インターミッション - みっちゃん・いんぽっしぶるⅡ


「にゃ〜」


 のどかな横須賀第四女子中学の午後。


「こら、静かにしないとでしょ? またおこられちゃうよ」


 みっちゃんはくちびるに人指し指を当てて、自分の制服のえりの間から顔をのぞかせるねこにささやいた。

 仔猫の名はべにそめ

 夏休みに入る前のこと。

 がけからびた枝の上で動けなくなっていたところを、芳佳が助けた猫である。

 それがいつの間にか、親猫の「すがね」ともども学校に居ついてしまい、今では学校こうにんの飼い猫状態になっているのだ。


「復習になりますが、ちよくせん和歌集というものは……」


 きようだんでは、国語の教師が和歌についての講義をしているが、みっちゃんの耳にはとどいていない。


「……芳佳ちゃんに会いたいのかな?」


「にゃ〜」


「うふふ、私も。……見て」


 みっちゃんはかなり勝手なかいしやくをすると、ふうとうを取り出して、中に入っていた写真をノートの上に置いた。


「芳佳ちゃん、ブリタニアで誕生日をむかえたの」


 写真には芳佳と、同じ日が誕生日のサーニャ、そして二人を祝う仲間たちとケーキが写っている。


「にゃ〜」


 紅染は首を伸ばすと、スナップ写真の、ちょうどペリーヌが写っているあたりの場所に鼻をこすりつけた。


「この人が気になるの、紅染ちゃん? この人はね、ガリアのウィッチのペリーヌ・クロステルマンちゆうつうしよう青の一番ブルー・プルミエ』。原隊は自由ガリア空軍第602飛行隊。使用ストライカー、クワドラ12Y‐89とうさいのVG39。主な使用武器、ブレン軽かんじゆうMk1。パ・ド・カレーの貴族のむすめで、身長152センチ。体重とスリーサイズは……」


 スラスラと部外秘に当たるデータまでが、口から出るみっちゃん。

 そう。

 実はみっちゃんは、自室のかべに、世界各国のウィッチに関する新聞記事の切りきやブロマイドをりまくり、ウィッチと名のつくグッズなら扶桑人形から切手まで、ありとあらゆるものを集めているウィッチマニアだったのだ。


「ええ、紅染ちゃん。芳佳ちゃんの手紙を読むと、クロステルマン中尉って、きっとさびしがり屋さんなのね。芳佳ちゃんにつらく当たるのって、くなったお父さんにおもかげを重ねてる坂本少佐を、取られちゃいそうだって感じてるからじゃないかなあ」


「みゃ〜」


「でも、ほんとはいい人だと思うよ。だって、こうやっていつしよに誕生日の記念写真に写ってくれてるもの。いつか、芳佳ちゃんとも仲良くなれるよ」


「にゃん」


 まるで、みっちゃんの言葉が分かったかのようにうなずく紅染は、芳佳とサーニャにはさまれたバースデーケーキに鼻を近づけ、においをいだ。


「写真のケーキは食べられないよ、紅染ちゃん」


 微笑ほほえむみっちゃん。


「でもこのケーキ、買ってきたものじゃないよね? だれが作ったのかなあ」


 みっちゃんのひとみは、芳佳の左で楽しそうに笑うリーネに向かう。


「……リネット・ビショップぐんそう。ブリタニア空軍第11せんとう機集団610戦闘機中隊所属。使用機種はスピットファイアMkIX。使用武器はボーイズMk1対そうこうライフル。えんきよこうげきのエキスパート。誕生日は6月11日。身長156センチ。母親とちようもウィッチというちよう一流の家系で、八人兄弟姉妹きようだいの真ん中。出身はロンドンで、父親はかなりゆうふくな大商人。引っ込み思案のうっかり屋さんだけど、本当はちょっとがん


 そう呟いてから、みっちゃんの表情は少し、寂しそうになった。


「芳佳ちゃんとも仲がいいみたいだし、ケーキを作ったの、リーネさんかな、やっぱり」


「うにゃん?」


「リーネさんって、おを作るの上手みたい。よく、芳佳ちゃんの手紙に書いてあるんだ。……いいなあ、胸も大きいし」


 自分の胸に視線を落としたみっちゃんは、ますます寂しそうになる。


「……私、三年前から水着、同じなのに」


「にゃ〜」


「牛乳とか、飲めばいいのかな?」


「にゃん」


「体操とか、した方がいいとか?」


「にゃ」


「今度、芳佳ちゃんにお返事を出す時、リーネさんにどうしたら大きくなるのか、それとなく聞いてもらおうかな?」


「にゃにゃん」


「あ、でもそんなことしたら、リーネさんにあきれられちゃうかも」


「にゃ〜」


「リーネさん、自分では胸が大きいの、気にしてるみたいだし……ぜいたくなやみだよねえ」


 みっちゃんはまゆをひそめ、考え込む。

 と、その時。


「……山川さん」


 ポンとみっちゃんのかたたたく手。


「はい?」


 り返ると、そこにはおこっているのか笑っているのか、みような表情をした教師の姿があった。


「また、私の授業を聞いていらっしゃらなかったようですね」


「………………はい」


「にゃ〜」


 みっちゃんは小さくなる。


「はい、これ」


 教師は水がたっぷり入ったバケツを二つ、みっちゃんに差し出した。


「……あううう」


 かくして、バケツを両手に、とぼとぼとろうに向かうみっちゃん。


「みゃ〜」


 紅染は、みっちゃんの胸をい上るようにしてえりもとから顔を出すと、その白いうなじをペロッとめた。


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