第七章 君を忘れない  ──または、赤いドレスとリリー・マルレーン

第一話


「失礼しま〜す」


 せんたく中に呼び出しを受けた芳佳がブリーフィング・ルームに行くと、そこにはミーナ隊長と坂本しようほかに、白い、扶桑海軍の制服に身を包んだ、初老の男性が待っていた。


「宮藤さん。お会いしたかった」


 と、満面の笑みで近づいてくる男性。


「こちらは『あか』のかんちようさんよ」


 男性と芳佳の間に割って入り、ミーナがしようかいする。


、あなたに会いたいとおつしやって」


すぎです」


 芳佳に自分を近づけまいとするミーナに、空母『赤城』艦長の杉田じゆんざぶろう大佐は多少、めんらった様子だったが、すぐに何事もなかったような顔で芳佳に話しかけた。


「乗員を代表して、あなたにお礼を言いに来ました」


「お礼?」


「あなたのおかげでけんおうかんたいも大事なふねを失わずに済みましたし、何より多くの人命が助かりました。本当に感謝しています」


「い、いえ。私は何も」


 まどってしまう芳佳。


「あの時は坂本さんと、他の人たちが……」


「いや」


 杉田艦長の後ろにいた坂本が、ぜんとした表情で告げる。


「確かにあの時、お前がいなければぜんめつしていたかも知れん。ほこりに思ってもいいぞ、宮藤」


「そうかな〜、えへへ」


 なおに喜んだ芳佳は頭をく。


「全乗員で話し合って決めました」


 杉田は一、二歩、前に出ると、四角いむらさきしきづつみを芳佳に差し出した。


「これを、あなたにと」


「あらあら、良かったわね」


「ありがたく受け取っておけ、宮藤」


 と、ミーナと坂本。


「はい」


 包みを受け取った芳佳は、杉田を見上げてお礼を言う。


「ありがとうございます!」


 これにがおこたえた杉田は、一転して、しんけんな表情でミーナを見た。


はんこう作戦のぜんしようとして、我々もしゆつげきが決まりました」


「ついに、ですか……」


 ミーナの顔からも笑みが消える。


「反攻作戦?」


 事情がよく分からない芳佳。


「ええ。今日はその途中で寄らせていただいたのです」


 杉田は頷いた。


「明日には出港なので。是非、艦にも来てください。みなが喜びます」


「え……はい!」


 ブリタニアに来るまでの一か月を過ごした『赤城』である。

 そのみんなと再会できるのだから、うれしくないはずがない。

 だが。


「残念ですが、明日は出撃予定がありますので」


 ミーナは杉田にそう言って、やんわりと断った。


「あ」


 ネウロイのことがすっかり頭からけ落ちていた芳佳は、ミーナの言葉にしゅんとなる。


「そうですか。……残念です」


 杉田も失望をかくせなかった。



  * * *



「ミーナ中佐、こわかったね」


 芳佳がブリーフィング・ルームを出て、しばらくしてからのこと。

 二人でろうをとぼとぼと歩いているちゆう、そう話しかけてきたのはリーネだった。


「……うん」


 杉田艦長から頂いた包みをかかえた芳佳は、力なく答える。


 実はさっき……。


 リーネと一緒に本部を出てきたところで、艦長についてきた『赤城』の少年兵のひとりが、宮藤に手紙をわたそうとした。

 リーネはラブレターかも、とからかったが、『赤城』を守った戦いでの芳佳の働きに対する、じゆんすいな感謝の手紙だったのかも知れない。

 だが、芳佳が手紙を受け取ろうとした寸前。

