第一章 第四話


「グリッド東23地区。単機よ。ロンドンに向かうコースを……」


ちゆう! ペリーヌです』


 しゆつげきする各員にかんせいとうから指示を出していたミーナの元に、ペリーヌからの通信が入った。


『私と宮藤さんは、その、訓練で飛んでいたところです。このまま先行して……』


「何ですって!? そんな予定は聞いていないわよ。……はっ!」


 きつもんしようとするミーナの背後で、坂本がエレベーターへと向かう。


「あなたたちはそこで待機していなさい。いいわね!」


 取りえずの指示を出し、ミーナは坂本を追った。


「美緒!」



  * * *



「ペリーヌさん!」


「聞いての通りよ。みんなが来るまでここに……」


 管制塔との通信を終えたペリーヌは芳佳に告げる。

 だが。


「私、先に行ってます!」


 芳佳は速度を上げた。


「へっ!」


「ここで待ってたらげられちゃいます!」


「ちょっと! 命令はんよ! もどりなさい!」


「心配しないで下さい! 私にだって、足止めぐらいはできますから!」


「ちょっ、調子に乗るのもいい加減にしなさい! こら〜っ!」


 とどまるべきか、追うべきか?

 しゆんじゆんしている間に、芳佳の姿ははるか遠くなっていた。



  * * *



「美緒!」


 ミーナがエレベーターの前で追いつくと、坂本はゆっくりと振り返った。


「……」


「やっぱり飛ぶのね?」


 ミーナはたずねた。


「見たのよ。この前の戦いの時、あなたのシールドは機能していなかった」


「自分でも気づいている」


 坂本はしようかべる。


「私ももう二十歳はたちだ。魔法力のピークはとっくに過ぎた。ごろの訓練もウィッチの宿命からはのがれられなかったようだ」


「だったら何故なぜ?」


「私の戦士としての寿じゆみようは限界をむかえている。だが、それでも私は飛ばなくてはならないんだ」


「宮藤さんのこと? でも、あの子だって直に一人前になるわ。あなたはもう十分……」


「私はあいつがもっと……もっと高く飛べると信じている。そしていつか、みんなの後ろではなく、前を飛ぶあいつの姿を見てみたいんだ」


 そう。

 私が飛び続けるのは、宮藤芳佳がいつか自分をえたウィッチになると信じているから。

 それだけのことなのだ。


「心配するな。それを見とどけるまで、私は……」


「美緒」


 エレベーターのとびらが、微笑ほほえむ坂本の背中で静かに開いた。



  * * *



「どこだろう? だいぶ、近づいてるはずなんだけど……」


 芳佳はグリッド東23地区にとうたつしていた。

 ネウロイらしいえいは周囲にはない。

 もう少し高度を上げてみようか、と思ったその時だった。


「見つけた!」


 水平線上に赤い光。


「あれ?」


 近づいていった芳佳は、雲の上をゆくネウロイの姿にかすかな違和感を覚えた。

 全長1mほど。

 今まで見た中で最小の機体だ。


「……ちっさいけど、ネウロイにはちがいないよね。これなら、私ひとりでもやっつけられるかも……」


 と、思ったしゆんかんだった。


「あっ!」


 ネウロイは芳佳をり切るように速度を上げたかと思うと、追いすがろうとした芳佳とのきよを一気にめ、まわりをグルグル回り始めたのだ。


「!?」


 まどう芳佳は、それでも機関銃のトリガーを引こうとしたが……。

 カチリ!

 カチ、カチ!


「!」


 銃弾は発射されない。


「あ! 安全装置が!」


 芳佳の銃は、ペリーヌとのけつとうの時のまま、セーフティを解除していなかった。

 急いで安全装置を切りえる芳佳。


「よし!」


 その間、ネウロイからのこうげきがなかったことに気がつくゆうはない。

 やっと臨戦態勢に入り、ネウロイの姿を探すと。


「!」


 ネウロイは芳佳のすぐ真横を並ぶように飛んでいた。


「え〜!?」


 それも、芳佳とそっくりの、人間の形をとって。


「ネウロイが……人の形に……!?」



  * * *



「では、宮藤はひとりで向かったんだな」


 シャーリーやバルクホルンたちとともにペリーヌと合流した坂本は、けいかくにんすると、厳しい表情になった。


「すみません。元はといえば私が……」


 と、ペリーヌ。


「その件はネウロイを落としてからだ」


「はい」


「余計な気を起こすんじゃないぞ、宮藤」


 坂本はそう念じながら、急ぎ、宮藤の後を追った。



  * * *



(この前戦ったネウロイは、サーニャちゃんの歌をうたってた……。もしかしたら、私たちの真似まねをしてるの?)


 人型のネウロイとたいしながら、芳佳は考えていた。


(もしかしたら……)


 もしかしたら、ネウロイと私たちって、そんなに違わないんじゃ?


(もし)


 もしそうなら、分かり合えるんじゃ?


(そうだとしたら)


 そうだとしたら、戦いは……なくなる。


「!」


 しつこくの人型ネウロイはダンスをおどるように、芳佳のまわりを回る。


「……まるでウィッチみたい」


 ネウロイは両手を広げたまま、す〜っと芳佳との距離を縮めようとする。


「えっ? ちょっ! ちょっと待って〜っ!」


 あわてて両手を前に出し、目を閉じる芳佳。


「……あれ?」


 ネウロイは1、2mほどの間をとって、停止した。


「あの……初めまして。あなたはだれなの? ……って、ネウロイだよね。それは分かってるんだけど」


 へいこうして飛びながら、芳佳はネウロイに話しかける。

 自分が何をしているのか?

