第二章 第二話


「宮藤ぐんそう。あなたは独断専行の上、上官命令を無視。これは重大な軍規はんです」


「はい」


 芳佳はバルクホルンとハルトマンにともなわれ、ミーナのしつ室にいた。


「この部隊におけるゆいいつの司法執行官として質問します。あなたは、軍法会議のかいさいを望みますか?」


 たんたんとした口調で進めるミーナ。


「……あ、あの」


「返答がないので、軍法会議の開催は望まないと判断しました」


 きようはく状の一件を考えれば、この事件もすでにマロニーの耳に入っていると考えてちがいないだろう。

 ことは芳佳の命にかかわる問題。

 ミーナは性急にならざるを得ない。


「……」


「今回の命令違反に対し、勤務、食事、衛生上やむを得ぬ場合を除き、明日から10日間の実質きんを命じます。異議は?」


「あの、私、ネウロイと……」


「改めて聞きます。異議は?」


「聞いて下さい!」


 芳佳にしてみれば、聞いて欲しいことがたくさんあった。

 あのネウロイとのい。

 こちらが撃たなかったら、ネウロイもこうげきしてこなかったこと。

 何かを伝えようとしていたのではないかということ。

 分かり合えるかもしれない可能性。

 だが。


「異議は!?」


 バンッ!

 クリップボードが机にたたきつけられた。

 ミーナの方も、芳佳を守るために必死なのだ。

 ただおたがい、気持ちがすれ違っていることに気がついていない。


「……ありません」


 芳佳は、そう答えるしかなかった。



  * * *



「芳佳ちゃん」


 執務室を出ると、リーネが待っていた。


「坂本しよう、もうだいじようだって」


「うん……」


「よかったね」


「うん」


「ん?」


 力なくうなずくだけの芳佳の顔をリーネはのぞき込む。


「そうだ! ね、芳佳ちゃん、お行こうよ! お風呂!」


「え?」


 とうとつである。


「ね!?」


 リーネは芳佳の手をとって浴場へと向かう。

 自室禁錮中ももちろん風呂はOKだ。


「ほら、早く、早く!」


「ちょ、ちょっと待ってえ〜っ!」


 いつもと違って積極的なリーネの姿にまどう芳佳だった。



  * * *



「来ました〜」


「あ、こっちこっち〜!」


 手をつないで浴場に姿を見せた芳佳とリーネを、ルッキーニは手招きした。


「なあ〜芳佳〜」


 実は。

 このお風呂パーティをかくしたのは、シャーリーだった。


(坂本少佐はあの状態だし、ミーナ中佐も今はいっぱいいっぱい。バルクホルンたいは宮藤が落ち込んでることに気がついているかもあやしいしなあ……)


 となると、芳佳のことを気にかけてやれるのは、自分だけだということになる。


(こういうのってさ、あたしの役回りじゃないんだけどなあ)


