第三章 第四話


「終わったようだ。ウォーロックの勝利だ……」


 ネウロイの巣から、キラキラとすいしようのようなネウロイの欠片かけらが静かに海上に降りそそぐのを見て、坂本は小さく息をついた。


「でも……どうしてネウロイ同士が……」


 と、芳佳が疑問を口にする。


「ああ……」


 いちまつの不安を禁じえない坂本。


「確かにこうげきし合っていた」


「……帰ってきますわ」


 巣の下からもどってくるウォーロックの機体を見つめ、ペリーヌはつぶやいた。


「ネウロイと交戦していた機体がこちらに向かってきます」


『赤城』のブリッジでは、副長たるみやけいが報告していた。


「味方なのか?」


 ブリタニア軍司令部からは何の報告も受けていない機体である。

 すぎじゆんざぶろうかんちようまゆをひそめる。

 ウォーロックは超低空飛行で接近すると、りよううでを『赤城』に向け、ビームを放った。

 ビームは『赤城』をかすめ、水柱がその船体を大きくらす。


「ぬううう!」


 大混乱におちいる『赤城』のブリッジ・クルー。



「きゃあ!」


「くっ!」


 デッキにいた芳佳たちも、しようげきで海に投げ出されそうになる。


「ウォーロックが私たちを!?」


 ペリーヌは悲鳴に近い声を上げた。

 りゆうのようなほうこうを上げるウォーロックは、先ほどまでの無機質な銀色ではない。

 まるで、ネウロイのようなしつこくを帯びていた。



  * * *



 混乱に陥っていたのは、ウォーロック隊司令部も同じだった。


「空母赤城がウォーロック0号機の攻撃を受けています!!」


「何!」


 兵士の報告に顔色を変えるマロニー。


「ウォーロック制御不能!」


 コンソールの兵士も、助言を求めるようにマロニーをり返る。


「暴走しています!」


鹿な!」


 想定外の事態に、マロニーは言葉を失った。


「閣下、至急ウォーロックの停止を!」


 副官が進言する。


「ならん! 貴重な0号機だ! 今、停止すれば海中にぼつする」


「しかし、味方を攻撃する事態となっているのです! どうか、ご決断を!」


「……くっ! やむを得ん」


 扶桑の船など知ったことか!

