第一章 第三話


「こんなに視界が悪くて、病院なんて見つかるのかな?」


 雨足は、だいに激しくなっていた。

 山沿いに進みながら、芳佳の胸のうちで次第に不安が大きくなってゆく。


「何しろこの天気だからな〜。サーニャの力だけがたよりだな」


 エイラはかたをすくめた。

 救急車の男たちの話では、カテリーナ病院までは10分ほどのきよのはず。

 わたせるはんを広げるため、先ほどよりはやや高度を上げているものの、場所が場所だけにこれ以上高度を上げると発見が難しくなるだろう。


「宮藤、ケース、落とすなよ」


 時々、エイラは芳佳をり返る。


「うう、そう言われると、余計落としそう」


 ギュッと両手でケースを抱えた芳佳の顔には、不安が大書されたように表れていた。


「代わろうか?」


「うう、そうしたいけど、渡す時に手がすべって落としそう」


「……どうしようもないな」


 そういえば。

 さっきは言わなかったが、けに芳佳のことをうらなったタロットで現れたカードは悪魔。

 道理でツイていないはずである。


「まだ見つかんないか?」


 エイラはサーニャを振り返った。


だいじよう。もう少し……」


 そうがおで答えかけたサーニャのひとみに、とつぜんきんちようの色がぎった。


「!」


「どうした?」


 と、エイラ。


「待って」


 サーニャは魔導針に意識を集中する。


「どうしたの?」


 芳佳もせんかいして、サーニャのところにもどってきた。


「何か……近づいてくるみたい」


「な、何かって?」


 いやな予感を覚える芳佳。


「所属不明の飛行体。……こちらの呼びかけに反応なし」


 魔導針をかがやかせ、サーニャは8時方向を指さした。


「まさか、ネウロイ!」


 芳佳は息をんだ。


「その可能性、高いかも知れない」


 頷くサーニャ。


「レーダーもうを低空飛行でかいくぐって、こんな内陸まで入り込んだのか?」


 エイラはサーニャが指さした方向をぎようし、くちびるむ。


「で、で、でも、予想だと明後日あさつてのはずじゃ!?」


 両手で血液のケースを持っているので、芳佳は背負ったじゆうを構えることができない。


「ちょっと早いけど、最近はかんかくせばまってきてるからな」


 もともと、ネウロイのブリタニアへのらいしゆうはほぼ一週間に一回だった。

 だが、芳佳の入隊する少し前から、その間隔にズレが生じ始めているのだ。


「サーニャ、宮藤。先に行け。私が足止めする」


 エイラは足を止め、ホバリングしながらMG42を構えた。


「ひとりじゃ無理だよ!」


「けどな、ここで全員で戦ってたら、血液が間に合わなくなるだろう?」


「でも!」


「お前、自分の力をだれかを助けるために使いたくて、ウィッチーズに入ったんだろ?」


「エイラさん……」


「宮藤さん、行こう」


 サーニャが芳佳のうでをつかんだ。


「ここは大丈夫」


 それでもちゆうちよする芳佳に、サーニャは言った。


「エイラを信じているから」


「く〜っ!」


 ここが地上だったら、エイラはびはねたい気分だ。


「わ、分かったよ」


 芳佳もうなずいた。


「エイラさん、血液を届けたらすぐに戻るからね!」


「それまでに私がげきついしてるって」


 エイラは右手の親指をグッと立ててみせる。


「すぐに戻るから!」


 芳佳はそう言うと、ケースをしっかりかかえ、サーニャと共に先を急ぐ。


「さあ来い! よいのエイラ・イルマタル・ユーティライネンは一味ちがうぜ!」


 エイラは接近してくる飛行体に向かって、照準を合わせた。



  * * *



(宮藤さん……)


 サーニャはまどいを覚えていた。

 この悪天候の中、芳佳はサーニャを引きはなしそうな速度で飛行しているのだ。

 見事な旋回で谷を進むその様子は、ちょっと前までの、いつ失速して落ちてもおかしくないつたない飛び方とはまるで違う。


「絶対に……届けるんだ」


 血液のケースをしっかりとにぎめ、つぶやく芳佳。


(やっぱり……そうなの?)


 以前サーニャは、耳にしたことがあった。


『誰かを守るためとなると、宮藤の中で何かが切りわるようだな』


 と、坂本がしようとともに語るのを。


「くっ……手が……」


 雨で冷えきった芳佳の指は、血の気がせ、ふるえている。

 それでも、芳佳は速度をさらに上げた。


「……」


 サーニャは芳佳の上方に回り込み、そっと背中から芳佳の身体からだきしめる。


「……これなら、あまけになるでしょ?」


「でも、これじゃサーニャちゃんが……」


 りだがだんりよくのあるサーニャの胸を背中に感じた芳佳は、顔にりを感じる。


「あと少しだから」


「うん」


 二人は身体を重ねたまま、カテリーナ病院を目指した。



  * * *



『エイラ、待て!』


 MG42のトリガーをしぼろうとしたその時。


『それは民間機だ!』


 インカムからの声が、エイラの耳にさった。

 同時に、射線上に飛び込んでくる坂本の姿。


「ええっ!?」


 エイラはあわててトリガーから指を離した。


「どうしてここに!?」


「まあ、少しばかり心配になってな」


 照れくさそうに、鼻の頭に指をやる坂本。

 おそらく、血液輸送の報告を受けてすぐに基地をったのだろう。


「あれはカールスラントの古い民間機だ」


 がんでドルニエ・コメットの機体をかくにんした坂本は、振り返ってエイラに告げた。


「じゃあ、どうして通信してこないんだよ?」


 まゆをひそめるエイラ。


「それは分からん。接近して確認しよう」


 二人は5時方向からコメットに近づいていった。



 そのころ、そのコメットのコックピットでは。


「ブリタニア空軍のほうどもめ! 先の大戦の勇士たる我々が、参戦を申し出たというのに、『それにはおよびません』じゃと! ブリタニア人のいんぎん無礼さにはまんがならんわ!」


