第一章 第三話


 そのころ、扉一枚向こうでは。


「あの……お話って?」


 芳佳はさっき別れたばかりの坂本の訪問に、ほんの少しまどいを覚えていた。


「ん。楽にしろ、自分の部屋だろ?」


 ミーナとの一件からあまり調子の出ない坂本は、楽にしろと言いながらもめずらしく自分の方が心地ごこちが悪そうだ。


「はい」


 それでも、言われた通りにする芳佳。


「んんっん……よくやった!」


 せきばらいをしてから、坂本は告げる。


「は?」


「昨日の戦いだ。初戦果だったろ?」


 あまりめるのは得意でないことは、自分でもよく分かっている。


(やれやれ、こういうことはミーナの方が上手うまいな)


 坂本は自分の不器用さに、内心あきれる。


「あ」


 芳佳はようやく、誉められたのだということに気がついた。


「はい!」


 パッと顔をかがやかせる芳佳。


「でも、これもみんな、坂本さんがきたえてくれたおかげです。これからもいっぱい、いろんなこと教えて下さい! よろしくお願いします!」


「あ、ああ」


 なおにおされて、少し反応にまごつく坂本。

 しかし。


(……そうだな、こういうやつだ)


 真っぐな言葉には、真っ直ぐ反応する。

 それが、自分の知ってる宮藤ではないか?

 ついさっきまで頭の中でモヤモヤしていたものが、一瞬でき飛んだような感じを坂本は覚える。


「あっはははははは!」


 ほんの一言、感じたことを伝えるだけ。

 たったそれだけのことに、構えてしまっていた自分が実におろかに思えてきて、坂本は大笑いした。


「よく言ったぞ、宮藤! 確かにお前はまだまだしりの青いヒヨッコだ。初戦果など序の口に過ぎん。これからはよりいっそうビシビシしごいてやらねばならんな!」


 ビシビシ。

 しごく。

 芳佳の表情がズ〜ンと暗くなる。


「そうだ! では、さっそく明日から訓練メニューを三倍に増やそう!」


「うえ〜!」


「何だ、その顔は?」


「い、いえ、がんります!」


「そうだ! それでこそ、扶桑の撫子なでしこだ! ははははは!」



「……な、なんてうらやましい」


 扉に耳をピッタリくっつけ、ぬすみ聞きをしていたペリーヌはしつに身をがしていた。


「あの〜?」


 そのペリーヌの背中で、何か、じやしちゃ悪いな〜という感じの声。


「ひっ!」


 あせったペリーヌが扉で身体からだを支える姿勢でり返ると、そこにはリーネの姿があった。


「ど、ど、ど、どういたしましたの、リーネさん?」


 と、その時。

 カチャ。

 折しく、とびらが坂本の手によって開かれた。


「!」


 扉に体重をかけていたペリーヌは、そのまま芳佳の部屋の中にたおれ込みそうになり、無理に体勢を立て直そうとしたものだから……。

 ベチャ!