「自室禁錮だって!? それで済んでよかったなぁ〜!」


「ううう」


 シャーリーが芳佳の頭をかかえ込むと、ちょうど丸い胸が芳佳の目の前に来る。


「シャーリーなんか、5回も禁錮けいらってたもんね〜」


 と、ルッキーニ。


鹿言え! 4回だ、4回!」


 シャーリーは半ばムキになってていせいした。


「私ぃ、6回っ! わははははは!」


 ハルトマン、何やらまんげである。

 ハルトマンもバルクホルンも、シャーリーのこの計画を聞いて、ミーナのしつ室からダッシュでけつけていた。

 あまり急いだものだから、バルクホルンにいたっては、かみほどいていない。

 さり気なさをよそおうのも、たいした苦労である。


「あははははは!」


 ハルトマンにつられて笑う、ルッキーニとリーネ。


「……みんな聞いて!」


 とつぜん、芳佳は湯船の中で立ち上がった。


「あの、私、ネウロイに今までとちがう何かを感じたの。もしかして、ネウロイと戦わずに済む方法があるのかも!」


「何を馬鹿なことを!」


 め寄ったのはバルクホルンだ。


「芳佳ちゃん!」


 リーネが制止しようとするが、芳佳は聞かない。


「でも、あの時はネウロイと分かり合えて」


「今までやつらが何をしてきたのか知っているのか? 人にあだなすことばかりだ。お前はネウロイの味方なのか!!」


「今回のネウロイは、ほかと違います!」


 さらに食ってかかる芳佳。


「貴様は違いが分かるほど戦ったのか!?」


「……」


 ネウロイとの意思つうの可能性。

 それはこの戦争の意義をるがす大問題である。

 バルクホルンと違い、芳佳にはそこまでのにんしきはない。

 ただ、直感に忠実なだけ。

 しかし、直感が往々にして転機や変革をもたらすことは、歴史が証明している。


「……ニャハハハハ!」


 二人の間のきんちようぐように笑うハルトマン。


「人型が出たのは聞いたけど、だからってなぁ〜」


「カウハバ基地のことか? しょせんうわさじゃん」


 サーニャの髪を洗ってやっていたエイラが口をはさむ。


「……でも、この間のうたうネウロイは?」


 と、サーニャ。


「それがわなだったじゃないか〜!!」


 エイラは反論する。


「……」


 サーニャ、ちょっとへこむ。

 芳佳もだまり込んでしまう。

 と、その時。


「っ!」


 つつつ〜っ。

 細い指が、芳佳の背筋をった。


「芳佳〜、元気出せよ〜、うりゃ!」


 続いて、左右のおしりをギュッとつかまれるかんしよく


「きゃああああ!」


 犯人はルッキーニである。


「ダブルボンバー!」


 ルッキーニはさらに背中から手を回し、芳佳の胸に手をかけた。

 ムニムニッともうとするが、いかんせん、あれである。


「やめて〜っ!」


「ルッキーニちゃん!!」


 リーネも止めようとするが、手を出すに出せない。


「少しは育ったか?」


 声をかけるエイラ。


「……ない」


 そのエイラの胸と自分の胸を比べ、サーニャはへこむ。


「やっぱりもの足んな〜い!」


 残念そうなルッキーニが視線をめぐらせると、そこには格好の美乳が。

 持ち主はリーネである。


「な、なあに、ルッキーニちゃん?」


 いやな予感。


「にや〜り!」


 危険な色にかがやくルッキーニのひとみ


「いやあ〜!」


「ニャヒャヒャヒャ!」


 ルッキーニが飛びつこうとするのと、リーネがげ出したのはほぼ同時だった。


「ああ〜!」


「ウリャリャリャリャリャ!」


 よくそうの中でたちまち始まる追いかけっこ。

 だが、すぐにルッキーニの目は、さらに大物の胸、シャーリーの美きよにゆうに移る。


「にゃ〜ん、やっぱ、これだよね〜」


 自分の頭ほどもあるシャーリーの胸にほおをすり寄せるルッキーニ。

 シャーリーもなれたもので、ルッキーニの頭をでてやる。


「楽しいのかなあ〜」


 そんな二人の様子を見て、ハルトマンの中に疑問が生まれる。


鹿なだけだ」


 頭痛を覚えるバルクホルン。


「うりゃ!」


 ハルトマンは、ためしにバルクホルンの胸を揉んでみることにした。


「うぎゃ!」


 いきなりのきようこうに、バルクホルンは飛び上がらんばかりにおどろく。


「な、何てことするんだ!」


「トゥルーデって、結構あるよね……」


 心地ここちよい重みとおもしろい反応を楽しむハルトマン。


「こ、こ、こんなもの、戦いに関係ない!!」


「こんなものって……」


「はははははっ!」


 大笑いする一同。


(……みんな、私のことをづかってくれて)


 自然とがおが伝染する芳佳だが、ふっと頭をあのネウロイのことがぎる。


(……私が感じたことは、ちがってないと思う)


 このままではいけないという気持ちが、芳佳の中でだいに大きくなっていた。



  * * *



(私は……何をやっているの? こんなこと……美緒が一番望まないことじゃない!)


