第三話


 日が西にかたむき始めたころ

 出港してゆく『赤城』のかんぱん上で、第501統合せんとう航空団の基地の方をぼんやりとながめる者があった。

 芳佳に手紙をわたそうとした少年兵である。


「やっぱり……来なかった」


 と、少年兵がさびしそうにつぶやいたその時。

『赤城』の乗組員たちの耳に、魔道エンジンのひびきが聞こえた。

 一瞬後、甲板上をすべるように飛びけていったのは、三つの影。


「あっ!」


 ぼうが風に飛ばされ、少年兵が振り返ると、そのひとみに映ったのは宙をう三人のウィッチ。

 芳佳、坂本、リーネの姿だった。


「宮藤さん!」


 芳佳たちは上空で転回し、『赤城』とへいこうして飛行する。


「みんなありがと〜っ!」


 芳佳は、甲板の船員たちに向かって大きく手を振った。


がんってね〜! 私も頑張るから!」


「芳佳ちゃん、良かったね」


 と、リーネ。


「うん。ちゃんとお礼言えた」


 芳佳はリーネを振り返り、晴れ晴れとした顔を見せる。


「うむ。世話になったからな」


「はい」


 坂本の言葉に、芳佳は大きく頷く。


「みんなうれしそう」


 赤く染まった空のもと、かんせいとともに手を振り返す『赤城』の乗組員たちを見て、リーネは微笑ほほえむ。


「よかった」


 心からそう思う芳佳。


「そろそろ基地にもどるぞ」


「はい!」


 芳佳とリーネが、坂本にそう答えたその時。


「ん?」


 坂本のインカムに、何かが入ってきた。



かんちよう、通信が入っています」


 同じ頃、『赤城』の艦橋も、坂本が耳にしたものと同じ音をとらえていた。


「ん? つなげ」

 芳佳に別れを告げる乗組員たちの様子を微笑ましげに見下ろしていた杉田艦長は、通信の音声に耳を傾ける。


「おお、これは!」


 聞こえてきたのは歌声。

 それも、聞き覚えのある声だ。


「全艦につなげ!」


 艦長は伝令に命じた。


  リリー、リリー・マルレーン

  リリー、リリー・マルレーン


 基地のミーティング・ルームでマイクを前に歌っていたのはミーナだった。

 ピアノばんそうはサーニャ。

 カメラを構えるバルクホルン。

 無線の調整は、シャーリーの役割だ。


 最前線に転属が決まった日。

 ミーナは彼の前でドレスを焼いた。

 コンサートホールで、満場の観客を前に着るはずだった、青いドレスを。

 だんの中で、灰になってゆくドレス。

 それを二人で見つめることが、音楽と決別し、戦いにのぞむミーナなりの、決意のあかしだったのだ。


(けれど、結局、決別なんかできないのね。音楽からも、あなたとの思い出からも。だから、あの子たちが自分と同じ悲しみを経験しないように、規則まで作って……。こんな私を見たら、あなたはおこる? それとも、笑う?)


 ミーナは今、身につけている。

 あのドレスの代わりに彼が用意した、赤いドレスを。


  リリー、リリー・マルレーン

  リリー、リリー・マルレーン


 ミーナの歌に送られ、ゆうに向かって『赤城』は去っていった。

 そして。



「とってもてきな歌でした!」


 見送りから戻った芳佳は、感動に瞳をうるませていた。


「ありがとう」


 歌い終えたミーナはり返って微笑む。

 と、その時。

 背後からニョキッと手がびて、芳佳のっぺたをつまんだ。


「むう〜!」


 何が気に食わないのか、エイラである。


「ほへ? にゃにひゅるんでふか!?」


 何するんですか、と言っているようだ。


「サーニャのピアノはど〜した、サーニャの!?」


 エイラ的には、真っ先にサーニャに賛辞をおくるべきなのだろう。


「へ、ほっへもふてきれひた」


 とっても素敵でした、と言いたいらしい。


「ええい、もっとめろ!」


「ほへへまふっへば……」


 おそらくは、誉めてますってば、と。


「ひょ、はらひへふらはい〜」


 ちょっと、はなしてください、と言っているのだが、エイラに通じているかどうか。


「い〜や、まだまだだ!」


 ……通じているらしい。


「いた、痛ひでふよ、エイラひゃ〜ん!」


 ばくしようする一同。

 ようやく、ミーナの顔にもだんなごやかなみが戻った。

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