 もろに顔をゆかに打ちつけた。


「ペリーヌ、リーネ?」


「お前たち何やってんだ?」


「えっと、あの……ペリーヌさんが」


「がるるるっ!」


「ひっ!」


 説明しようとしたところをペリーヌにうなられ、身をすくませるリーネ。


「わ、どうしたの、ペリーヌさん? おでこ、真っ赤だよ?」


 芳佳は熱を見ようとペリーヌの額に手を当てた。


「! な、何なさいまして! 何でもありませんわ!」


 額どころか、ペリーヌの顔全体が真っ赤になる。


「ちょっと熱っぽくない?」


「ほ、ほ、ほっといてちょうだい!」


「さあさあ、訓練の時間だぞ、お前たち」


 坂本はパンパンと手を打ち鳴らした。


「そうだ! それで芳佳ちゃんを呼びに来たんだったっけ」


 ハッと思い出すリーネ。


「……ならさっさと準備にかかれ!」


「はい!」


 せいを飛ばされた三人は、だつのごとくハンガーに向かった。



  * * *



 ……で、訓練開始。

 今日はペリーヌと芳佳、ルッキーニとシャーリーがロッテ、2機編隊を組んでの戦である。

 ジャッジはリーネ。

 緑きゆうりようたいを飛行しながら、まだ息の合っていないペリーヌ・宮藤組はたちまち背後につかれる。


「宮藤さん、後ろを取られてましてよ!」


「う、うん!」


 左右に入れわりながら振り切ろうとする芳佳とペリーヌ。


「にっひひっ〜ん、いっただき〜っ!」


 ルッキーニはほくそみ、模擬戦用のペイントだんを込めたじゆうの照準を芳佳に合わせる。

 だが。


「!?」


 いつしゆん後。

 芳佳の身体が視界から消えた。

 せんかいしつつじようしようした芳佳は、シャーリー・ルッキーニ組の背後に回り込むとトリガーをしぼる。


「あのわざは!!」


 おどろくペリーヌ。

 ペイント弾がシャーリーとルッキーニのストライカーを赤く染めた。


「ああ〜ん!」


「うおっ!」


 してやられた、という表情の二人。

 ピピーッ!

