第二話


 無事にしつこくの空にい上がったことを確認したシャーリーとペリーヌは、意識のない男をかつぎ、船内に移動する。

 せまい船室には、五十人を優にえる、つかれた顔の人々がめ込まれていた。


「こんなに……たくさん」


 息をむペリーヌ。


「みなさん、よくぞご無事で」


 一方、シャーリーは先ほどの溺れかけた男に水を吐かせ、ゆかかせる。


「……ゴホッ! ゴホッ!」


 ほどなく男は意識を取りもどした。


「船長は?」


 シャーリーはたずねる。


くなった……と思う」


 男はき込みながら答える。


「出港してすぐに、デッキに出ていた子供を助けようとして、波にさらわれて……」


「あんたは?」


「航海士けん無線技師。こんな小さな船じゃ、何もかも兼任しなきゃな」


 男は南ガリアの船員なまりで答え、しようした。


「みなさんは、どの地方から?」


 と、聞いたのはペリーヌ。


「この船に乗っているのは、ガリアのあちらこちらから逃げてきた人間さ。ネウロイからかくれ、どろみずすすり、木の葉をかじり、何とか生き延びた連中なんだ。俺と船長はみんなを集め、打ち捨てられていた古い漁船を修理して、どうにかこうにか、ブリタニアを目指して出港したんだが……この様だ」


 航海士はペリーヌの顔をまじまじと見つめた。


「……あんた、きれいなガリア語を話すな……同国人か?」


「ええ。パ・ド・カレーの出身です」


「ペリーヌ……クロステルマン?」


 パ・ド・カレーと聞いて難民の中から小さな女の子が立ち上がった。


「ええ?」


 見覚えのある子ではない。

 まどいながらもペリーヌはうなずく。


「私をご存じ?」


「みんな知ってます」


 うすよごれた服をまとい、やせ細った女の子は希望に満ちた目をペリーヌに向けた。


「ブループルミエ。ガリアの希望の星。私たちの故郷を取り戻してくれる、一番強くて、一番きれいなウィッチだって」


 女の子はそう言ってから、ちょっと不安そうな表情になる。


「そう……なんですよね?」


「…………」


 ペリーヌは女の子に近寄り、ギュッとめた。


「ええ、そうですわ。きっとガリアは私が取り戻してみせます」



  * * *



 そのころ、基地のかんせいとうでは。


「さてと」


 無線のやり取りを聞いていたバルクホルンが、不意にどこかに行こうとした。


「どこに行くのかな〜?」


 と、ハルトマン。


「トイレだ、トイレ!」


 バルクホルンは顔を真っ赤にする。


「じゃ、私も〜。トイレ、トイレ〜」


 バルクホルンについて、ハルトマンも管制塔を後にする。


「やれやれ」


 頭をく坂本。


うそが下手なこと」


 二人を見送ったミーナはかたをすくめる。

 と、その時。


「司令部から通信」


 通信兵がミーナを見た。


「マロニー大将です」


「あらあら、直々に?」


 ミーナは室内のスピーカーに通信をつながせる。


「……貴様の飼い犬どもは、しつけがなっていないようだな」


 スピーカーから聞こえてきたのは、番犬がうなっているような声だった。


「いいか、しゆしようが海軍相から現在の地位にかれたことは知っているな。ここで海軍にがらを立てさせ、恩を売っておくことは、いては首相に貸しを作ることになる。我々としても損にはならんのだ」