 しつ室でひとりになると、ミーナの中にこうかいが生まれていた。


(宮藤さんを傷つけた。美緒の代わりに、私が守ってあげなくてはいけないのに)


 初戦果を上げた後に、自分の実力を過大評価して痛い目を見る。

 起こった事実だけを見れば、それだけのこと。

 ほとんどのウィッチが辿たどる道だ。

 501の面々も、程度の差こそあれ、みんなそうした失敗は経験している。

 しかし、その失敗で今回負傷したのは坂本。

 そのことが、ミーナからごろの冷静さをうばってしまっていたことは否定できない。

 やむを得ない処置ではあったことは、確かである。

 隊内処理ならば、芳佳の経歴にきずはつかない。

 それに、事が大きくなり、軍法会議ということになれば、日頃からウィッチを快く思っていないマロニー空軍大将の息がかかった法務士官が送り込まれてくる可能性が高い。

 そうなれば、良くて本国そうかん

 最悪の場合、けいもあり得たのだ。

 それでも。

 坂本がその場にいれば、もっと軽いしよばつで済ませたことだろう。

 芳佳の言葉にまず耳をかたむけ、それから、厳重注意程度にとどめていたはずだ。

 自室きんでは、他の隊員がなぐさめてやる時間さえ限られ、芳佳を追いめてしまうかも知れない。


(美緒……あなたの存在はこんなに大きかったのよ)


 今回のせい者は二人。

 坂本と芳佳。

 そして、その芳佳を傷つけたのは、ほかならぬ自分なのだ。


(私はまた……だれも守ることができなかった)


「こんな私が……隊長なんて……」


 ミーナは自分も芳佳と同じように傷ついていることに、気がついていなかった。



  * * *



 外はいつの間にか雨。


「いいな、宮藤軍曹。必要な時以外は外出禁止だ」


 じようしながら、バルクホルンはとびらの外から声をかけた。

 浴場でのひと時の後。

 芳佳には禁錮が待っていた。


(どうして誰も……信じてくれないの)


 ひとりポツンとベッドの上、ひざかかえる芳佳は考える。


(あれは間違い……。ううん、違う……よね……?)


 ゴロリと横になると、見えるのは暗いてんじようだけ。


「……私……どうしたらいいんだろう?」


 今のままじゃ、結局、みんなをなつとくさせられない。


 ……あのネウロイ。


 芳佳は思い出す。

 いつしよに楽しそうに空をい、自分の弱点であるはずのコアをさらして見せたネウロイのことを。


「やっぱり……やっぱり、確かめたい」


 芳佳は決意した。


 もう一度、あのネウロイと会い、目的を確かめる。

 それしか方法を思いつかなかった。



  * * *



 一方。


「大体、しようはあの子に甘すぎるんです」


 坂本の病室では、ペリーヌがとうとうと弁じていた。


「今まで世界を守ろうと戦ってきたのは私たちです。なのに、あの子ったら、とつぜんやってきて、少佐にまでさせて」


 坂本は少しばかりあきれた表情だ。


「少佐が無事だったから良かったものの……」


 ペリーヌはベッドの周囲を歩きながら続ける。


「確かにあの子は少佐のためにがんりました。全力で魔法を使って。でも」


「ペリーヌ」


 だいに泣き声になってゆくペリーヌを坂本は制した。


「はい」


 おこられると思い、シュンとなってベッドのかたわらにひざまずくペリーヌ。


 その頭を坂本はそっとでる。


「え?」


「ペリーヌも付きっ切りで看病してくれたそうだな」


 ペリーヌが見上げると、ウィッチーズ隊の少佐でも、戦う扶桑撫子なでしこでもなく、眼帯を外し、かみを下ろした、ただの坂本美緒のがおがそこにはあった。


「本当に感謝している」


「少佐……」


「ありがとう」



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