 青空にリーネのホイッスルが鳴りひびく。


「ペリーヌ・宮藤ペアの勝ち!」


 リーネは宣言した。


「すごいよ、芳佳ちゃん!」


「やられた〜!」


 くやしがるルッキーニ。


「おっかし〜な。絶対、後ろについてたはずだったのに〜」


「だいぶ成長したなあ、宮藤」


 接近してきたシャーリーは賞賛をかくさない。


「え、そうですか?」


 と、芳佳が表情をくずしかけたその時。


「どれどれ〜?」


「ひゃあ!」


「どれどれ〜?」


 背後からしのび寄ったルッキーニが芳佳の限りなくへいたんな胸をみしだいた。


「な、何するの〜っ!?」


 何するも何も、胸を揉んでいるのである。


「ざんね〜ん! こっちはちっとも変わりな〜し!」


 ルッキーニはジャッジを下す。


「ん、見りゃ分かる」


 この判定には、シャーリーも不服はない。


「も〜! こら〜っ!」


「でも、うでを上げたのは確かだ」


 シャーリーは微笑ほほえみかける。


「本当ですか!?」


「うん! でも高々度だったら、こうはいかなかったけどね〜! にひひひ!」


「私たち、案外いいペアなのかも知れないね」


 少しはなれた位置を飛ぶペリーヌをり返る芳佳。


「ごじようだんを! まっぴらごめんこうむりますわ!」


 ペリーヌはプイッと横を向いた。



  * * *



「すごいね、芳佳ちゃん。この前入隊したばっかりなのに、もう一人前のウィッチみたい」


 訓練後の浴場で。

 シャワーを浴びるリーネは、芳佳に話しかけていた。


「へへ、そうかな」


 芳佳もまんざらではない表情だ。


「でも、バルクホルンさんにはまだまだだ〜って言われちゃいそう」


「私なんて、もっとまだまだだよ」


 びをしたリーネの豊満な胸が大きくれた。


「うらやましいな〜」


「わ、私はリーネちゃんのこと、すごいと思うけどなあ」


「え〜? どこが?」


「どこがって……」


 芳佳の視線は、犯罪的なリーネのきよにゆうに向かう。

 空戦技術はともかく、こちらの方は数万年かけてもシャーリーとリーネに追いつきそうになかった。


「宮藤さん、いつの間にあんな大技、覚えたんですの?」


 さっぱりした顔でから上がると、そこには下着姿のペリーヌが待っていた。


「あれ? ペリーヌさん、いたんですか?」


 悪気はないのだが、芳佳、結構失礼である。


「ずっといましてよ! 左ひねり込みは坂本しようの得意わざですのに、何故なぜ、あなたが!?」


 ペリーヌのかたは、ワナワナとふるえる。


「え? 私はただ、見ててこんな感じかなって……」


うそおっしゃい! あんな高等テクニック、見よう見まねでできたら苦労しませんわ! ないしよで坂本少佐に教えてもらったんでしょう! きようですわよ!」


「そんな! 噓なんか言ってません!」


「あくまでしらばっくれますのね。いい度胸ですこと」


 開き直るのか、この悪党め、とでも言いたげな顔。


「そんなこと言われても」


「宮藤さん!」


「は、はい」


「私、あなたにけつとうを申し込みましてよ!」


 ペリーヌはビシッと指をきつける。


「け、決闘〜っ!!」


 芳佳の目は、どんぐりよりも丸くなった。



  * * *



 そのころ


「悪いが、中身は勝手に見させてもらった」


 バルクホルンはハルトマンを連れて、ミーナのしつ室をおとずれていた。

 机の上に置いたのは、あの、なぞの手紙である。


「『深入りは禁物。これ以上知りすぎるな』。これはどういうことだ?」


「興味あるね」


 うんうんとうなずくハルトマン。


「やましいことなど、何もしていない。だろ、ミーナ?」


 心ここにあらず、といった様子のミーナに代わって、坂本が答える。


「え? ……ええ」


 ミーナはにゆうな笑顔を作った。


「そうよ。私たちはただ、ネウロイのことを調べていただけで」


「それでどうしてこんなものが届く!?」


 バルクホルンはいらたしげに身を乗り出す。


「差出人に、心当たりは?」


 頭の後ろでうでを組んだハルトマンはたずねた。


「ありすぎて困るくらいだ」


 と、坂本。


「そうね。私たちのことをうとましく思う連中は、軍の中にいくらでもいる

はずだから……」


 ふと、ミーナは困った表情になる。


「が、こんな品のない真似まねをするやつの見当はつく」


 坂本は答えた。


「おそらく、あの男は、この戦いのかくしんれる何かをすでににぎっている。私たちはそれに触れたんだろう」


「あの男って?」


 バルクホルンは坂本を見る。


「トレヴァー・マロニー……。空軍大将さ」



  * * *



「そっちじゃなくてよ」


 戦用のじゆうに手をばした芳佳に、ペリーヌは声をかけた。


「でも、それは」


 すでにストライカーを身につけたペリーヌの発進ユニットから出てきたのは、本物の、もちろん、じつだんの発射が可能なものだ。


「私たち、これから決闘するんですのよ」


「そんな……私、いやです! 本物の銃を人に向けるなんて」


「まさか。本当につはずありませんでしょ?」


 ペリーヌは鹿にするような表情で芳佳を見る。


「気分ですわよ、気分」


 ほこり高いガリア貴族のペリーヌにとって、これはただ、おのれのプライドのみをけた決闘である。

 芳佳を傷つける心算はない。

 そもそも、そんなことをしたら、坂本にきらわれるではないか?


「だからって嫌です。私、そんなことをするためにウィッチーズに入ったんじゃありません」


 芳佳はムキになって言い返した。


「まったく……」


 ペリーヌはあきれながらも、こうした芳佳の真っぐなところが嫌いでない自分に気がつき、ため息をつく。


(本当に嫌いになれたら、どんなに楽か……)


「入隊の時も、あなたそんなお馬鹿なこと言ってましたわね。言ってるでしょう、形だけですから」


「……」


 芳佳はまだなつとくがいかない表情ではあったが、しぶしぶ、実戦用の99式2号2型改13mm機関じゆうを手に取った。


「宮藤さん、聞こえて?」


 けつとうたいは先ほどと同じ、基地周辺のきゆうりようたい

 二人は正面から接近しつつあった。


「10秒以上、後ろを取った方の勝ち。それだけよ。だったらいいでしょう?」


「……」


 芳佳はもう一度、銃を確かめる。


「安全装置は……うん、かかってる」


 いつしゆん後、二人は低高度の至近きよですれちがった。

 ターンしたほんのわずかの間、ペリーヌは芳佳を見失う。


「いた!」


 2時方向。

 今なら背後を取れるか?


「!」


 だが、すぐに芳佳も気がつき、ペリーヌをり切ろうとする。


「まったくもう!」


 ほんろうされるペリーヌ。


「ちょこまかちょこまかとっ!」


 と、その時。

 ウウウウ〜ッ!

 サイレンが鳴りひびいた。


「警報よ!」


「ネウロイが出たの!?」


 芳佳とペリーヌは決闘を休止し、基地方向を振り返った。


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