第一章 第四話


 コメットがかつそう上で停止し、老人たちは機から降りてきた。幸い、全員はない。

 坂本はなるべく傷つけないように言葉をかけた。


「老人方、あまり無理はされないことだ」


「いや〜、悪かった」


 と、老人のひとり。


「今度は整備もおこたらんようにせんとな」


せんとう機でなかったのがいかんのじゃ〜」


「そういや、近所の農場のにフォッカーDr.Iがあるそうじゃぞ?」


「よし! 次はそれじゃ〜!」


「カ、カ、カールスラントのヒコーキろうは世界一ぃぃぃぃぃっ!」


 全然、反省はないようだ。


「……しよう、こいつら」


えろ、エイラ」


 エイラと坂本は頭痛を覚える。


「ということでな、ウィッチのおじようちゃんたち」


 とつぜん、老人のひとりがしんけんな顔でエイラを見た。


「な、何だよ?」


 エイラの顔がこわる。


めい土産みやげに……その胸にさわらせてくれ〜!」


 六つの手が、いつせいに二人のバストにびた。

 バキッ!

 ドゴッ!

 ベシッ!

 その日の坂本少佐の報告書には、ただ、短くこうさいされた。

 民間機事故。

 軽傷者3名、と。



  * * *



 芳佳たちが着陸した場所には、ナースキャップをかぶった若い女性が待っていた。


「ここ、カテリーナ病院ですか!?」


 芳佳はしらかべの建物を見上げ、その看護師にたずねる。


「はい! さっきれんらくをくれたウィッチの方ですね!?」


 看護師は、芳佳たちを古い病院の建物に招き入れる。

 なつかしい消毒液のにおい。

 芳佳の実家、鎌倉のしんりようじよと同じ匂いだ。


「これ、血液です!」


 中にいた医師に、芳佳はケースをわたした。


「ありがとう、ウィッチのみなさん!」


 いかにも田舎いなかの医者といった感じのひげの医師は、ケースをにぎると大きく頷く。


「それじゃ、私たちは」


 ペコリと頭を下げ、再びりくしようときびすを返す芳佳たち。

 その時。


「あ、あの」


 先ほどの看護師が、ためらいがちに声をかけてきた。


「はい?」


 芳佳はり返る。


「一目、手術を受ける子に会ってあげてくれませんか? ゆうかんなウィッチの方に元気をいただければ、きっとあの子も」


「あの……」


 芳佳はサーニャの顔を見た。会ってあげたいが、エイラの方も心配なのだ。


だいじよう。エイラは絶対に負けないから」


 そんな芳佳の手をサーニャが握る。


「エイラをしんらいして。それに、坂本少佐も助けに来るはずよ」


「そ、そうだよね」


 芳佳も頷いた。

 二人は看護師について、手術室に向かった。

 芳佳たちが手術室に着くと、ちょうど、少女が運び込まれるところだった。

 まだ、7、8歳に見えるその女の子は、青ざめた顔に、不安の色をかべている。

 とびらの前でストレッチャーが止められ、看護師にうながされた芳佳とサーニャが話しかけた。


「こんばんは」


 と、芳佳。


「あの……」


 サーニャはこんな時にどう話していいか分からず、だまって少女の手を握る。


「……きれい」


 幼い少女は二人を見上げた。


「お姉ちゃんたち、ようせいさん?」


ちがいますよ。あなたのために血液を運んできてくれた、ウィッチの方たちよ」


 と、看護師。


「ウィッチ?」


「そうだよ」


 芳佳はそう認めてから、ちょっとほおを赤らめる。


「……まだ、新米だけど」


「私も……大きくなったら、ウィッチになれるかな?」


 少女は尋ねた。


「もちろんだよ!」


 芳佳は何度も首を縦に振る。


「そのためにも病気、治そう」


 少女の手をそっとでるサーニャ。


「……手術、がんれる?」


「はい」


 芳佳たちに会って安心したようで、少女の表情からきんちようが消えた。

 手を振る芳佳とサーニャに見送られ、少女は手術室へと入っていった。


「……行こう」


「うん!」


 二人は再び、空をじよとなった。



「ネウロイは!? どこです!?」


 九九式二号二型改13mmかんじゆうを握った芳佳と九連装ロケットほうフリーガーハマーを構えたサーニャは、ホバリングするエイラと坂本の姿を、先ほど別れた場所からそう遠くないところで見つけて急行した。


