第二章 信じてほしい  ──または、後悔と決意

第二章 第一話


 重傷を負った坂本は、直ちに基地にはんそうされた。


「少佐! 坂本少佐!」


 手術室前、ストレッチャーに乗せられた坂本に、ペリーヌは必死で声をかけ続けるが反応はない。


「私が、私がついています! 返事をして下さい、坂本少佐!」


 わらにもすがる思いで芳佳を見上げるペリーヌ。


「宮藤さん!」


「くっ!」


 ここに運ばれるまで、ずっと芳佳はほうをかけ続けている。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 芳佳自身も限界ギリギリ。

 息がかなり上がっている。


「芳佳ちゃん、芳佳ちゃん!」


 見かねたリーネが坂本から芳佳を引き離す。


「さ、坂本さん……」


 それでも、治癒魔法をかけ続けようとする芳佳。


(坂本さん……坂本さん……坂本さん……坂本さん……坂本さん……坂本さん……)


 ふっと芳佳の意識が遠くなる。


「宮藤!」


 ずっと治癒魔法を使う芳佳を見守っていたバルクホルンが、たおれかけた身体を支える。


「芳佳ちゃん!」


 心配そうに見上げるリーネ。


「放して下さい! 放して!」


 バルクホルンのうでの中で、芳佳は身をよじった。

 と、そこに。


「落ち着きなさい、宮藤さん!!」


 りんとした声にり返る芳佳たち。

 そこには、基地のしよくたく医であるイアン・ロフティングとナースのウィステリア・ピースを連れた、ミーナの姿があった。


「ミーナ……」


 ロフティング医師とウィステリアは、ストレッチャーを押して手術室へ。


しよう!」


 ペリーヌは中まで追おうとするが、無情にも彼女の目の前でとびらは閉じられた。


「……」


 もう限界だった。

 魔法力の使い過ぎ。

 芳佳の視界はぼやけ、そして暗転する。


「宮藤!」


「芳佳ちゃん! だいじよう、芳佳ちゃん!? 芳佳ちゃん、芳佳ちゃん!」


 バルクホルンとリーネの声は、どこか、遠くからひびいてくるようだった。



  * * *



「……う、ううん」


 目を開けると、そこにはリーネの顔があった。


「大丈夫?」


 芳佳が意識を取りもどしたのを見て、微笑ほほえむリーネ。


「あ、あれ?」


 身体からだを起こすが、なまりのように重い。


「芳佳ちゃん、良かった」


「ここは……?」


 どうやら自分の部屋のようだ。


(さっきまで、私、手術室の前に……!)


「坂本さんは!? 坂本さんはどうなったの! リーネちゃん、教えて!!」


 芳佳はリーネのかたをつかんでたずねたが、無言のリーネの表情は、事態が決して好転していないことを物語っていた。



  * * *



 手術室の赤ランプが消えた。


「……あ」


 ペリーヌとともにベンチでずっと座って待っていたミーナは立ち上がり、開いた扉から姿を見せたロフティングに尋ねた。


「容態はどうですか?」


「まだ予断を許さない状態です」


「……!」


 ペリーヌはロフティングのわきをすりけるようにして、手術室にけ込んでいった。



  * * *



 夕暮れの病室には、無機質な心電計の音だけが響いていた。

 ペリーヌはずっと坂本に付きい、ベッドのかたわらで横顔を見つめている。

 かみを下ろし、眼帯を外した坂本は、まだあどけなさの残る少女である。

 カチャリ。

 扉の開く音。

 ペリーヌが顔を上げると、そこにはリーネと芳佳の姿があった。


「っ!」


 パチッ!

 ペリーヌは思わず芳佳に駆け寄り、そのほおに平手をう。


「あなたのせいよ!」


「……あ」


 いつしゆん、何が起きたか分からない表情の芳佳。


「何か言いなさいよ! 今までのうのうとていたんでしょ!」


「芳佳ちゃんはほう力を使い果たして……」


 リーネはけんめいに取り成そうとする。


「あなたはだまっていなさい!」


 ペリーヌは声を張り上げた。


「黙れません!」


 いつもなら押し切られるところだが、リーネは一歩も引かなかった。


「芳佳ちゃんは全力でりようしていたんです!」


「そんなの、当たり前です!」


「……」


 芳佳はるペリーヌの横をすり抜ける。


「ちょっ!」


「芳佳ちゃん!」


 り向くペリーヌとリーネ。


(坂本さん)


