うにリベリアンの気風か、貴官はほんの少しばかり軍人としてのきんちようかんほこりに欠けるところがあるような気がしてならない。

 かつての戦友の一人としては、ゆうりよせざるを得ない。

 何かと注目を集める元501隊員だ。

 ずべき行動はなるべくつつしむよう、お願いしたい。


                    バルクホルンより  



  * * *



  前略  バルクホルン殿



 OK。

 アブロランカスターは止めにする。

 けど、こっちは気候のせいか、結構自由なふんなんだ。

 だから、私用で軍機を使っても誰にもとがめられない(まあ、程度問題だとは思う)。

 君も、かたの力を少しいた方がいいんじゃないか?

 あんまり軍規とかくつとかにこだわっていると、いざって時にじゆうなんな対応ができないだろ?

 しつじつごうけんゆうのないのとは別物だし、誇りなんて命をかけるようなものじゃない。

 あんまりしやちほこって、ミーナやハルトマンにめいわくをかけないようにしてくれ。


                    心配しているシャーリーより  





「ひ、人が親切に苦言をていしてやっているのに! 何だ、こいつは! この私がいつ!? ミーナやエーリカに迷惑をかけた!?」


 しばに座り、手紙に目を通したバルクホルンは声をあららげていた。

 今日はきゆう

 妹のクリスやハルトマンたちとピクニックに来ていたのだが……。


「……かけてる、リアルタイムで」


 バルクホルンがり回したうでで、紅茶のカップを引っくり返されたハルトマンがつぶやく。


「お姉ちゃん、いい加減に……」


 妹のクリスティアーネがげきこうする姉をなだめる。


「止めるな、クリス!」


 バルクホルンは手紙をにぎめて立ちあがった。


「これは二つの国の文化の、いや、文明のしようとつなんだ! 自由と野放図の区別もつかんリベリアンどもと、規律と道徳を重んじる誇り高きカールスラント人とのな!」


「……大げさだよ」


 と、サンドウィッチをほおるハルトマン。


「私はこの書簡という名のけんもつて、あのすちゃらかリベリアンにてんちゆうを下す!」


 さっそくペンを手に取るバルクホルン。


「あ〜、こういうの、何て言ったっけ?」


 ハルトマンは、紅茶をれ直してくれているミーナを見る。


どろあい


 と、足をそろえておしとやかに座っているミーナ。


「そう、それ」


「はあ〜、全然、変わらないね、お姉ちゃん」


 クリスは心配そうに、便びんせんに書きなぐる姉の背中を見つめるのだった。


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