 この様子を見たミーナが少年兵と芳佳の間に入り、手紙を少年兵にき返した。

 このようなことは厳禁と伝えたはず、とミーナ隊長は厳しい表情で少年兵に告げた。

 だが、ウィッチーズとの必要以上のせつしよくは、たとえ基地の整備兵であっても厳禁という隊規を作ったのは、ミーナ隊長自身なのだ。


「手紙、何だったんだろうね?」


「……うん」


「芳佳ちゃん?」


「……うん」


 芳佳には、なつとくがいかなかった。



  * * *



 ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐は、自室の窓辺にたたずんでいた。

 いつもは聖母のような笑みをたたえているその顔が、今は悲しみに満ちている。

 その視線の先にあるのは海、いや、その向こうのガリアの地だ。


「聞いたぞ」


「……美緒」


 いつの間にか時間がち、夜になっていた。

 ミーナは、部屋に坂本が入ってくる気配にも気がつかなかった。


「手紙を突き返したそうだな?」


 とびらに寄りかかって立つ坂本はたずねる。


「そういう決まりだもの」


 再び窓の外に目をやるミーナ。


「……まだ忘れられないのか?」


 ミーナはちんもくで坂本の問いに答える。

 坂本もミーナと並ぶように窓辺に立ち、海を静かに見つめた。

 坂本は分かっていた。

 ミーナが隊規をりかざすのは、若い芳佳たちを傷つけまいという思いのためであることを。

 かつて自分が味わった悲痛から、若いウィッチたちを遠ざけようという思いのためであることを。

 その必死なミーナの姿を、まるでひなまもる親鳥のようだと微笑ほほえましく思う反面、そこまで過保護にするのはどうかとあきれる自分もいる。


(私は祖国も、愛する人も失ったことはないからな)


 坂本はちようする。

 海はあおい月明かりを湛え、静かにかがやいて見えた。



 同じころ


「わ〜、扶桑人形だ〜」


 自室で風呂敷を解いた芳佳は、おどろきのあまり声をあげていた。

 艦長の土産みやげは、木箱つきの立派な扶桑人形。

 つう、扶桑人形というものは、しばの登場人物や扶桑ようの姿をかたどったものだが、ストライカーをまとった人形も、またぜいがあるものだ。


可愛かわいい〜!」


 ベッドの上に置かれた人形を見て、リーネもうらやましそう。


「……お礼、言いたいな」


 ゆかにペタリと座って人形をながめながら、芳佳はつぶやく。

 たとえ、出撃がなかったとしても、今日のミーナ隊長の様子では、見送りに行くことは許してもらえそうもない。


(変だよ、こんなのって)


 普段のやさしいミーナを知っている分、余計に落ち込む芳佳であった。



  * * *



 翌朝。

 晴れ渡った空に、ネウロイのらいしゆうを告げるサイレンが鳴りひびいた。


「ガリアから敵がしんこう中との報告です」


 ブリーフィング・ルームに集まったウィッチたちをミーナ中佐は見渡した。


「今回はめずらしく予測が当たったな」


 軍刀に手をかけた坂本はニヤリとする。


「ええ、現在の高度は1万5000。進路はまっすぐこの基地を目指してるわ」


「よし、ルーチンのげいげきパターンでいけるな……」


 立ち上がった坂本は表を読み上げる。


「今日のとうじよう割りは……バルクホルン、ハルトマンが前衛。ペリーヌとリーネが後衛。宮藤は私とミーナの直援。シャーリーとルッキーニ、エイラとサーニャは基地待機だ!」


