第一章 第二話


「ふあ〜」


 朝になった。

 いつものように、夜間しようかいを終えたサーニャ・V・リトヴャクが欠伸あくびみ殺しつつ、基地にもどってくる。

 そして、いつものように部屋を間違え、いつものように、気持ちよくねむりについているエイラ・イルマタル・ユーティライネンのベッドにたおれ込む。


て!」


 飛び起きるエイラ。


「……」


 だが、もうサーニャはじゆくすい中。


「何だよ、もう!」


 文句を言おうにも、エイラはサーニャのがおを見ていると何も言えなくなってしまう。

 これもいつもの通りだ。


「今日だけ……だかんな!」


 結局、いつものようにシーツをかけてやるエイラだった。



  * * *



 それから少しして。

 コンコンコン。

 ミーナのしつ室の扉をノックする音がした。


「ちょっといいか?」


 物思いにふけっていたミーナが顔を上げると、そこには坂本と、重そうな段ボール箱をかかえた宮藤芳佳の姿があった。

 段ボール箱には、資料らしきものが無雑作に突っ込まれている。


「よいしょっと」


 段ボール箱を抱え直す芳佳。


「悪いな、便利に使って」


 と、坂本。

 ひとりで運べない量の資料ではない。

 だが、昨夜のことがあり、坂本としても、ミーナと二人きりで会うのは何となく気まずかったのだ。


「いえ、このくらい、へっちゃらです!」


 よたよたと、あまりへっちゃらではない足取りの芳佳は、執務机のかたわらに段ボール箱を置いた。


「データだ」


 坂本はその箱から資料の束を取り出しながら、ミーナに告げる。


「この前出たネウロイのな」


 坂本は報告書やレーダー記録を広げ、ぶんせき結果のかいしやくを始める。

 まるで、昨夜の一件などなかったかのよう。

 というより、えて無視するように。


「8月16日と18日に出現したネウロイだが、やつの出現した時に、各地でなぞの電波がぼうじゆされている。周波数こそ違うが、サーニャのうたっていた声の波形ときわめてよく似ている」


「……ええ」


 うなずくミーナ。

 ややはなれた位置に立つ芳佳は、歌という言葉にハッとなる。


(あれって、やっぱり歌だったんだ)


 芳佳は夜間専従班として、サーニャ、エイラとともにこのネウロイと戦った。

 目的は分からないが、芳佳はその時確かに、ネウロイがサーニャの真似まねをして唄っているように感じていたのである。


「あのネウロイは、サーニャの行動を再現していたと見てちがいなさそうだな」


「ええ……」


 先ほどからミーナの反応はにぶい。

 指揮官としてこれでは良くないと分かっていても、それらしくふるうことなど今のミーナにはできない。


「分析の規模をもっと広げよう。しばらくはいそがしくなるぞ」


「そうね……」


「バルクホルンやハルトマンにも、今のうちに知らせておきたいな。二人をここに……」


 と、坂本がバルクホルンたちを呼ぼうとしたその時。


「あの」


 芳佳が口をはさんだ。


「バルクホルンさんたちなら今日は非番です。夜明け前に出て行きましたよ」


「どこへ?」


「ロンドンです」


「ロンドン?」


 坂本はまゆをひそめた。


「意識不明だった妹さんが、目を覚ましたって……」


 そう話す芳佳の顔から、みがこぼれる。


「バルクホルンさん、あわててストライカーをいて出て行こうとするのを、みんなで止めたんですよ。いつもはあんなに冷静な人なのに」


「無理もないわ。バルクホルンにとって、妹は戦う理由そのものだもの」


 ミーナは芳佳から視線をそらした。

 芳佳のくつたくのない笑顔は、ミーナにとってまぶし過ぎるのだ。


だれだって自分にとって大切な……守りたいものがあるから、勇気をしぼって戦えるのよ」


「は、はい」


 だんと違うミーナのさびしそうな横顔。

 それでも、うなずくことしかできない芳佳だった。



  * * *



 同じころ

 キューベルワーゲンを飛ばして病院に乗り込んだバルクホルンは……。

 ドタン、バタバタ!

 進路上のすべてをはじき飛ばすようにして、妹クリスの病室に飛び込んでいた。


「病室ですよ。お静かに」


 シーツを取りえていたナースが、非難の視線を向ける。


「あ、ああ」


 ナースの厳しい視線に、バルクホルンはシュンとなった。


「すみません。急いでいたもので」


 と、平身低頭のバルクホルンの耳に聞こえてきたのは、すずの音のような笑い声だった。


「クリス?」


 振り向くと、そこにはベッドの上で身体からだを起こした少女の姿がある。


(これは夢?)