「もうやっつけたんですか!?」


「ああっと……あれ、間違い」


 エイラは頭をいた。


「ま、間違い〜っ!」


 全身の力がける芳佳。


「……」


 サーニャもポカンとした表情を見せる。


「民間機だった」


 坂本もそれ以上説明しようとはしなかった。


「……ごめんなさい。私がネウロイと間違えたせいで」


 うな垂れるサーニャ。


「いや、本来飛んでいないはずの場所を飛んでいたんだ。仕方ないさ」


 坂本は首を横に振ると、サーニャのかたに手を置いた。


「むしろ、燃料不足でついらくする前に民間機を発見できたのは、サーニャのおがらだ」


「サーニャのおかげだって」


 と、エイラ。


「あと5分、発見がおくれてたら、危ないところだったんだ」


「よかった……」


 ようやくニッコリするサーニャ。


「さてと」


 一同をわたし、坂本は微笑ほほえんだ。


「ずぶれになったことだし、帰ってみんなでひとっ浴びるか?」


駄目。今度は、私たちが付き合ってもらう番だよ」


 エイラはチッチと指をった。


「それって?」


 と、芳佳。


「そう、スオムス名物のサウナ」


 ニヒヒッとエイラは白い歯を見せ、サーニャを振り返る。


「な、サーニャ?」


「ええ」


 つつましやかな月の光のような笑顔で、サーニャはコックリとうなずいた。



「ふ〜、たまにはサウナもいいものだな」


 水をかけられた焼け石から上がる、高温の蒸気。

 その中でバスタオル一枚の坂本は、だんと同じようにきちんと背筋をばし、うでみをしていた。


「扶桑の風呂の歴史も、し風呂から始まったそうだ。知っていたか、宮藤?」


「はい、しんから温まります〜」


 会話がかみ合っていないが、芳佳は心底気持ち良さそう。

 最初にエイラたちに引っ張り込まれた時にはすぐにへたばってしまったが、慣れてしまえば気持ちも身体からだもリフレッシュ。

 ストレス解消にサウナは最高である。


「このサウナには、私がスオムスから連れてきたようせいがいるからな〜」


 しらかばの枝ではだたたきながらそうまんするエイラの長いあしは、ほのかにピンク色。

 エイラは本気で、サウナの妖精の存在を信じているのだ。


「ラ、ラ、ラララ〜」


 けるような白い肌にほんのりとあせき上がらせたサーニャは、ハミングしながら身体を少しらしている。


「しかし、ペリーヌもまだまだだな。これしきの暑さで音を上げるとは」


 坂本はちょっと残念そうに、サウナのとびらに目をやった。


「そ、そうですね」


 苦笑いする芳佳。

 実はさっき。

 坂本がサウナに入ることをどこからか聞きつけて、普段はサウナに寄り付きもしないペリーヌが乱入してきたのだ。

 だが、おじようさま育ちの肌には、この蒸気はがたいものだったらしい。メガネごと、ほんの数分でで上がり、医務室に運ばれていったのである。


「ツンツンメガネ、昼間、サーニャのピロシキを鹿にしたむくいだって」


 ほくそ笑むエイラ。


「サウナの妖精は、ちゃ〜んとお見通しなのさ」


「少し……かわいそう」


 心やさしいサーニャはちょっと困ったような表情だ。


「さてと」


 エイラは立ち上がって白樺の枝を置くと、芳佳を見てニヒヒッと笑った。


「そろそろ行くぞ」


「え、まさか?」


 芳佳の顔が引きつる。


「当たり前だろ? 仕上げに、水にどっぷんだ」


 サウナといえば、最後に川や湖の冷水に入るのがスオムスのしきたりである。


「せ、せっかく温まったのに〜!」


〜が〜さ〜ん」


 とんずらしようとする芳佳の腕を、エイラはガッチリとつかむ。


「た、助けて! サーニャちゃん、坂本さん!」


「あきらめて、宮藤さん」


「何ごともしゆぎようだ」


 もはや、逃げ道は残っていなかった。



  * * *



 翌日の午後。


「サーニャちゃん! エイラさん!」


 ブリーフィング・ルームを出た芳佳は、その足でエイラの部屋に飛び込んでいた。


「き、聞いてください! 大ニュースです!」


「ああ、昨日の女の子のことだろ〜?」


 ベッドにそべり、タロットカードを並べていたエイラは、振り返りもせずに言った。


「……手術、成功したんでしょう?」


 と、サーニャ。


「え〜っ! 私、さっき坂本さんから聞いたばっかりなのに、二人とも、もう知ってたんですかあ!?」


 もともと丸い芳佳の目が、さらに丸くなる。


「うん。何となく」


「ま、何となくな〜」


 エイラはほおづえをついたまま、一枚のカードを表にした。

 めくったカードは、『戦車』の正位置。

 意味するところは、もちろん、成功だ。


(私のうらないは外れたことがないんだって)


 鼻歌交じりでカードを切りながら、エイラは小さな秘密を共有するように、サーニャに向かってウインクするのだった。


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