第六章 脱出航路  ──または、雲低く、風強く、波高し

第一話


「うわ〜、すごいあらしだねえ〜」


 夕食の後片付けを終え、ウィッチの面々がそれぞれくつろぐ中。

 芳佳は窓の向こう、聖エルモの火のようにれる標識灯の明かりに目をやっていた。

 ガラスに激しく打ちつけるあまつぶの音に、遠いらいめい

 船着場を洗う波もすさぶ風も、故郷のよこに台風が上陸した時のことを、芳佳に思い出させる。


「でも、嵐だからって、ネウロイは待ってくれないよね?」


「ど、どうかな?」


 しようを浮かべて、首をかしげるリーネ。


「明日の午後にはむんだろう、この嵐」


 いめのコーヒーをカップに注ぎながら、バルクホルンがかたをすくめた。


「ネウロイの出現予定は明後日あさつてだし、問題はないな」


「そうか」


 何か思いついたように、坂本が芳佳とリーネの方を見る。


「お前たち、悪天候下での飛行訓練は、まだやっていなかったな?」


「いいっ!?」


 と、きよ権のない芳佳が顔をこわらせたその時。


「何か……聞こえます」


 だんのそばにいたサーニャの頭とおしりくろねこの耳と尻尾しつぽが、リヒテンシュタイン式魔導針が側頭部に出現した。


「予定より早いが、ネウロイか?」


 表情を引きめる坂本。


「……違います。無線です」


 ひとみを閉じ、意識を集中しながらサーニャは答えた。


「無線の電波なら別にめずらしくないだろ?」


 テーブルにタロットカードを並べていたエイラが怪訝けげんそうな顔をした。


「……聞いて」


 サーニャはみんなのインカムに、ぼうじゆした無線の音声を伝える。


「こちら……リアせんせき……リスタ……しよう……現在位置……」


「よく聞こえないな」


 まゆをひそめるシャーリー。

 サーニャは魔導針にさらに魔力を注ぎ込み、感度を高める。


「……こちら……ガリア船籍『トリスタン号』……岩礁に乗り上げ……航行不能……救助を求む……」


「!」


 インカムをかいし、芳佳たちの耳に飛び込んできたのは、救助ようせいの無線の声だった。


「ガリアの船!」


 真っ先に反応したのは、ガリア貴族のむすめであるペリーヌである。


「まさか難民船?」


 と、ハルトマン。


「あり得ない話じゃない。人類がすべて、ネウロイの支配地域からおおせた訳ではないからな」


 バルクホルンはうなずく。


「位置は分かるか?」


 坂本はサーニャにたずねた。


「ここから……東南東約10キロです」


 と、サーニャ。


「よし。司令部に一報入れて、私たちはしゆつげきだ。5分で準備しろ」


りようかい!」


 と、坂本の指示で、みんながハンガーに向かおうとしたその時。


「その必要はありません」


 ミーナが食堂にやって来て、一同の顔をわたして告げた。


「司令部からの命令です。ネウロイ来襲予測が近いため、ストライクウィッチーズは、基地待機。難民船の救助には、海軍の哨戒ていが当たるそうです」


「あの連中にしては、ずいぶんとじんそくな対処じゃないか?」


 眉をひそめる坂本。


「目と鼻の先だぞ! あたしたちが出たほうが絶対に早いだろ!?」

 バンッとテーブルをたたいてシャーリーが立ち上がった。


「一番近い軍港から出港しても、タイムロスは数時間以上」


 バルクホルンは頭の中に海図をえがきながら、計算する。


「哨戒艇がつくころには……」


「分かっています」

 ミーナはバルクホルンをさえぎり、目をせた。


「でも、司令部の命令は絶対なの」


「くっ!」


 食堂を飛び出そうとするペリーヌ。


「……今出撃すれば、命令はんよ」


 その背中に向かって、ミーナは静かに告げた。


「……分かっていますわ。でも、どうほうなのです」


 ペリーヌはキッとり返る。