 何をしたいのか?

 芳佳には分からなかった。



  * * *



「宮藤さんがネウロイとせつしよくしたのはちがいないわ」


 かんせいとうのミーナは、サーニャのどうしんの探査の結果を坂本たちに伝えていた。


「でも、そこから先はサーニャさんにも分からないって」


「すみません」


 申し訳なさそうな顔のサーニャ。


「あいつ、まさかつかまったんじゃ!?」


 と、エイラ。

 二人ともまだきで下着姿である。



「どういうことだ? はなれるようには言えないのか!?」


 芳佳とネウロイがいる場所を目指しながら、そううつたえる坂本の声にあせりがにじむ。


「こっちから呼びかけているが、通じないんだ」


『こちらも。ネウロイが何か、ジャミングのようなものをけているのかも』


「宮藤……」


 もし、今朝、芳佳をめたことが、独断専行させる結果を招いたのだとしたら……。

 坂本の胸に苦いこうかいが芽生え始めていた。



  * * *



「あ……」


 芳佳が手をばすと、人型ネウロイはすっと退いた。


「え?」


 鏡像のようにふるったり、じゃれるように周囲をめぐったり。

 ネウロイの行動に敵意は感じられない。


「もしかして、私のこと、からかってるの?」


 芳佳はネウロイにれようと追いかける。


「ねえ、待ってよお! ねえってば!」


 もう少し。

 もう少しで何かが分かりそう。


「えい、やっ! ほら!」


 こんなに楽しそうに、二人で飛べるなんて。

 敵であるはずの、ネウロイと。


「それっ!」


 自然と顔がほころぶ芳佳。


「あははははっ!」


 表情が読み取れる訳ではないが、ネウロイも楽しんでいるように芳佳には思えた。


「!」


 楽しんで……いる?

 芳佳はハッと思い出す。


「何で、私、笑ってるの?」


 目の前にいるのは……そう、敵のはずなのだ。


「ねえ」


 芳佳は呼びかけた。


「あなたたちは、本当に私たちの敵なの?」


 言葉は返ってこない。

 だが、ネウロイは自分の胸の部分を開き、芳佳に見せた。

 そこには、コアが赤くかがやいていた。



  * * *



「まだ追いつかないのか、ミーナ!?」


 坂本たちはすでにグリッド東23地区にとうたつしていたが、芳佳の姿は発見できていなかった。


『それが……ネウロイはガリア方面に引き返しているわ。巣にもどるつもりじゃ……』


やつら、まさか宮藤にわなを?」


 そうつぶやいたまさにその時。

 坂本ははるか前方に芳佳の気配を感じた。

 がんを使い神経を集中すると、見えてきたのはフワリとう二人のウィッチ。


「宮藤のほかにウィッチがもうひとりいる。……いや、コアが見える。あれはネウロイだ!」


 坂本はバルクホルンたちに指示を出すのも忘れ、単機先行した。



 芳佳は手を伸ばし、コアに触れようとしていた。


(あなたは私に何を見せようとしてるの?)


 心の中で、芳佳は問いかける。

 芳佳は今、大きななぞの答えに触れようとしているように感じていた。

 だが。


『何をしてる、宮藤っ!』


 インカムに飛び込んでくる声。

 芳佳がハッとしてり返ると、こちらに向かって全速力でっ込んでくる坂本の姿が見えた。


「あ、坂本さん!?」


て!」


 坂本はさけぶ。


「撃つんだ、宮藤〜っ!」


ちがうんです、このネウロイは!」


 何とか説明しようとする芳佳。


「何してる!? いいから撃て!」


 ここまでの経過を知らない坂本は聞く耳を持たない。


です! 待って下さい!」


 ネウロイを背に、芳佳は両手を広げて坂本を制止しようとする。


まどわされるな! そいつは人じゃない!」


「違うんです、そんなことじゃ!」


「撃たぬなら、退け!」


 99式2号2型改を構える坂本。

 人型ネウロイはコアを体内に戻すと、まるで芳佳を巻き込むことをけるように、ふっとじようしようした。


「おのれ!」


 坂本のかんじゆうから、12・7mm×99だんが連射される。

 りよううでからビームを放ってはんげきするネウロイ。

 そして。

 ようやくバルクホルンたちが追いついたその時に、それは起こった。



「あっ!」


 坂本の張ったシールドを、赤いビームがかんつうした。

 ビームは機関銃の弾倉をとらえ、ゆうばくを引き起こす。

 ドウッ!

 こくえんを上げるストライカーが、落ちてゆく坂本の身体からだからはなれてゆく。

 ついらくする坂本を、芳佳とペリーヌが追う。


「坂本さん!」


しよう!」



「どうしたの!? 何が起きたの!?」


 きんぱくした現場の声に、基地かんせいとうのミーナは問いただす。


『少佐が……ネウロイに撃たれて……』


『シールドは張ったのに……まさか!?』


 リーネとバルクホルンが、信じられないといった声で答えた。


「!」


 ギュッと閉じられたミーナの目からなみだあふれ、ほおを流れ落ちる。


「バルクホルンたい……ネウロイを追いなさい」


『しかし、少佐が……』


「追って! 命令よ!」


 ミーナはぜつきようした。


『あ、ああ。……分かった!』


「……」


(私のせいよ。私が……)


 自責の念が胸をめ付ける。


「ミーナ中佐」


 サーニャがそっと声をかけるが、ミーナの耳にはとどかない。


「美緒……」


 そのか細いかたで、ずっと重責をになってきたミーナ。

 だが今は、子供のように泣きじゃくることしかできなかった。


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