「海軍に手柄をくれてやれ、と? もし、哨戒艇の救助が間に合わなかった場合には、海軍の失点になりますけれど?」


 ミーナはてきする。


「その時は、難民船自体が存在しなかったことになる。それだけのことだ」


「……み消す御心算ですか?」


「これは高度に政治的な問題なのだ」


 マロニーはれいてつに言い放った。


生憎あいにくですが、もうすでに隊員たちは現場にとうちやくしています。引き返すのは不可能です」


 ミーナは坂本に目配せし、頷いた。


「海軍の面子メンツつぶす気か! たかが難民船で!」


 ヒステリックにわめき立てるマロニー。


「たかが?」


 尋ね返すミーナの声には、ぞっとするようなひびきがあった。


「私の耳が確かなら、今、たかがとおつしやいまして?」


「と、とにかく! 帰投命令を出せ! 今すぐだ!」


 されながらも、マロニーは言い張る。


「あら……ビ〜……ザ〜……あらしのせいで……ガガガガ……無線の調子が……おかしいようね……」


「ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケちゆう! ヴィルケェ〜ッ!」


 プチン。

 ミーナは無線を切ると、通信兵に命じた。


「しばらく繫がないで」


「……おい」


 あきれ顔の坂本。


「いくらなんでも、口でビ〜とか、ガガガガ〜はないだろう? 完全にバレているぞ」


「あら? もちろん、わざとよ」


「やれやれ」


「私だって、気持ちはペリーヌさんといつしよ。大陸からいのちけでのがれてくる人たちを、見殺しにはできないもの」


 荒海を見つめるミーナの目にふとぎる、悲しみとこうかいの色。


「……そう。もう二度とあんな思いは」


「ミーナ……」


 時がいやしてくれない傷もある。

 そのことを知る坂本に今できることは、ただミーナの横に寄りうように立つことだけだった。



  * * *



「基地の港までえいこうするぞ〜!」


 芳佳が繫いだロープをにぎると、エイラは声を張り上げた。


「港ってどっちです!」


 キョロキョロと左右を見るリーネ。


「サーニャ!」


「…………!」


 サーニャはだまって左前方を指さした。


「よし! あっちだ! 10時方向!」


「行け、行っけ〜!」


 と、ルッキーニ。

 トリスタン号は少しずつ、港に向かって進み始める。

 しかし。


しんすいがひどい! もう持たない!」


 基地の明かりが見えてきた頃になって、船上のシャーリーかられんらくが入った。


「ど、ど、どうしよう、芳佳ちゃん!?」


 リーネは動転して芳佳にたずねる。


「……デッキにひとりずつ、みんなを出してください。順番に基地まで運びます」


 芳佳はインカムでシャーリーに告げた。


「お前無茶言うな〜っ! 何回往復することになんだよ!?」


「11・6回」


 ばやく計算するサーニャ。


「いや、サーニャ、正確な回数を聞いてんじゃなくてな」


「……やります」


 と、サーニャは高度を下げてゆく。


「分かった、分かったよ〜」


 肩を落としたエイラが続く。


「そうだね、やるしかないよ!」


 リーネも大きくうなずいた。



 そして。


「よし! 残りはひとり!」


 女の子をかかえたルッキーニが飛び立つのをかくにんして、シャーリーは手をばした。


「次はあんただ!」


 トリスタン号は、かんぱんまでもが波間にしずみかけていた。

 芳佳は最後のひとり、航海士を運ぶために、海面ギリギリのところでホバリングしている。


「俺はいい! あんたたちが早くげろ! 俺は船と運命を共にする!」


 航海士はシャーリーの手をはらった。


「格好つけんな!」


 げつこうするシャーリー。


「あんたたちだって、飛べないんだろ! あんたたちに何かあったら、俺はあんたたちの仲間に顔向けができん!」


 航海士は言い返す。

 確かに、今のペリーヌとシャーリーでは自力で基地まで飛ぶのは不可能だ。


「みんなは!?」


 芳佳は振り返るが、ほかのウィッチたちはまだ難民を抱えて基地に向かっているところ。

 次にもどってきたころには、船は確実に海のくずとなっている。


「あなたは私におぶさってください!」


 芳佳は甲板に下り、航海士を背負うと、二人に手を差し出した。


「シャーリーさん、ペリーヌさん! つかまって!」


「三人一緒に抱えて飛ぶ気か!」