 おそるおそるベッドに近づくバルクホルン。


(夢なら……覚めないで)


 クリスはそんな姉に向かって、両手を差し出した。

 そっとそのか細い身体をきしめてやると、確かなぬくもりが伝わってくる。


(……夢じゃない!)


 バルクホルンは、妹のすべてを感じ取ろうとするかのように、ギュッと両手に力を込めた。

 まいの様子を微笑ほほえましげに見つめる、ハルトマンとナース。


「お姉ちゃん、私がいなくてだいじようだった?」


 ほんの少し身体を離し、クリスはたずねた。


「何を言う。大丈夫に決まっているだろう。私を誰だと……」


「あ〜、もう全っ然ダメダメ。こないだまではひどいもんだったよ。やけっぱちになって、無茶な戦い方ばっかりしてさぁ〜」


 ベッドわきによっこらしょっとこしを下ろしたハルトマンが、かたをすくめる。


「お姉ちゃん?」


「お、お前! 今日はいに来たんだぞ! そういうことは……」


 両手を振り上げてハルトマンをだまらせようとするバルクホルン。


「だって、本当じゃん」


 もちろん、それくらいで口をざすハルトマンではない。

 このところのバルクホルンのおもしろ行状について、しっかりばらすつもりである。


「ないない! そんなことはないぞ! 私はいつだって、冷っ・静っ・だっ!」


 ムキになればなるほど冷静さから遠ざかっていることに、バルクホルン自身は気がついていない。


「お姉ちゃん……なんか、楽しそう」


 身を乗り出す姉の姿を見て、クリスはき出す。


「ん……そうか?」


 そう言えば、いつの間に自分はこんなに明るくなったのだろう?

 バルクホルンはふと、不思議に思う。


「それは宮藤のおかげだな」


 と、背もたれにうでをかけたハルトマン。


「みやふじ……さん?」


「うん。こないだ入った新人でね」


「お前に少し、似ていてな」


 バルクホルンはベッドに座りながら、首をかしげるクリスに説明した。


「私に?」


 クリスの顔がパッとかがやく。


「わあ……会ってみたいなあ」


「そうか。じゃあ、今度来てもらおう」


「ほんと? お友だちになってくれるかな?」


「かなりの変わり者だけど、いいやつだ。きっといい友だちになれるさ」


 笑いながら頷くバルクホルンは、こう付け足すことも忘れない。


「あ、似てるといっても、当然、お前の方がずっと美人だからな」


「姉バカだねえ」


 カールスラント時代と変わらぬバルクホルンのできあいぶりに、やってられないという表情のハルトマンだった。


「何だ、これ?」


 面会時間が終わり、ワーゲンのところまでバルクホルンたちがもどると、ワイパーに手紙がはさまっていた。

 ふうろうをしたふうとうに収まっているので、反則きつではなさそうだ。

 興味がないので、ハルトマンはすぐにバルクホルンにわたす。


「何でこんなものが?」


 あてきを見たバルクホルンのけんに、ほんの少ししわが寄る。


「どったの?」


 と、自分でもかくにんするハルトマン。


「ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ殿どの?」


「ミーナ宛?」


 バルクホルンの表情はいつの間にか、姉バカから、ゆうしゆうなカールスラント軍人のそれへと戻っていた。



  * * *



 一方。


「あ……坂本しよう


 基地内居住区のろう

 前をゆく坂本の後ろ姿を見たペリーヌは、反射的に身をかくしていた。


「! 私ったら、何をコソコソと……」


 別に隠れる理由などないことに気がついたペリーヌは、坂本の後を追う。


「堂々とすればいいんですわ、堂々と! 少し前までは私が坂本少佐のとなりに居るなんて、当たり前のことでしたのに」


 坂本に追いつこうと速まる歩調。


「いつから私はものかげからコソコソとぬすみ見るような真似まねばかりするようになったんでして? そうよ。宮藤さんですわ。あのちんちくりんのまめだぬきが現れてからというものっ!!」


 自問自答しているうちに、勇気だかいかりだか分からない何かが、ペリーヌの(あまり大きくない)胸の中にき起こった。


「あの、坂本少佐。今度、私に左ひねり込みを教えていただくという約束を……」


 ペリーヌは思い切って、坂本の背中に声をかける。

 しかし。

 カチャリ。


「ん?」


 いつしゆんおそかった。

 ペリーヌに気がつかず、坂本はだれかの部屋へと入ってしまう。


「へっ!」


 あわててそのとびらの前にゆくペリーヌ。


「ここは宮藤さんの!? どういうことですの!? 坂本少佐が、何故なぜあのちんちくりんの部屋に!?」


 まさか?

 まさか、まさか、まさか、まさか!?

 ペリーヌの脳内を、なやましいもうそうちよう音速でめぐった。


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