第一章 夜間専従班再び!  ──または翼よ、あれが命の灯だ!

第一章 第一話


 さわやかな朝。

 ブリタニアの南東、ドーヴァーにのぞむ、ストライクウィッチーズ基地。そのかつそうわきの草地に、しんな表情でりを続ける少女と、それを見守るやや年上の少女の姿があった。


「せいっ! やっ!」


 ショートヘアにセーラー服。木刀をる、というよりは、木刀に振られている観のあるがらな少女は、みやふじよしという。

 極東はそうの軍港、よこに近いかまくらの小さなしんりようじよで、三代続くウィッチの家系に生まれ育った芳佳は、この夏にぐんそうとしてストライクウィッチーズに配属になったばかりの15歳。

 特技は魔法。第501統合戦闘航空団の11名のウィッチの中でも、一番の新米である。

 実は芳佳の父、宮藤いちろう博士は、異空間にウィッチの足を収納するという画期的な『宮藤理論』の提唱者にして、世界最初のストライカーユニットの開発者。

 博士は数年前に死んだと思われていたが、この夏、とつぜん父からきた手紙に導かれ、芳佳はこのブリタニアにわたってきた。

 だが、この見知らぬ土地で芳佳を待っていたのは、父の墓。

 そして、そのには、こう刻まれていた。

 ──その力を多くの人を守るために──

 芳佳は父の残した言葉を自分のちかいとして、ストライクウィッチーズに参加する決意をしたのだ。

 ……そう。

 決意は、したのだが……。


「せいっ! やっ!」


「……う〜む」


 へっぴりごしで木刀を振る芳佳の様子を、さかもとしようかたわらで、苦虫をつぶしたような表情で見つめていた。

 坂本は、魔眼──えんきよ策敵能力とネウロイの弱点であるコアの発見能力を持つとくしゆ──である右目を眼帯でおおった、芳佳よりも15cmほど長身の少女である。

 少女といっても19歳。ウィッチとしては、限界ギリギリのねんれいだ。

 白い制服を見て分かる通り、扶桑海軍出身。芳佳の治癒魔法の才を認め、ウィッチーズにさそったのは彼女なのだ。

あせってはいけないことは、分かっているのだがな)

 風を切らない芳佳の木刀のせきに、まゆをひそめる坂本。

 本土からき出した半島にあるこのウィッチーズ基地は、文字通りの最前線。ゆえに、常に敵に備え、訓練のできる時は少しでもやっておく。

 それが坂本の考える、ネウロイとの戦いに生き残るけつ、なのだが……。


「せいっ! やっ!」


 坂本にとってはかたらし程度の素振りで、宮藤はもうろうこんぱい状態だ。

(やれやれ。少し目先を変えてみた方がいいかも知れないな)

 こう見えても、芳佳には素質がある。

 ブリタニアに向かうちゆうきよだいネウロイのしゆうげきを受けた際に、訓練やレクチャーもなしでいきなりストライカーユニットを身につけて空を飛び、誰かに教えてもらった訳でもないのに強力なシールドを展開して戦うことができたのだから。

 ただ、今の芳佳は体力不足。魔法力のせいぎよにも慣れていない。

 その二点さえこくふくできれば、坂本も多少は安心できるのだが、現状ではまだまだという感じである。


「せいっ! やっ!」


「戦場において、何が最も危険であるか分かるか、宮藤!?」


 坂本は、地面に垂直に立てた木刀のつかがしらに手を置いてった。


「分かりません! せいっ! やっ!」


 すがすがしいほど素直に芳佳は答える。


「そうか!? 素振り、あと百本だ!」


「はい! せいっ! やっ!」


「戦場において、最も危険なもの! それはな、慣れだ!」


「慣れ! ですか!? せいっ! やっ!」


 素振りを続ける芳佳のはだに、あせつぶがきらめく。


「そうだ!」


 坂本は深くうなずいた。


「戦闘に慣れてくると、おのれの力を過信し、敵を見くびるようになる! そこに油断が生まれる! そして、いつしゆんの油断が、取り返しのつかん敗北を招く! 訓練においても同じだ! 初心忘るべからず! いちいち! 毎日の訓練を、同じことのり返しだと思うな!」


「はいっ! せいっ! やっ!」


 一心不乱に木刀を振り下ろす芳佳。

 常に前向きにがんれること。

 それは、芳佳の数少ない、貴重な才能のひとつである。


(……いつまでも、お前たちを守れたらいいのだがな)


