第三章 第二話


 ミーナ、バルクホルン、ハルトマンの三人は、基地をバスでっていた。

 ミーナとバルクホルンはちんつうおもちだが、ハルトマンひとりはアメ玉をしゃぶり、さながらピクニック気分だ。


「シャーリーから聞いたんだけどさ」


 ハルトマンは三個目のアメを口にほうり込みながら、バルクホルンに言った。


「カジノで有名なラスベガスって、だれもがおおもうけできるいい街なんだって。何しろ、1万ドルのポルシェで乗りつけた男たちが、み〜んな5万ドルのバスに乗って帰っていく……なんちって!」


「……」


「……」


「……って、あれ?」


 だいばくしよう、と思っていたのに、ミーナもバルクホルンも、反応がない。


「……」


「……」


 バルクホルンはうでみをしてうつむいたまま。

 ミーナは、誰から来たものだろう、絵葉書を取り出し、ながめている。


「……これだから、カールスラント軍人はユーモアのセンスがないって言われるんだよなあ」


 ぼやくハルトマン。


「失礼なことを言うな! 私でもユーモアぐらい解する!」


 バルクホルンは、ハルトマンの呟きに反論した。


「じゃあ、今のジョーク、どこが面白かった?」


「う……」


 正直、バルクホルンはジョークだとは気がついてなかった。


「高級自家用車でようようとベガスに乗り込んできた男が、全財産をカジノで巻き上げられて、その車さえ売る羽目になり、帰りには仕方なくバスを使うことになる、ということよ」


 絵葉書を見つめたまま、ミーナが解説する。


「さっすが、ミーナ!」


「でも、大して面白いジョークとは言えないわね。自家用車とバスの値段の落差がもっと大きいと、笑えるかも知れないけれど」


「……ぶちこわしだよ」


 ミーナもやっぱり、典型的なカールスラント人だと確信するハルトマンだった。



  * * *



 ウィッチたちを追い出すと、マロニーはすぐに基地をウォーロック対応のせつに変えていた。

 ストライカーユニットが納められた格納庫は、H鋼でふういんされ、出入り不可能に。

 かんせいとうには、ウォーロック担当のシステム・エンジニアが配置され、さいせんたんの電子機器が並べられている。

 一段高い位置に立つマロニーの背後には、きよだいモニター。

 これも、ストライクウィッチーズ時代にはなかったものだ。


(ふ、これだ。じよなどという化け物どものちようりようを許すことなく、とうそつの取れた、真のおとこたちが戦う軍隊。これが私の望んでいたものだ)


 満足そうなマロニー。


「閣下、ウィッチーズ全員が、当地よりはなれました」


 兵士の一人が、マロニーを見上げて報告する。


「うむ」


「すべて、順調です」


「どこが順調なものか」


 わきに立つ副官の言葉に、マロニーはわずかに顔をしかめた。


「まったく、想定外のタイミングだ。こちらの戦力はまだウォーロック一機しかない。表に出る時期ではなかったのだ」


「しかし、もうかくれている訳には……」


 と、副官。


「そうとも。元はと言えば、いまいましいあの扶桑のむすめ! あいつがネウロイとせつしよくするようなことさえなければ、こんな時期に我々が動く必要などなかったのだ!!」