 芳佳はまわりのすべてが目に入らない様子で、再び魔法をかけ始めた。



  * * *



 同じころ、食堂にはシャーリーとルッキーニ、エイラとサーニャが集まっていた。


しよう、大丈夫かな〜?」


 と、めずらしくしんみような表情のルッキーニ。


「今は待つしかないな。ま、いいからこれを食え!」


 シャーリーはテーブルに、どんとかんを置いた。

 スパム。

 リベリオンと扶桑の一部とうしよ地域(のみ)で人気の加工肉製品のかんづめだ。


「うえ〜っ! またこれ〜!?」


 うんざり顔のルッキーニ。


ぜいたく言うな!」


「……でも」


 サーニャは心配そうにシャーリーを見る。


「芳佳ちゃん、命令はんしてだいじようなんでしょうか?」


「……あ」


 その横で、タロットカードを並べていたエイラが小さな声を上げた。


「どうしたの?」


「宮藤、うらなってた」


 よせばいいのに……。

 と、思うシャーリーとルッキーニ。


「何て出たの!?」


 サーニャは期待を込めた目でエイラを見る。


「……しにがみ


えんでもない」


 全員、ガックリとかたを落とした。



  * * *



 同じ頃、しつ室では。

 ミーナ、バルクホルン、ハルトマンの三人が今後の対応を検討していた。


「独断専行、命令違反、その結果上官を負傷させて、しかも敵を取りがすとは、重罪だな」


 重々しい表情で口火を切ったのはバルクホルン。


「え、もしかして、軍法会議でバーン!?」


 となりに立つハルトマンは指でじゆうの格好を作る。


「そこまで言ってない!」


「そうだよね〜。だったら、私なんて何度も死んでるよね〜」


 りちっ込むバルクホルンにそう返すハルトマン。

 だが、死という言葉にミーナはびんかんに反応し、表情をかたくした。


「エーリカ、もうちょっとしんけんにだな……」


「判断は坂本少佐が目覚めてからにします」


 さらに続けるバルクホルンをさえぎるようにミーナは言う。


「ほ〜い」


 と、なつとくしたのか、はたまた何も考えていないのか分からないハルトマン。


「甘いぞ、ミーナ」


 一方のバルクホルンはミーナに厳しい目を向ける。

 甘い、と言ったのは、厳しい処断を芳佳に下せ、という意味ではない。

 処分がおくれれば、その分司令部が、マロニー大将が口出ししてくる可能性が高くなることをてきしているのだ。


「……」


 だが、今のミーナには、自分が正しい判断を行なえる自信がない。


(隣に美緒がいないだけで、こんなにもろくなるものなの?)


 バルクホルンの視線をまともに見返すことのできないミーナだった。



  * * *



 夜になっても、芳佳は魔法を坂本にかけ続けていた。

 その様子を隣でペリーヌがもどかしそうに見つめている。


「芳佳ちゃん、しんぱくすうが!!」


 心電図をじっと見ていたリーネが異変に気がつき、芳佳たちに告げる。


「坂本さん!」


「少佐!」


 声をかける芳佳とペリーヌ。


「坂本さん!」


「しっかりして下さい!」


 だが、坂本はもんの表情をかべ、身体からだを小さくふるわせている。


「私、先生を呼んでくる!」


 病室を飛び出すリーネ。


「どうして……こんなに魔法をかけているのに……」


「神様……」


 ペリーヌにはいのることしかできない。


「こんな時、お母さん、おばあちゃんがいてくれたら……」


(やっぱり私はなんだ。だれの役にも立てない。誰も助けることなんかできない……)


 ポロポロとなみだがこぼれ落ちる。

 だが。


「あなたがやらないでどうするの!! お願い、しようを助けて! あなたにしかできないの!」


 そんな芳佳をきっとり返ったペリーヌがしつした。


「宮藤芳佳!」


「……私だけ?」


 ハッと顔を上げた芳佳はもう一度坂本を見る。


「……そうだ。私にしかできないんだ。私しか!」


「そうよ」


 ペリーヌはうなずいた。


「落ち着いて……集中して……」


 芳佳の治癒魔法の青い光が大きく、明るくかがやき始めた。



  * * *



「もうだいじようです。この子の魔法のおかげですよ」


 けつけたロフティング医師は、せき的な回復におどろきながらも、同じく容態の悪化を聞いて飛んできたミーナに告げた。

 安らかないきを立てている坂本のベッドの左右には、してねむる芳佳とペリーヌの姿がある。


「美緒」


「……」


 ミーナが声をかけると、坂本はうっすらと目を開いた。

 見つめ合う二人。


「……それでも、飛ぶのね?」


 ミーナの問いに、坂本はやさしげな視線で答える。

 長い夜が、明けようとしていた。



  * * *



「……ん」


 少しして。

 窓から差し込む明るいしに、芳佳は目を覚ました。

 目の前には、身体を起こして自分を見ている坂本が。


「あ……あ……さか……!」


「しっ……」


 と言われて、芳佳は自分の口を手でふさぐ。

 坂本が指さした先には、かたを寄せ合いベンチで眠る、ペリーヌとリーネの姿があった。


「良かった」


 坂本の様子を見て、思わずあんの表情になる芳佳。


「宮藤、顔色が悪いぞ」


 そんな芳佳を、坂本はからかう。


「え?」


「ふっ……ありがとう」


 二人はそのまま、朝日に輝く海を見る。


「……何故なぜたなかった?」


 坂本はたずねた。


「え?」


「あの時、何故お前はネウロイを撃たなかった?」


「……撃てなかったんです」


「人の形だからか?」


 坂本は芳佳の手をとり、ぐっと引き寄せた。


「あれはお前をさそい込むわなだ」


「でも、私、あの時……何か感じたんです」


(どう言ったら分かってもらえるんだろ?)


 あの時の感覚を上手うまく説明できないことが、芳佳にはもどかしい。


「ネウロイは敵だ」


 そう告げる坂本の表情は反論を許さないものだった。


「……」


 芳佳はペリーヌたちが目を覚ます前に病室を出た。


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