 坂本はさびしげなみを口元にたたえると、自分も芳佳と並んでりを始めるのだった。



  * * *



「少しは筋肉、ついたかな?」


 ランニングと素振りの早朝訓練を終えた芳佳は、シャワーを浴びながら自分のおしりでていた。

 悪くはない感じだ。コリコリとして、ほどよいだんりよくがある。


うでと胸の方は……うう」


 こちらは、まだまだ。

 特に胸の方は成長度、ほぼゼロだ。

 寄せて上げる、という芸当もできない。

 寄せようにも、芳佳の両手は盛り上がりのほとんどない胸の表面を、ツルリとむなしくすべるだけである。


「頑張ってる……つもりなんだけどなあ」


 訓練後の身体からだは、胸はぺたんこでもなまりのように重い。このままベッドにたおれ込めれば幸せだが、朝食後には宿舎のそうせんたく、そして午後にも訓練が待っている。


(……お父さん。私、だれかを助けられるようになるのかな?)


 ため息をついた芳佳は、シャワーを止めて浴場を出た。



「よ」


「……宮藤さん」


 ろうを歩いていると、食堂の方から二人の少女が芳佳の方にやってきた。

 スラリとしたプラチナブロンドの少女は、エイラ・イルマタル・ユーティライネンしよう。芳佳と同い年で、出身はほくおうの国、スオムスである。

 多少、いや、かなり変わり者だとまわりから思われているが、戦場においては遠距離こうげきも近接せんとうもこなすばんのうタイプ。

 相手の攻撃を先読みできる未来予知の固有ほうを使う、ゆうしゆうなウィッチだ。

 手にしているのは、故郷スオムスの新聞『ガルム』紙。

 記事には大して興味はないが、若手女流イラストレーター、トーベ・ヤンソンのえがようせいトロルのさしがエイラのお気に入り。

 原隊であるスオムス空軍飛行第24戦隊時代の戦友に、一月ごとに送ってもらっているらしい。

 そのエイラの背中に、半分身をかくすように立っているのは、サーニャ・V・リトヴャク中尉。出身はヨーロッパの北東。厳寒の地、オラーシャ。

 グレイのかみきやしやな体つき、内気でせいな印象の少女だ。

 固有魔法は、魔導針と呼ばれる光のアンテナを頭部に張りめぐらせての全方位広域探査。

 空飛ぶレーダー基地といったところである。

 その表情がちょっとねむそうなのは、サーニャの主な任務が夜間しようかいで、だんならいまごろはベッドに入っている時間だからだろう。

 ちなみに、サーニャの誕生日は芳佳と同じ8月18日。1歳ちがいの14歳の誕生日を、この前みんなに祝ってもらったばかりだ。


「あの、これ……」


 サーニャはナプキンがかけられたバスケットを、おずおずと芳佳に差し出した。


「……えっと、これって?」


 白いナプキンをめくってみると、そこには小判形のげパンのようなものが、出来立ての湯気を上げている。


「ピロシキよ」


 き通るように白いっぺたをほのかにピンクに染め、サーニャはか細い声で言った。


しき?」


「ピ・ロ・シ・キ。ボルシチと並ぶ、オラーシャの伝統的な料理だぞ?」


 解説するエイラ。


「ボロ七と並ぶ?」


 どっちも芳佳には、料理の名前とは思えない。


「これ、私に?」


「そうだ。心して食べろよ。夜間哨戒明けでつかれているサーニャがわざわざ、宮藤のために作ったんだからな」


 そう言って胸を張りながらも、エイラは少しばかりうらやましそう。

 エイラにとって、サーニャは一番大事な仲間。そんなサーニャが、ちかごろ、芳佳とずいぶん打ち解けた様子なので、ちょっと複雑な気分なのだ。


「エイラも手伝ってくれたの」


 はにかみながら、サーニャは付け足す。


「わ〜、ありがとう、サーニャちゃん、エイラさん」


 顔をかがやかせ、ペコリと頭を下げる芳佳。

 実は今日の朝食は、普段、栄養さえれればいいとごうする典型的なカールスラント軍人、バルクホルン大尉が作ることになっていた。

 本人の弁ではった料理も上手うまいらしいが、そのうでが発揮されたことはほとんどなく、でたジャガイモだけになる公算が高かったのだ。


「へへへ」


 微笑ほほえむエイラ。

 エイラも、芳佳がなおで気持ちのいい少女であることはよく分かっている。だから、サーニャが芳佳にやさしくしても、じやをする気にはなれないのだ。

 と、その時。


「あらあら。よいっぱりむすめが、野生のまめだぬきけ、ですか?」


 通りすがりに、ボソリとひとこと言ったのは、きんぱつへきがん、メガネ美少女のペリーヌ・クロステルマン中尉。