「扶桑に帰してもよろしかったのですか?」


「軍を離れ、ストライカーを失ったウィッチーズなど、ただの小娘に過ぎん」


 悪意に顔をゆがませるマロニー。


おそれる必要など、ない!」



  * * *



「さらばブリタニア……ですわね」


 だいに遠ざかってゆく基地を眺めつつ、かんがい深げに呟いたペリーヌは、坂本や芳佳とともに、扶桑空母『赤城』のかんじようの人となっていた。


「ペリーヌ、悪かったな。わざわざ扶桑にまでつき合わせて」


 くるまを押してもらっている坂本は言った。


「あ、いえ! どうせ帰る国のない身ですので! 坂本しようのお役に立てるなら!」


 故郷ガリアはぜん、ネウロイの支配下。

 それに、自分たちを追い出した軍にこだわることは、貴族としてのほこりが許さない。


「……」


 坂本は微笑ほほえむと、手すりをにぎって背中を見せている芳佳に声をかける。


「済まなかったな、宮藤。わざわざブリタニアまでお前を連れてきて、こんな形で帰すことになるとは思わなかった」


「そんな、謝らないで下さい。本当言うと、こうやって帰ることや、ウィッチーズのみんなの役に立てなかったのは、とっても悲しいです……でも……」


 坂本をり返った芳佳は、もう一度基地の方に目をやった。


「私、あの基地にいたことは全然こうかいしていません。あそこであったこと、出会った人……私にとって、とても大切な時間でした……」


 もう泣くのはやめ。

 これから自分にできることを探そう。

 決意した芳佳の顔は、晴れやかだった。


「……そうか」


 ちょっと安心する坂本。


「……」


 ペリーヌも、そんな芳佳が今までもよりもちょっぴり、ほんの少しだけ、好ましく思えた。



  * * *



 ミーナたち三人は、ロンドンへ向かうバスを、小さなバス停で下車していた。


「やっとかんもなくなったわ」


 周囲にこうなどの姿がないことを魔法でかくにんすると、ミーナは尻尾しつぽと耳を引っ込めてほっと息をつく。


「このまま、カールスラントにもどって祖国だつかんのために戦った方が良かったかもな……」


 こしに手を当てたバルクホルンは、やれやれという感じでつぶやく。


「……」


「……え?」


 まじまじとバルクホルンをぎようする、ミーナとハルトマン。


「……な、何だ?」


 異様な気配に振り返るバルクホルン。


「トゥルーデが戻ろうって言い出したんじゃん」


 とうとうボケが来たか、思いながらハルトマンはてきした。


「いっ! それは、み、宮藤に……」


 たじろいだバルクホルンは視線をそらし、の鳴くような声で付け足す。


「借りがあるから……」


「そうだね、たっぷりとね」


 たっぷりを強調するハルトマンの横で、ミーナも微笑む。


「つ、つまりだ!」


 追いめられたバルクホルンは、いきなりカールスラント的演説口調になる。


「あいつを失意のままに帰してしまっていいのか!? カールスラント軍人が、そのようなことで……!!?」


 そんなバルクホルンのくちびるにミーナが人差し指をそっと押し当てる。


「はいはい、気持ちは十分よ。それに、宮藤さんの言ってたことも、気になってるの」


「ネウロイと友だちになるってやつか?」


 だんはボケ担当のハルトマン、ちょっとポイントがずれる。


「いいえ。ウォーロックがネウロイと接触してたって話」


 と、ミーナ。


「宮藤さんがあの話をした時のマロニー大将のあせりは、何か秘密があるんじゃないかしら?」


「報告義務はんでも出れば、こっちがめに回るきっかけになる」


 バルクホルンも、ミーナの言いたいことを理解した。


「そういうこと」


「ああ!」


 大きくうなずくバルクホルン。


「問題はここからどうやって……」


 と、ミーナが思案していると。


「ああっ!」


 ハルトマンがこちらに向かってやってくる一台のトラックに気がついた。


「そのトラック〜!」


 ハルトマンはウインクし、美少女のりよくでヒッチハイクしようとする。


「ハァ〜イ!」


 牛乳を積んだトラックは、つちぼこりを上げてハルトマンの横を通り過ぎていった。

 心なしか、ハルトマンの姿を認めたしゆんかん、スピードを上げたようにも……。


「こら〜! このセクシーギャルを無視すんな〜っ!」


 去ってゆくトラックに向かって、るハルトマン。


「……ああ」


 むなしいだけだった。


「とにかく、ここで待っていても仕方ないわ」


 ミーナは先ほどの絵葉書を取り出すと、表の風景写真をがした。

 すると、剝がしたあとに、何やら文章が。

 どうやら、絵葉書はうすい葉書に写真をり付けたものだったようだ。


「何だ、それは?」


 短い文面をのぞき込むバルクホルン。

 書かれていたのは、地名と数字。

 どうやら、どこかの住所のようだ。


「さあ、何でしょうね」


 ミーナはそうなぞめいたみをかべると、スタスタとどこかに向かって歩き始める。


「あ、待て! 説明しろ!」


「ねえ、ヒッチハイクは〜?」


 バルクホルンとハルトマンは、ミーナの後を追った。



 ミーナたちがはるばる歩いてやってきたのは、基地からそう遠くないがけの上にあるはいおく

 かつては農家だったのだろうか?

 ゆかには穴が開き、くずれたかべからは、基地がよく見える。


「気のいたものがあるな」


 バルクホルンは、そばの壁に立てかけてあったちやくだん観測用のペリスコープを基地の方に向けて設置し、ピントを合わせる。

 その間にミーナは床板の一枚をめくり、その裏にテープで留めてあった大形のふうとうを引きはがした。

 封筒の中身は書類。

 ミーナはそれにしんけんな表情で目を通す。


「それってさ……」


 わきから覗き込み、首をかしげるハルトマン。


「何?」


「私たちも、ただマロニー大将のちようりように手をこまねいていたわけじゃないのよ」


 ミーナは悪戯いたずらっぽい表情を浮かべた。

 これを見ると、本来ならウィッチ隊に回されるべき予算が、どこか他の場所に流れていることが分かる。


「……数字ばっかじゃん」


 中身を理解しようとする努力を、ハルトマンはゲンナリした顔でめた。


「私たち? ということは、坂本しようもか?」


 バルクホルンは書類を手に取ると、ピュウと小さく口笛をく。


「……しかし、よくこれだけのことが調べられたな?」


「確かに、スパイだらけの軍の中からだったら、難しかったでしょうね」


 と、ミーナ。


「でも、私だって、軍の外にお友だちぐらいいるのよ」


「お友だちねえ……」


(これでこそ、いつものミーナだ)


 かたをすくめながらも、バルクホルンは心の中で微笑ほほえんでいた。


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