「お留守番〜、お留守番〜」


「ユニットのセッティングでもするか〜」


 リラックスした様子を見せるルッキーニとシャーリー。


「す〜」


 サーニャにいたっては、まくらを抱えてねむっている。


「よし、準備にかかれ!」


 坂本の号令。

 芳佳ら7機のウィッチたちはハンガーに向かい、ストライカーユニットをまとって大空に飛び立つ。


「い〜ってらっしゃ〜い!」


 ルッキーニは手を振り、その姿を見送った。



  * * *



「敵発見!」


 りく後ほどなく、坂本はネウロイの姿をとらえた。


「タイプは?」


 と、ミーナ。


かくにんする!」


 坂本は眼帯を外し、魔眼をネウロイに向ける。

 今回の敵は、きよだいなキューブ形のネウロイだ。


「300M級だ! いつものフォーメーションか?」


「そうね」


 ミーナは坂本の判断に同意する。


「よし、とつげき!!」


 坂本の指示で、ローリングしながら先行するバルクホルンとハルトマンのWエース。

 これにリーネとペリーヌが続く。

 しかし、接触直前。


「えっ!」


 照準を合わせようとするハルトマンの目の前で、ネウロイは無数の小型キューブに分かれた。


「何!」


 と、バルクホルン。


ぶんれつした!?」


 坂本も初めて目にするタイプだ。

 だが。


「右下方80、中央100、左30」


 ミーナにどうようはない。

 冷静にひとみを閉じて、ネウロイの動きをぶんせきする。


「総勢210機分か。くんしようおおばんいになるな」


 口元にしようたたえる坂本。


「そうね」


「で、どうする?」


「あなたはコアを探して」


 自分を振り返る坂本に向かい、ミーナは告げた。


りようかい


「バルクホルン隊、中央」


「了解!」


「ペリーヌ隊、右を迎撃」


「了解!」


 次々と的確な指示を出してゆくミーナ。


「宮藤さん、あなたは坂本しようの直衛に入りなさい」


「了解!」


「いい? あなたの任務は少佐がコアを見つけるまで、敵を近づけないことよ」


 きんちようしたおもちの芳佳を振り返り、ミーナはさらに細かくすべきことを説明した。


「はい!」


 せんとう開始。

 ミーナも身をひるがえし、ほかのウィッチたちとともに、敵の真っただなかに飛び込んでゆく。


「これで10機!」


「こっちは12機!」


 しよぱなからはなばなしい戦果を上げてゆくのは、バルクホルンとハルトマン。


ひさりにスコアがかせげるな」


「ここのところ、全然だったからね」


 背中合わせになって言葉をわす二人には、ゆうすら感じられた。


「いいこと? あなたのじゆうでは連射は無理だわ。引いてねらいなさい」


 後衛を任され、小型ネウロイ群のやや上方に位置したペリーヌは、ロッテを組むリーネに指示していた。


「はい!」


 やや自信はつけてきたものの、まだまだ戦闘での緊張がけないリーネ。


「私の背中は任せましたわよ」


 ペリーヌはネウロイに向かって急降下をかける。


「これを使うと、後でかみの毛が大変なのよね……」


 そうめんどうくさそうにつぶやくペリーヌの身体からだから、青白いせんこうが走った。


「トネール!」


 すさまじいらいげきが、周囲のネウロイをいつしゆんのうちにかいする。


「ふん。私にかかればこのくらい……」


 と、すまし顔のペリーヌが逆立った髪を整えようとしたその瞬間。

 バーン!

 すぐ背後で1機のネウロイがくだけ散った。


らした!?)


 髪を振り乱してペリーヌが振り返ると、さらにもう1機。

 すぐそばまでせまっていたネウロイがだれかにかれ、はじけ飛ぶ。


(誰! ハルトマンちゆう!? それとも、バルクホルンたい!? ……え?)


 射線の方向を見上げると、はる彼方かなたにリーネの姿があった。

 緊張で息があらいリーネの構える銃口からは、はくえんが上がっている。


「や、やるじゃない」


(……認めてあげない訳には、いかなくなりましたわね)


 そんな複雑なみをかべるペリーヌだった。



「みんな、すごい」


 公式記録ではげきつい数0の芳佳は、息をみ、下方での戦闘を見つめていた。

 すぐそばで魔眼を使う坂本は、まだコアを発見できていない。


「あっ!」


 群れからはなれ、4機の小型ネウロイがこちらに迫る。


「!」


 夢中で九九式二号二型改のトリガーを引く芳佳。

 細かなへんとなって弾け飛ぶネウロイ。


「その調子でたのむぞ!」


 坂本が声をかける。


「はい!」


 芳佳はそう答えるのがやっとだった。


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