 そう言いたくなるのをこらえ、マロニーはやむなく命令する。


「ウォーロック強制停止システム、どう準備!」


「稼働準備!」


 司令部はウォーロックをついらくさせる作業に入った。



  * * *



 一方、『赤城』もただ手をこまねいているだけではなかった。


「対空せんとう用意!」


「対空戦闘!」


 かんちようの命令のもと、集中ほうをウォーロックに浴びせる。

 だが、ウォーロックが張りめぐらせたシールドは、赤城の攻撃をことごとくね返した。

 ウィッチの機動性とシールド。

 ネウロイの強力なビーム兵器。

 その両方を兼ね備えたウォーロックに対し、通常兵器しか持たぬ空母はあまりにも無力であった。



  * * *



「ウォーロック強制停止システム、稼働!」


「強制停止!」


 司令部ではマロニーが停止システムを稼働させるレバーを引いていた。

 だが、反応はない。

 ウォーロックはほんのいつしゆんまったようにも見えたが、ぜん、『赤城』への攻撃を続けている。

 ビームが命中し、ばくはつする『赤城』。

 流れたビームはそのまま、司令部のある基地もかすめる。


「きゃああ!」


「うおっ!」


 衝撃に飛ばされそうになる『赤城』上の芳佳たち。


何故なぜだ!? 何故停止しない!?」


 げきしんわれた司令部でも、マロニーがぜつきようしていた。



  * * *



「司令部が!!」


 はいおくのバルクホルンからは、『赤城』もウォーロックも位置的に見えていなかったが、ビームで基地がえんじようするところはかくにんできた。


「あのビーム、どこから来たんだ!?」


 と、ハルトマン。


「……行きましょう!」


 ミーナたちは基地に急行することにした。



  * * *



げん後部デッキ、だん!」


「第2、第3高角ほう、大破!」


「格納庫後部より出火! 消火作業急げ!」


「機関室しんすい! かくへき閉めろ!」


 もはや『赤城』は航行不能におちいっていた。

 かんぱんめるように飛んだウォーロックのさらなるいちげき

 芳佳たちの後方で爆発。

『赤城』はゆっくりとかたむき始める。


「きゃあ!」


 ななめになった甲板をすべり始めるくるまを、必死になって止めようとするペリーヌ。


「くっ!」


「坂本さん!」


 芳佳がけ寄り、二人で坂本の車椅子を支える。


「手伝います!」


 だが、そこにまた爆発。


「きゃあああ!」


 飛び出す二組の尻尾しつぽと耳。

 芳佳とペリーヌはほう力を借りて、何とか車椅子を止めた。


「二人とも済まない」


 と、坂本。


「そ、そんなこと」


 二人は苦笑いし、同時に答えた。



  * * *



 一方。


「見ろ!」


「何だろう?」


 ソードフィッシュに乗ったシャーリーとルッキーニも、水平線の彼方かなたに上がるこくえんに気がついていた。


「行ってみるか?」


 ニッと笑うシャーリー。


「……へっ?」


「ヤッホ〜イ!」


 シャーリーは機体をギュ〜ンと急せんかいさせて、黒煙の方に向かう。


「うぎゃぎゃ〜っ!」


 ドーヴァーかいきように、ルッキーニの悲鳴がとどろいた。



  * * *



 また……。


「う、ううん」


「ん?」


 貨物列車の荷台の上で、エイラに寄りかかってねむっていたサーニャにとつぜん、耳と魔導針が出現した。


「あ……船が燃えてる」


 ごとのようにつぶやくサーニャ。


「船?」


 エイラはハッとして、海の方に目をやった。



  * * *



「あ、あれは!?」


 ロールスロイスの中から、リーネも水平線上のこくえんを発見していた。


「……り残されたことがおありのようですね、リーネ様?」


 運転手は静かにたずねる。


「あの……」


「奥様やご主人様は、次のきゆうまで待っていただきましょう」


「はい!」


 ロールスロイスはUターンすると、速度を上げた。



  * * *



「総員退たいかん! 総員退艦!」


 艦長の決断で退艦命令が発せられていた。

『赤城』のクルーは、きゆうめいていで我が家とも言うべき艦を後にする。


「この艦はしずみます! 私たちも早く!」


 ペリーヌは、考え込んでいる様子の坂本をうながした。


「そんな! 私たちに何かできることは……!?」


 と、芳佳。


鹿おっしゃい! ストライカーもない私たちに何が……っ!?」


 ペリーヌはそう言いかけてハッとなる。

 その上空を横切るウォーロック。


「……まだだ!」


 坂本は顔を上げた。


「え?」


「ペリーヌ、かたを貸してくれ」


 よろよろと立ち上がろうとする坂本。


「だ、です、しよう!」


 と、言いながらもペリーヌは坂本を支える。


「まだ手は残っている」


 坂本はさっきまで座っていたくるまり返った。


「ここに!」


 ジャキン!


「これは!」


 目を見張る芳佳。

 そう。

 車椅子の座席の下から出現したのは、坂本のストライカー、れいしき艦上せんとうきやく22型こうだった。

 こうした事態を予測した、とまでは言わないが、坂本は万一のことを考え、ペリーヌの手を借りて、車椅子の下部に自分のストライカーをかくしておいたのだ。


「ストライカーユニット!!」


えんぐんとうちやくするまで、私がしゆつげきして時間をかせぐ。その間に二人はなんしろ!」


「そんな! いやです、少佐!」


「私も行きます!」


「無理言うな。ストライカーはひとつしかないんだ」


 坂本は、泣きじゃくるペリーヌにしようを見せる。

 それは決死のかくを決めた者だけがかべることのできる、やさしいみだった。


「……坂本さん!」


「ん?」


「私が」


 私にできること。

 芳佳は決意を込めたひとみで坂本をえた。


「私が飛びます!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る