「同胞が助けられないのなら、私がここにいる意味なんてありません!」


 悲痛な調子でそうさけぶと、ペリーヌは走ってハンガーに向かった。



「急がないと……」


 ハンガーで独り、出撃の準備を整え、ペリーヌが魔道エンジンをどうし、飛び立とうとしたその時。


「よお」


いつしよに行きましょう!」


 シャーリーと芳佳がペリーヌの前に立った。


「そうですよ〜……あわわ!」


 と、け寄ろうとして、コケるリーネ。


「あたしたちもだよ〜」


「ま、仕方ないな〜」


「うん」


 ルッキーニとエイラ、サーニャも、いつの間にかやってきている。


「みなさん」


 一同を見渡し、言葉にまるペリーヌ。


「一人で行って、どうにかなるもんじゃないだろ?」


 ニッと笑ったシャーリーは、ひじでペリーヌのわきばらいた。


「仲間じゃないですか」


 芳佳もみずくさいとくちびるとがらせる。


「……わ、私」


 声をふるわせたペリーヌは、急にずかしくなったのか、プイと顔を横にそらす。


「わ、私がたのんだ訳ではありませんことよ!」


可愛かわいくないな〜」


 と、シャーリー。


「いっつも通り〜」


「……うん」


 ルッキーニがキシシッと笑い、サーニャは小さく頷いた。



  * * *



「あらら〜、みんな行っちゃったね〜」


 窓から飛び立つ芳佳たちを見ながら、ハルトマンは言った。


「問題あるまい。我々Wエースが残っているんだ。ネウロイ来襲には対処できる」


 不敵に笑うバルクホルン。


「お〜、すっごい自信じゃん!」


「ということだそうだ」


 うでみをした坂本は、に座ってコーヒーのカップをかたむけるミーナを振り返る。


「そうね。じゃあ、あの子たちに命令を出したのは、トゥルーデ、あなたということで。次のネウロイ来襲後に、自室きん10日で手を打とうかしら?」


 ミーナは最初から、止める心算などなかったようだ。


「いっ!」


 顔をこわらせたバルクホルンは、ハルトマンを指さす。


「……こいつと分けて、5日ずつにならんか?」


「うわ、ひど」


 まあ、ハルトマンの場合、もともと自室禁錮回数はウィッチの中でもダントツ。

 あと一、二度増えたところで大してえいきようはない。


「それじゃ」


 ミーナはカップを置いて立ち上がった。


かんせいとうに行きましょうか?」



  * * *



「ひどい雨。こんな中で、船、見つかるのかなあ」


 よこなぐりの激しい雨に、視界はかなりせばまっている。

 りようとぶつからないように飛ぶのが、芳佳には精いっぱいだ。


「宮藤、お前、サーニャの能力ちからめてるだろ?」


 まるで自分のことのようにまんげなエイラは、サーニャに難民船の位置をかくにんさせる。


「……こっち」


 みんなを先導するサーニャ。

 やがて、芳佳たちの前方に、波にほんろうされる中型漁船が見えてきた。


「ねね、あれかな〜?」


 と、ルッキーニ。


「……トリスタン号。ちがいありませんわ」


 げんそくに書かれた船名を、ペリーヌが確認する。

 海はトリスタン号にきばき、み込もうとしていた。


「トリスタン号、聞こえますか? こちら、第501統合せんとう航空団所属、サーニャ・リトヴャクちゆう。トリスタン号、聞こえますか?」


 サーニャは船とれんらくを取ろうとする。


「……ちら、トリス……号」


 かなり雑音が激しいが、反応があった。


「現在、私たちは貴船の西北西約800メートル。これから救助に向かいます」


 と、船に告げるサーニャ。


「で、これからどうします?」


 リーネがペリーヌの顔を見る。


「ええっと……」


 飛び出しては来たものの、ペリーヌは実は何も考えていなかった。