 ガリア出身の彼女は、坂本しようのことを姉のように、いや、それ以上に過激にしたっていて、坂本に目をかけられている芳佳のことをおもしろく思っていない。

 決して、しようが曲がっているとか、意地悪だとかいうことは……たぶんないのだが、芳佳にとっては理解しがたい存在だ。


「むうっ!」


 と、頰っぺたをふくらませてペリーヌをり返る芳佳。

 ……確かに、その表情は豆狸である。

 芳佳の使い魔──魔力を発動させるためにけいやくを結ぶ生物──は、豆狸ではなくまめしばなのだが……。


「豆狸に、タヌキ色の料理。サーニャさんもジョークがお分かりのようですこと。オ〜ッホッホッホ!」


 高笑いと共に去ってゆくペリーヌ。


「ツンツンメガネ〜ッ!」


 その背中に向かって、ベエ〜ッと舌を出すエイラ。


「あの……宮藤さん……これ、そんな意地悪じゃないから」


 ペリーヌに言い返せないサーニャは目をせて、ちょっとへこんだ様子になる。


「あ、うん。だいじようだよ、分かっているから」


 そんなサーニャに芳佳は笑みを見せ、ピロシキを手に取った。


「へえ〜! 中身、お肉なんだね!」


 一口かじって、その美味おいしさに目を丸くする芳佳。


「揚げまんじゆうみたいだから、あんこが入ってると思ったけど」


「あんこ?」


 と、サーニャ。


「ええとね、小豆あずきつぶして……」


「ええい! サーニャの作ったものに文句を言うヤツはこうだ!」


 とつぜん、エイラは芳佳の手にしたピロシキにパクリと食いついた。


「ああ! ひっどい! 食べかけなのに!」


「早く食べないのが、もぐもぐ、悪いんだぞ! こういうのはな、むひゃむひゃ、熱いうちが美味しいんだ!」


 っぺたいっぱいにピロシキをめ込んだエイラは至福の表情だ。


「でも!……間接キスになっちゃった」


 芳佳はくちびるとがらせた。


「き、気色の悪いこと言うなあああっ!」


 顔を真っ赤にしてき出しかけるエイラ。


「サーニャならともかく、どうして宮藤なんかと!」


「……サーニャちゃんなら……ともかく?」


「えっと、あの、それは……えええい!」


 宮藤の思わぬツッコミに、頰っぺたをムギュ〜ッと引っ張ってはんげきするエイラ。


「ひ、ひふぁいでふほ〜、へいらは〜ん!(い、痛いですよ〜、エイラさ〜ん!)」


 芳佳の頰っぺたは、扶桑名物のもちのようによくびる。

 と、そこに。


「ん?」


 芳佳よりおくれてから出てきた坂本が通りかかり、エイラたちの姿に気がついた。


「は〜、はかもほはん、はふへへふふぁは〜い!(あ〜、坂本さん、助けてくださ〜い!)」


 芳佳は坂本に助けを求める。


「楽しそうだな」


 どうやら、坂本の目には芳佳が喜んでいるように映ったようだ。


「で、何をしている?」


「ピロシキを……」


「へいははん……ぶはっ、エイラさんが間接キスを……」


「私が悪いんじゃないぞ〜」


 口々に説明しようとする芳佳たち。


「……さっぱり分からんが?」


 首をひねった坂本は、三人の顔ぶれを見てふと思いつく。


(そうか。宮藤の訓練、この二人に)


 この三人は、つい先日、夜中にしゆつぼつするネウロイに対処するため、夜間専従班としてチームを組み、見事、ネウロイを仕留めている。

 夜間飛行の訓練は、その時に少しやったきりだが、芳佳の飛行技術をみがくには最適かも知れない。


「?」


 ニヤリとする坂本を見て、首をかしげる三人。


「サーニャ、エイラ、お前たち、今晩、宮藤の訓練に付き合ってくれないか?」


「夜間……飛行ですか?」


 と、サーニャ。


「ああ。、夜間専従班の二人にたのみたい」


「あれってまだ続いてたのか〜?」


 エイラは額に手を当てた。


「こ、今晩ですか〜?」


 芳佳の顔もこわる。


「ああ、ネウロイのらいしゆう予定は明後日あさつてだ。今晩の方がいいだろう」


 善は急げ。

 思い立ったがきちじつ

 ということなのだろう。訓練はネウロイ戦の後に、という発想は坂本にはないようだ。


「頼むぞ、二人とも。なあに、夜間しようかい任務のついでに、少し足を延ばしてくれればいいだけだ」


 エイラとサーニャのかたに、気軽に手を置く坂本。


「これって……きよできないんだろうなあ?」


「ふふ」


 うんざりした顔のエイラを見て、思わずみをらすサーニャだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る