第一章 第二話
日没の30分ほど前からポツポツと落ち始めた雨は、夕食後に本格的な降りとなった。
「サーニャ、寒くないか?」
切り立った岩場の間を
夏とはいえ、雨のせいで気温は急激に下がってきているのだ。
「
と、サーニャはこの
この歌は、サーニャの歌。作曲家であるサーニャの父が、雨が続いて
昼間とは別人のように、とは言わないまでも、サーニャの
さすがは完全夜型のウィッチだ。
片や。
「うう、エイラさん、タロットカードの
情けない声で
飛行時のウィッチには、
「いや、さすがに天気は無理だな。っていうか、悪天候ぐらいで坂本
そう答えながらも、ジワジワと体温を
「雲の上、飛べば濡れないんだけどな〜」
エイラは低く垂れ込める雲を
『おいおい、それじゃ訓練にならんだろ』
インカムを通じて、坂本の声。
ウィッチーズ基地の
『谷間に沿って、
「でも、この雨ですよ。……って、あわわ!」
「宮藤さん、失速!」
サーニャが
「あ、ありがとう」
ホッとため息をつく芳佳。
芳佳は見通しの
「坂本さん! 暗くて、
『……落ちるな』
「……」
的確で簡潔なアドバイスだ。
「こら〜! いつまでサーニャにくっついているんだ〜!」
サーニャに
「う〜、放されたら落ちちゃうよ〜!」
芳佳は必死にサーニャの胸にしがみつく。
(あ)
エイラに引っ張られて芳佳の顔が動く
「しょうがないな〜。ほら」
エイラは
「これでいいだろ?」
「う、うん」
「ちょっとの間だけだからな。慣れたらひとりで飛ぶんだぞ」
まるで、幼い妹に自転車を教えるお姉さんである。
変人に見られがちなエイラだが、基本的には
「……なあ」
しばらくして。
「坂本少佐、どうしてこんな訓練思いついたのかな?」
「……どうしてかな?」
ハミングをやめ、首をほんの少し
「まさか! 少佐、宮藤をナイトウィッチにする気なのか!?」
もしも、宮藤がナイトウィッチになれば、当然、サーニャと組むことに。
そうなると、自分がサーニャと組む機会がグッと減る可能性が高いことに気がつき、エイラは
「それはないと思うわ」
サーニャは目を細めた。
「坂本少佐、今回はむしろ、宮藤さんをエイラと組ませたかったんじゃない?」
「私と?」
「エイラは」
サーニャはささやくような声で、自分の考えを説明しようとする。
「私と
「私みたい? そりゃ買いかぶり過ぎだろ?」
スオムス空軍ではトップ・エースだったエイラだが、自分が人の見本となるようなウィッチだと思ったことは一度もない。
だが、確かに。
「私だって……、エイラと組んでいるととっても安心できるし」
そう言って、
(よしっ!)
我が人生に
エイラは心の中でガッツポーズを取る。
その時。
「サーニャちゃ〜ん、エイラさ〜ん! あんまり速く飛ばないで〜、私、追いつけないよ〜」
はるか後方を飛ぶ芳佳が、
「悪い悪い」
「ごめんなさい」
二人は旋回して、芳佳のところへと
* * *
「そろそろ帰るか? もう訓練としちゃ、十分飛んだだろ?」
真夜中をだいぶ過ぎた
へとへとになった芳佳を
「そ、そうしてもらえると、助かるよ〜」
「坂本
サーニャが
『ああ。ご苦労だった、帰ってきてくれ』
「よかった〜」
芳佳たちは
だが。
「?」
サーニャの視界の
(あ……)
地上で
山深いこのあたりに民家はないので、
「…………」
やや高度を落としてみると、山道で車が横転し、火の手が上がっているようだ。
「宮藤さん、エイラ」
サーニャは二人を呼び止めた。
「も、も、燃えてる! 事故だよ!」
「行こう!」
芳佳とエイラは、事故車に向かって降下する。
「……」
サーニャも引き
「
着陸した芳佳は、車のそばに立っていた男に声をかけた。横転し、燃え上がる車の側面には、赤十字のマーク。
どうやら救急車両のようだ。
「ウィッチの方ですか!?」
顔を
「私は無事ですが、彼が……」
男が指さした先には、
「手当てしなくちゃ!」
芳佳は男のそばに行き、
「私はいいから、このケースを」
金属製のケースを大事そうに
「このケースを、この先にある聖カテリーナ病院に届けてくれ」
男はどうやら、両足を骨折しているようだ。
「
決して軽い怪我ではない。複雑骨折なので、このままでは感染
芳佳は男の足に手をかざし、治癒魔法を使った。温かい緑の光が、男の足を包み込む。
「
男は
「幼い命に係わる話だ。この血液を待っている女の子がいるんだ」
「血?」
芳佳は、男が差し出した金属製のケースにもう一度目をやった。
「あれって、血が入ってるのか?」
エイラがもうひとりの男に事情を聞く。
「はい。この先にある
「
芳佳の手当てを受けている男が、
「このままでは我々のミスで、女の子ひとりの命が失われてしまう。頼む、このケースを」
「分かりました」
十分とは言えないまでも、応急の手当てを終えた芳佳は、男からケースを受け取った。
「きっと、間に合わせます」
「お前、大丈夫なのか? もうかなりバテてたろ?」
芳佳を見て、エイラは
訓練だけでもかなり
「でも、行かなくちゃ! 命がかかっているんだから!」
「……エイラ、私たちも」
と、サーニャ。
「そうだよな、このままって訳にはいかないよな」
エイラも
「坂本さん!」
芳佳はインカムで
『事情は聞いた! 行けるか、宮藤、サーニャ、エイラ!?』
坂本は三人に
「もちろんです!」
「……はい」
「軽い、軽い」
と、三人。
『任せたぞ! 病院には私から連絡する!』
「はい!」
芳佳はケースを両手で抱え、暗雲に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます