第二話


 戦場の中心にいるWエースは、息の合った戦いを見せていた。

 小型ネウロイはなすすべもなく、次々と撃墜されてゆく。

 特にハルトマンは、陸にいる時とは別人。

 さすがにゆかに投げ出しておけるほど、勲章を取っただけのことはある。

 しかし。


(っ!)


 一瞬のすきき、死角から5機ほどがハルトマンの背後に食いついた。

 じようしようし、振り切ろうとするが、小型ネウロイはビームを放ちつつ、きよめてくる。


(それなら!)


 身体をらしての急減速と反転。

 ハルトマンは曲芸飛行のような動きで、ネウロイをやり過ごした。

 さらに、小型ネウロイがハルトマンを追って反転しようとし、速度が落ちたところを、バルクホルンの連射が仕留める。


「20!」


 バルクホルンの撃墜数はさらに加算された。


「きりがないよ〜」


 ぼやくハルトマン。


「コアは一体どいつなんだ!?」


 再び背中合わせになったバルクホルンも、そろそろ残弾数を気にし始めていた。



 一方。


「コアは見つかった?」


 主戦場から距離を置き、魔眼でコアを探す坂本のところにまで、ミーナが上がってきた。


「……だ」


 戦場全体を見つめながら、坂本は答える。


「!? ……まさか、また陽動?」


ちがうだろう」


 坂本はミーナを振り返った。


「コアの気配はあるんだ。ただし、どうもあの群れの中にはいない」


「戦場は移動しつつあるわね」


 視線を坂本から眼下にもどしたミーナはつぶやく。

 かいきようの向こう側まで、あと数キロというところだ。


「ああ、大陸に近寄っているな」


 と、坂本がうなずいたその時。


「上っ!」


 芳佳は、自分たちに向かって急降下してくる気配を感じ取った。

 太陽を背に、数機のネウロイが芳佳に迫る。


「くそっ! 見えない!」


 坂本も振り向くが、逆光でてきえいかくにんできない。


「行きます!」


 最初に動いたのは芳佳だった。

 坂本とミーナに先行し、シールドを張ってネウロイのビームをはじくと、手にした九九式二号二型改13mmかんじゆうが火をいた。

 5機のネウロイが光の破片と化し、次々に砕け散る。


「よし、いいぞ! もう少し頼む!」


 と、魔眼をネウロイに向けながら坂本がさけんだ。


「はい!」


 必死に、だが確実にネウロイをとしてゆく芳佳。

 えんにミーナも入り、MG42のトリガーを引く。


「……見つけた!」


 とうとう坂本がコアを発見した。

 外見的にはちがいはないが、ほかの機体と交戦している間に、三人のすぐわきをすり抜けていった1機がコアだ。


「あれなの?」


 大陸方面に降下してゆくネウロイをにらむミーナ。


「ああ」


「全隊員に通告。敵コアを発見。私たちがたたくから、他を近づかせないで!」


 ミーナはインカムを通じ、全機に命ずる。


「了解!」


 と、バルクホルンたち。


「行くわよ!」


「了解!」


 芳佳たち三人はコアを追い、雲の中に突っ込んだ。



「いた!」


 雲を抜けると、急に視界が開けた。

 ミーナは急降下を続けるコアを発見する。

 じゆうだんの雨を浴びせるミーナ。

 そして、坂本と芳佳も。

 一発がかすめ、コアは弾かれたように方向を変えた。


「宮藤! がすな!」


「はい!」


 コアを追って、反転する芳佳。

 ねらいを定めて、九九式のトリガーがしぼられる。

 一発、二発、三発。

 命中するたびに、くだけ、へんを放つコア。

 そして。

 パーン!

 中心部をかれ、コアはばくさんした。

 降り注ぐ光の破片に対し、三人はシールドを張る。

 しかし。


「うっ!」


 坂本のシールドだけを、破片のひとつがかんつうした。


「……あ!」


 破片は側頭部をかすめ、髪の毛が数本、宙をう。


「美緒っ!!」


 この時、ミーナが放った叫びには、だんの彼女からは想像もできない悲痛なひびきがあった。

 だが、その場に居合わせたウィッチで、これに気がついたものはいなかった。



  * * *



「芳佳ちゃん、すっご〜い!」


 真っ先に芳佳に飛びついたのは、リーネだった。


「ふん! あんなの、まぐれですわよ」


 うでみをし、おもしろくなさそうな顔をするペリーヌ。


「いや、不規則挙動中の敵機に命中させるのは、なかなか難しいんだ」


 バルクホルンは、やられたな、というような表情を見せた。


「宮藤〜、やるじゃ〜ん」


 エースのハルトマンもしみない賛辞をおくる。


「えへへ、そ、そうかな?」


 と、照れる芳佳たちの下方では、ネウロイの光のりゆうはいきよの上に降り注いでいた。


「きれい……」


 れる芳佳。


「ああ、こうなってしまえばな」


 坂本も認める。


「きれいな花にはとげが……って言いますわね」


 ペリーヌもしんみりとした口調になるが……。


「自分のことかあ〜?」


 と、ハルトマンに冷やかされる。


「なっ! 失礼ですわね! ……まあ、きれいってところは認めて差し上げてもよろしいですけど」


「棘だらけってか?」


 さらにっ込むハルトマン。


「うぬぬぬ〜っ! どうしてあなたって人は、ど〜してそう他人のげ足ばかり!」


「や〜い、棘だらけ〜!」


「き〜っ!」


 と、はしゃぐ彼女たちを他所よそに。


(……まさか)


 つらそうな表情をかべていたミーナの視線が、廃墟の中のあるものをとらえていた。


(まさか)


 ミーナはだれかに声をけることもなく、独り、廃墟に向かって降下してゆく。


(まさか)


「……ミーナ?」


 地上に向かう彼女に最初に気がついたのは、バルクホルンだった。


「えっ?」


 り返るペリーヌ。


「お〜い、どこへ行く……」


 と、追おうとするハルトマンを坂本が制した。


「待て……。ひとりにさせてやろう」


「……そうか」


 バルクホルンはつぶやく。


「ここはパ・ド・カレーか……」


 パ・ド・カレーは、ガリアのほぼ最北に位置する地。

 ペリーヌの故郷でもあるこの土地は、ワイン大国であったガリアにはめずらしいビールの名産地であり、カレーの港からはドーヴァーをえる船が数多く出ていたものだが、今はそのおもかげはない。

 ただ、ひとかげの見えない街に、潮風がき抜けるのみだ。


(私は……何を探し求めているの? 苦いついおく? まぼろし?)


 ストライカーをいだミーナは、何かを求めるように廃墟の中を歩いていた。


(だけど、さっき見えたのは……)


 やがて。

 彼女の目が、びついた一台のはいしやに留まった。


(まさか)


 同じ型の車なら、それこそ無数にある。

 だが、ミーナには、それが誰の車であるのか、一目で分かった。


(まさか)


 錆びついていると思ったドアは、簡単に開く。


「……あ」


 赤いリボンのかかったすみれ色の包みが、運転席の上にっていた。

 まるでついさっき、車の主が忘れていった物のようだ。

 もどかしげにリボンをほどく指。

 包みの中にあったのは、一通の手紙と、赤いドレス。


(あの人だ)


 ミーナには分かった。

 これを残していったのが、彼だということが。


(クルト……)



 君だけを戦わせたくない。



 あの日、静かに燃えるだんの前で自分にそう告げた人。


 クルト・フラッハフェルト。


 おさなみであり、同じを見つめ、同じ小鳥のうたを聞き、育った人。

 ネウロイさえ現れなければ、同じ音楽の道を、ずっと手をたずさえて進んでいたはずの人。


 ミーナといつしよに、いられるからね。


 あの星降る夜、クルトは自分も軍に志願したことをミーナに告げ、微笑ほほえんだ。

 ミーナは初め、自分の耳が信じられなかった。

 自分が戦場におもむくのは、ウィッチとして当然のこと。

 だが。

 ミーナにとって、クルトの指はけんばんと共に、宝石のような音をかなでるためにあるものだった。

 その才能は音楽を通じてのみ、発揮されるべきものだったのだ。

 しかし、機械いじりが好きだったクルトは、整備兵としてもゆうしゆうだった。

 戦場は、おうしゆうの人々は、その才を求めていた。

 そして何より、クルト自身が、ミーナが自由に空で戦えるよう、手を差しべることを望んでいたのだ。


(それでも……止めるべきだった)


 もう二度と。

 ミーナがクルトのやさしい笑顔を目にすることはない。

 生きている限り再びうことのかなわぬ場所へと、クルトは先に旅立ってしまったのだから。


「…………」


 嗚咽おえつとともにこぼれ落ちるなみだが、包みに染みを作った。



「もういいのか?」


 地上に降りた時、ストライカーを脱いだ場所には、坂本が待っていた。


「ええ」


 ドレスの包みをきしめたミーナ。

 顔を上げると、もうそこには打ちひしがれた少女の悲しみはなかった。


「基地にかんします」


「了解」


 坂本は小さくうなずき、微笑んだ。


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