 信じられないと言った顔をするシャーリー。


「あなた、とうとうおつむがいかれたんじゃありません!? 無理に決まってるでしょう!」


 ペリーヌも怒鳴る。


「無理なんて言わないでください!」


 芳佳は頭を振って叫んだ。


「みんな、生きて帰るんですったら!」


「宮藤……」


「もし、駄目だと思ったら、絶対に手を放しなさい。これは命令ですよ」


 二人は折れた。


「い、いいですか、いきますよ」


 れる甲板に出た芳佳はふるえていた。

 足元が不安定で十分な助走も取れないじようきようでのりくであり、失敗すれば、死ぬのは自分だけでは済まないのだ。


「タイミングはあたしが計る。一気にじようしようすることだけを考えろ」


 シャーリーが、自分のゴーグルを芳佳にかけてやる。


「はい!」


 足元に魔法陣が生まれ、芳佳は飛び立った。

 いったん上昇するが、すぐに高度が下がり始める。

 暴風が真横からきつけ、速度が出ないのだ。

 シャーリーがかろうじて動く右のストライカーを吹かすが、大した足しにはならない。


「上がれ……上がれ……上がれ……上がれ!」


 やはり高度は上がらない。

 波をまともにかぶる四人。

 これだけの重さを、未熟な芳佳だけで支えるのにはかなりの無理があるのだ。


「っ!」


 自分の顔に当たるのがあまつぶなのか波なのかさえ、もう分からない。

 高度はさらに下がり、プロペラが海面に当たって飛沫しぶきを上げている。


「手を放しなさい! その男性とあなただけでも!」


 叫ぶペリーヌ。


いやです!」


 芳佳はねるように頭を振る。


「もういい、宮藤!」


 と、シャーリーがごういんに芳佳の手を振りほどこうとした、その時。

 ブロロロロロロロロッ!

 すいせいのように急降下で飛来した二つのかげが、シャーリーとペリーヌの身体からだを背中からつかんでガッチリと支えた。


「間に合ったか!」


 と、ホッとした表情を見せたのは、ペリーヌを抱えたバルクホルン。


へいたい到着〜っ! ……て言うんだろ、リベリオンでは?」


 ハルトマンは腕の中のシャーリーに向かって、ニッと笑う。


「ああ、エロール・フリンも真っ青だ」


 シャーリーは親指を立てて、ウインクを返した。


「バルクホルンたい、ハルトマン中尉……」


 あんのあまり、全身の力がけて失速しかける芳佳。

 だが、背中の航海士のことを思い出し、何とか気力を振りしぼる。


「いいところをさらわれてしまいましたわね」


 ペリーヌはつかれたところを見せまいと、無理をしてがおを作った。


「でも……ありがとうございます」


「お〜、やけになおじゃ〜ん」


 ニッと笑い返すハルトマン。


「それより、宮藤さんは?」


 ペリーヌは芳佳の方に目をやった。


「だ、だいじようです、飛べます……何とか」


 こちらは笑顔を浮かべるゆうはない。

 それでも、基地までは何とか持ちそうだ。


「これで全員救出だな」


 バルクホルンは基地の明かりに目をやる。

 くるっていた嵐は、だいに弱まりつつあった。



  * * *



 そして、夜明け。


「がんばりましたわね」


 ほかの隊員たちがろうねむりこける中、せつに向かう難民の中に女の子の姿を見つけ、ペリーヌは声をかけていた。


「ありがとう、ペリーヌさん」


 女の子はひとみうるませる。


「気にしなくていいんですの。これが私たちの任務ですから」


 微笑ほほえむペリーヌ。


「私たちの故郷、取り戻してみせますわ。……手をお出しになって」


「こう、ですか?」


「はい」


 ペリーヌは、少女の小指と自分の小指をからめた。


「指きりげんまん、うそついたら針千本〜ます」


 そう歌い、ペリーヌは指をはなす。


「尊敬する方から習いましたの。これは、絶対に約束を守るというちかいだそうよ」


「はい!」


 女の子はうれしそうに手を振ると、施設へと向かうトラックに乗り込んだ。

 やがて、みずたまりのどろね上げ、トラックは基地本島を後にする。


「指きり、げんまん」


 トラックが消えた後も、ハンガーにたたずみ続けるペリーヌ。


「……ええ、いつか、きっと」


 ガリアのえいゆう、ブループルミエは自分の小指をいとおしそうに見つめてそうつぶやき、誓いを新たにするのだった。

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