第二章 沸騰、往復書簡!  ──またはチーズバーガーと茹でジャガイモ

第二章 第一話


たい、郵便です」


 ガリア救国のえいゆうにして連合軍第501統合せんとう航空団のエース、現在はカールスラント空軍に復帰したゲルトルート・バルクホルン大尉がその手紙を受け取ったのは、心地ここちよい風がく小春日和びより

 きゆうで妹のクリスティアーネと買い物に行くため、基地を出ようとした朝のことだった。


「私に手紙か?」


 わたされたふうとうを見て、差出人をかくにんするバルクホルン。


「……シャーロット・E・イェーガー?」


「へえ〜、シャーリーから?」


 かたしに、ひょいとのぞき込んでその封筒をうばったのはエーリカ・ハルトマン中尉。

 501ではバルクホルンと共にWエースとしようされる天才ウィッチだったが、性格は真面目まじめなバルクホルンとは正反対と言っていいほどのちようずぼら。

 部屋は空き巣に入られたかのようにれ放題。

 制服の下を穿かないまま出歩くことさえ平気という、ごうほうらいらくな神経の持ち主だ。


「あ、こら! 人の手紙を勝手に!」


 奪い返そうとするバルクホルン。


「いいじゃ〜ん」


 ハルトマンはさっそく封を切る。


「か、返せ!」


「読ませてよ〜。それとも、何か読まれちゃヤバいこととか?」


「そんなことはない! 断じてあるかああああっ!」


 と、二人が手紙を取り合い、めているところに。


「何しているの?」


 ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケちゆうがやってきて、二人の顔をこうに見た。


「ミーナ、シャーリーからだってさ!」


 ハルトマンは奪った手紙を持ってミーナにけ寄る。


「あら、めずらしい?」


 と、ミーナ。


「だよね〜。宮藤なら、半月に一回ぐらいは様子を知らせてくれてるけど」


 ハルトマンはうなずいた。


「宮藤さんはもう民間人でしょう? シャーリーさんとは立場がちがうわ」


 扶桑に帰った宮藤芳佳の名を聞くと同時に坂本美緒少佐のことを思い出したのか、ミーナのひとみにふと、さびしそうな色が宿る。


「そっか。もう宮藤たちといつしよに戦うこと、ないんだよね……」


 故郷にもどった宮藤芳佳は、今やただの中学生。それも、あと数か月で卒業だ。

 坂本少佐も二十歳はたちになり、ウィッチの力を失ってからは教官職にいていると聞く。


「不思議な感じ。分かってはいるのに、あの二人とはまたどこかの空で一緒に飛べる気がするよ」


 ちょっとしずんだ表情になるハルトマンだったが、すぐにニッとがおに戻る。


「でも、よりにもよってトゥルーデあてだってさ。私とかミーナじゃなくって?」


「よりにもよってとはなんだ? ま、まあ、同じ階級だったよしみというところだろう?」


 それに、ブリタニア時代は意外と腹を割って話す機会も多かった。

 山盛りのポテトを取り合ったこともある。

 バルクホルンにとってもカールスラント組以外では、シャーリーが一番気安い相手だったことは確かだ。


「……あいつ、元気かな?」


 バルクホルンはようやく手紙を取り戻し、便びんせんを開いた。


「読んで、トゥルーデ」


 ミーナがいつものようにのような微笑ほほえみをかべてうながす。


「ああ」


 バルクホルンは近くのベンチに座り、右にハルトマン、左にミーナがこしを下ろした。


「ええと……」


 せきばらいをし、バルクホルンは読み始める。




  はいけい  ゲルトルート・バルクホルン大尉殿どの



 久しりだな。

 あたしとルッキーニは今、×××の×××で×××の任務についている。



「んだよ、けんえつか〜」


 最初の2行まで読んだところで、ハルトマンがプラチナブロンドの頭をいた。


「当然ね。任務については対外秘」


 うでみをしたミーナはうなずく。


「先を続けて」


「ああ」



 どうせ、今のくだりは検閲でふせになってるだろ?

 ここから後は、なるべくそのあたり引っかからないように書く。



「分かってるなら、最初から書くな」


 読み上げながら、バルクホルンはつぶやく。



 急に手紙を出して悪い。

 そっちの様子を知りたかったんだけど、上官だったミーナ中佐に私信を送るのは何となく(このあたしでも)気が引けるし、ハルトマンに出しても返事が来ない気がしたんだ。



「正解だな」


 バルクホルンはチラリとハルトマンを見て、その先を読む。



 こっちの話になるけど、501にいた時ほどのいそがしさは今のところはない。

 もっとも、整備にかける時間は長くなった。

 ばくでのストライカーの整備は、ブリタニアにいたころとは比べようもないほど大変だ。

 どうエンジンの細かい部分に砂が入り込み、気をいているとすぐにエンストを起こすんだ。

 昼間の暑さや夜中の信じられないくらいの冷え込みよりも、そっちの方にうんざりしてる。

 そのうちまた最高速度にちようせんしようとは思っているんだけど、まだまだ先のことになりそうだな。

 ルッキーニは元気。

 みんなに会いたいって言っている。

 あたしもしょっちゅう、パスタ料理をせがまれて大変だ。

 といっても、でてかんづめのトマトソースをかけるだけだけど。

 あいつも一応、お湯はかせるようになったんで、楽しくいつしよに料理ってことも多い。

 カールスラントはどうだ?

 中佐は無理していないか?

 ハルトマンは……やっぱり相変わらずだろうな?