「世界にかんたる祖国カールスラントよ! いつの日にか、なんじを我らの手で取りもどさん!」


「カ、カ、カ、カ、カ〜ルスラントの航空学は世界一ぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 老人三人が、かいえんを上げていた。

 どうやらこの老人たち、空軍に義勇兵として志願したものの、ねんれいを理由に断られた元カールスラント軍人。自分たちがまだ飛べることを証明しようと古い民間機を借り、この天候の中、飛び立ったという訳らしい。


「見ろ、このドルニエ・コメットのゆう姿を! わしらもまだ戦えるのじゃ! かつての古兵が大空をう姿を見れば、きっとブリタニアのへなちょこ空軍も、こうかいしよるわ!」


「ネウロイの一機や二機、わしらの手にかかれば蜻蛉とんぼも同然よ!」


「……じゃがの、ペーター、わしら、今、どこを飛んでるのかいの?」


 老人のひとりが、外を見て首をかしげた。


「ふんっ! ブリタニアの地理なんぞ、知るもんかい!」


 そうじゆうかんを握る老人が鼻を鳴らす。


「……要は迷った、ちゅうことか?」


「……」


「……」


 三人は顔を見合わせ、だまり込んだ。

 と、その時。


「ウィッチじゃ〜!」


 ひとりの老人が、近づいてくるエイラと坂本に気がついた。


「何と、ウィッチとな!」


「ウ、ウ、ウ、ウィッチ〜」


「む、胸がたまらんのう!」


「むむむ、老いたりとはいえ、あの姿態には心がときめくわい!」


 老人たちの視線は、自然と坂本とエイラの胸とおしりに行く。


「ぬ、れた軍服がはだに密着を!」


「ハンスよ! わしは今ほど軍服になりたいと思ったことはないぞ〜!」


「それはともかく、あのおじようちゃんたち、こちらに向かって何かっておらんか?」


「そのようじゃの?」


「何じゃろの?」


「無線は通じんかの?」


「無線じゃと? んなもん、さっきあんたがっつまずいて手をついたひように、ぶっこわれただろうが?」


「おお、そうじゃった〜!」


「何とか話せんかの、あのムチムチのウィッチちゃんたちと?」


「……窓をぶち破ろうか?」


「おお、それがええ」


 ハンスはルガーをくと、操縦席わきの窓に向けてじゆうだんたたき込んだ。


「この空域で何をしている!? 飛行予定は聞いていないぞ!」


 とつぷうあまつぶ、そして接近して飛ぶ坂本の怒鳴り声が、コメットのコックピットに飛び込んできた。


「迷ったのじゃ〜」


 という、老人のひとりの答えに、顔を見合わせる坂本とエイラ。


「無線は!?」


「壊れたのじゃ〜」


 またも顔を見合わせる坂本たち。


りくしたのはいつだ!」


「あれは……いつごろだったかいの?」


 老人は振り返り、他の二人と相談してから答える。


「日が落ちるちょこっと前じゃ〜」


「一番近い飛行場まで約30km……」


 坂本の顔がくもる。


「燃料が持たないぞ」


 と、エイラ。


「我々で機体を支えるしかないな」


「ええ〜っ!」


 どうやら、ツイていなかったのは芳佳だけではなかったようだ。

 だが、不平をらしている場合ではない。

 コメットのプロペラが、プスッと音を立てて停止した。


「エイラ!」


「うん!」


 二人はコメットの左右のつばさの下に入って、機体を支えた。

 だが単発機といえど、総重量は決して軽くはなく、高度がだいに落ち始める。


「くっ!」


 歯を食いしばるエイラ。

 だが、そのエイラも気づいてはいなかった。

 反対側の翼を支える坂本の方が、より苦痛に顔をゆがませていたことを。


(今の私のりよくでは……)


 坂本はかたで大きく息をしながらも、何とかエイラに高度を合わせる。


「そろそろ……見えてくるはずだ!」


 山のをギリギリの高さでえながら、エイラは自分に言い聞かせた。

 高度はさらに下がり、木々の枝が二人の身体からだをかすめる。

 そして、エイラと坂本が不時着をかくしたその時。


「……見えた!」


 地平線上でまたたかんせいとうの明かりが、坂本の魔眼に飛び込んできた。


「よし! 着陸体勢に入るぞ!」


りようかい!」



  * * *



「このあたりだよね?」


 芳佳とサーニャは病院のすぐそばまでやってきていた。

 だが、森の中にある病院は上空からだとにんが難しい。

 このまま、せんかいして探し続けるか、それとも着陸して足で探すか……。


「見て」


 芳佳がなやんでいると、サーニャが100mほど先の一点を指さした。

 チラチラと見えるのは、どうやらまたほのおのようだ。


「今度は事故じゃない……あれ、だよ!?」


ちがいないわ。行こう、宮藤さん」


 芳佳とサーニャはうなずき合い、降下していった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る