「ロープを船につないでえいこうするしかないだろうな。七人で引っ張れば、基地の港までなら何とか引いていけるだろ?」


 かたにロープの束をかけているシャーリーが言う。


「けど、ど〜やってロープを繫ぐんだよ!? デッキにだれかが下りるのか!?」


 波と風の音にき消されぬよう、声を張り上げるエイラ。

 確かにこの悪天候のもと、ウィッチの誰かがかんぱんに下りて作業をするのは無理がありそうだ。

 下手をすると、ストライカーユニットが船にげきとつ、そのまま海中へということになりかねない。

 と、その時。


「あ〜、誰か出てきたよ!」


 ルッキーニが難民船のデッキを指さした。

 ウィッチたちに気がついたのだろう。

 あまがつに身を包んだ男がデッキに出てきて、芳佳たちに向かって手にしたカンテラを振った。


「よし! ロープをわたして……」


 シャーリーはカンテラの明かりを目安に、肩にかついだロープを投げようとする。

 しかし。

 ザバッ!

 男はデッキを洗うような高波に押し流され、海に投げ出された。

 乱高下する波に翻弄され、みくちゃにされる男。


「!」


 おぼれる男に向かって急降下したのはペリーヌだった。

 ペリーヌは男が波間にぼつする前に、彼の腕を何とかつかんだが、そのままじようしようできずにいつしよに波に呑まれる。


「あの鹿!」


「ペリーヌさん!」


 シャーリーと芳佳が降下し、海面ギリギリのところでペリーヌたちの姿をさがす。


「メガネ!?」


「ペリーヌさん!」


せよ、これで終わりなんて!」


 悲痛な声をシャーリーがあげたその時。


「うっぷ!」


 いつしゆん、ペリーヌのものらしき手が見えた。


「!」


 波をかぶりながらもその手をつかむ芳佳。

 さらにシャーリーが、ぐったりした様子のペリーヌの身体からだを引き上げる。

 ペリーヌはそれでも、船から落ちた男の服をしっかりにぎり、はなしてはいなかった。

 芳佳とシャーリーは二人を支え、トリスタン号のデッキを目指す。


「ペリーヌさん! しっかりして!」


 芳佳は腕の中のペリーヌに呼びかける。


「……しっかり、してますわよ。あなたよりは」


 ペリーヌは海水をき出すと、じようにも言い返した。


「落ちるな!」


 魔道エンジンの出力を上げるシャーリー。

 ガクン!

 大きく上下にれるトリスタン号の船体にぶつかるようにして、芳佳たちは何とかデッキに乗り上げる。


「う、海に落ちたときの訓練、じゃなかったんですね〜」


 ペリーヌと手をつないだまま、あお向けになって大きくあえぐ芳佳。


「飛び立てそうか?」


 溺れていた男にまだ息があることをかくにんしたシャーリーは、ペリーヌと芳佳の顔を見る。

 シャーリーのムスタングは片方が完全にいかれ、もう一方も出力がかなり落ちている。

 飛べたとしても自分の体重をギリギリ支えられるかどうかだ。


「無理のようですわ」


 海水をかぶったうえに、船体にぶつけて破損したVG39を済まなそうに見下ろすペリーヌ。


「……ごめんなさい。がんってくれたのに」


「わ、私のほうは何とか」


 芳佳は、零式がどうするのを確認する。


「じゃあ、あたしとツンツンメガネは機関室を見てみる。応急修理ぐらいできるかも知れないからな。上はたのむ」


 シャーリーは芳佳に指示を出した。


「はい!」


 よたよたしながらもペリーヌとシャーリーの手を借りて立ち上がる芳佳。


「……ツンツンメガネって呼ぶの、やめてくれませんこと?」


 右の肩を貸すペリーヌは、チラリとシャーリーを見て不服そうにつぶやく。


「行きます!」


 船のりにロープをしっかりと結びつけた芳佳は、足元にほうじんを生み出し、零式を飛び立たせた。


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