 気が向いたら、知らせてくれ。

 きっとルッキーニも喜ぶ。


                    変わらぬ友情をめてシャーリーより  




「……返事、書くんでしょ?」


 バルクホルンが読み終えると、ミーナはたずねた。


「あ、ああ」


 バルクホルンは照れくさいのか、ほんの少しほおを赤らめる。


「私たちが元気だってことも、伝えてね」


「元気元気〜」


 と、ハルトマン。


「貴様は元気が過ぎる!」


 バルクホルンはハルトマンをにらみつけてからそっと手紙を折りたたみ、ポケットに入れた。



  * * *



 北アフリカのシャーリーのもとにバルクホルンからの返信が届けられたのは、きゆうに照り返す日差しがまだ強い午後のことだった。


「見せて見せて見せて〜」


 と、せがむのは501では最年少だった、ロマーニャ空軍のフランチェスカ・ルッキーニしよう


「ほらほら、あわてない」


 シャーリーはルッキーニのくろかみのツインテールをクシャクシャにすると、はるかカールスラントからの手紙のふうを切る。




  はいけい  シャーロット・E・イェーガー大尉殿どの



 きんきよう報告、感謝する。

 こちらも全員、息災だ。

 相変わらず、ミーナは世話焼きだし、エーリカはだらしがない。

 カールスラントのはじさらすようでこうして書くのもはばかられるが、エーリカのやつのだらしなさときたらブリタニア時代よりもさらに悪化している。

 毎回決まってミーティングにはこくするわ、扶桑から宮藤が送ってくれたセンベイというを食い散らかすわ。

 つい先日など、かしわけんつき鉄十字章をせんきに使ったのだ、栓抜きに!

 これはばんあたいするこうだぞ!

 それをあいつときたら、いつものようにヘラヘラと誤魔化して!

 まったく、ルッキーニとこうかんして欲しいくらいだ。

 もっとも、そちらとしてはお断りだろう?

 任務については分かっているだろうが、くわしく書くことはできない。

 まあ、げきつい記録が順調にびていることぐらいなら、書いたからといってけんえつに引っかかる可能性も低いだろうが。

 こちらは防寒ジャケットが手放せない日が続いていて、温暖な北アフリカがうらやましい。

 おたがい、それぞれの任地、それぞれの立場でがんろう。

 また、折を見てれんらくする。

 元気でな。


                    貴官の戦友、バルクホルンより  



  ついしん  最速記録こうしんの知らせ、待っている。




「……そうか、みんな無事か」


 便りを読み終えたシャーリーは微笑ほほえんだ。


「息災って表現があいつらしいというか」


「よかったね〜」


 ピョンピョンねて喜ぶルッキーニ。


「ああ、そうだな」


 シャーリーはうなずき、カールスラントとつながっている青い空をまぶしそうに見上げた。



  * * *



 シャーリーからの次の便りは、意外と早くカールスラントに届いた。




  拝啓  ゲルトルート・バルクホルン空軍大尉



 さっそくの返事、ありがとう。

 みんな元気だって聞いて、安心したよ。

 そっちにも連絡いってるかも知れないけど、ガリアにいる二人、ペリーヌとリーネも復興のために頑張っているみたいだ。あのれきから、元の美しい国に建て直すのは大変だろうけど。二人ともこんじようあるからな。

 エイラたちの方は、まあまあ、だそうだ。

 そう言えば昨日の夜、映画かんしよう会があった。

 クロード・レインズの『とうめい人間』と、ヴィヴィアン・リーの『風と共に去りぬ』の二本立て。

 あたしは『風と共に去りぬ』の方がおもしろかったけど、ルッキーニはもう『透明人間』に夢中。

 絶対本物だ、あの透明薬が飲みたいってさわいで大変だったんだ(もし、そんなものが本当にあってあいつに飲ませたら、とんでもないことになりそうだ)。

 やっぱり、映画はハリウッドだな。

 カールスラントには、こういうらく映画ってないだろ?

 おかたい文芸作品ばっかりでさ?

 何だったら、そっちに映画のフィルム、送ろうか?

 リクエストがあれば言ってくれ。

 また何か面白いことがあったら、連絡する。


                    シャーリーより  




「映画だと? くだらん」


 手紙を読み終えたバルクホルンは、少しばかりげんな顔になった。


「あら? 映画なら、カールスラントには表現主義の名作がたくさんあるし、娯楽作品としてすぐれたものも多いわよ?」


 せんとう以外のことはばんうといバルクホルンに、ミーナが告げる。


「教えてくれ! こいつにまんしてやる!」


 バルクホルンは身を乗り出した。


「はいはい」


 ミーナはしようして、自分が見て面白いと思った映画をいくつか数え上げる。


「……張り合ってどうするんだよ?」


 その横であきれ顔のハルトマン。


「う〜ん」


 ミーナが挙げる映画のことを手紙に書きながら、バルクホルンはまだ物足りない表情だ。


「なんか、こう……絶対にリベリオンにないような、これがカールスラントの文化だ、と自慢できるものってないか?」


「そうねえ……じゃあ、オペラなんかどうかしら? ワーグナーやリヒャルト・シュトラウスのような、世界中で上演されるようなオペラを書ける作曲家は、あまりリベリオンにはいないと思うんだけど……」


「よし! それだ! オペラ、オペラっと……」


 オペラなど、生まれてからただの一度も見たこともないバルクホルンはほこらしげな顔で、止まっていたペンを再び走らせるのだった。


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