第四章 特攻おにぎり大作戦!  ──または、乙女の胃袋の大きさ

第一話


「教えてほしいって……三角おにぎりのにぎり方を、ですか?」


 早朝の訓練を終えた後。

 ぬぐいであせを拭っている時に、坂本しようにいきなりたのまれ、芳佳は首をかしげた。


「ああ。正式に作り方を覚えたい、と思ってな」


 坂本はうなずいた。


「でも、どうしてです?」


 料理ぜんぱん、特に和食は芳佳の得意とするところ。

 だが、三角おにぎりなど、料理のうちにも入らない、と芳佳は思うのだが。


「いや」


 坂本は少し、ずかしそうに頭をいて視線をそらす。


「扶桑の軍人たるもの、伝統的なけいたいしよくたる握り飯ひとつ満足に作れぬようでは、その、恥ずかしいかな、と」


 確かに。

 坂本がだん作る握り飯は、理想的な三角おにぎりの形からはほど遠い。

 それはたいていの場合、見事なまでの球形になってしまうのだ。


「味の点では、まあ、申し分ないとは思うんだがなあ」


 眼帯をしていない方の坂本の目に、すがるような色が宿る。


「ひ、ひまだったら……でいいんだが?」


「いいですよ」


 幸い、ネウロイのらいしゆう予測までは、まだ日があった。

 あっさりと頷いた芳佳は、それがどんな悲劇を招くことになるか、予想だにしなかった。



 そして、その日の午後。


「ほ〜、ずいぶんといろあざやかだな」


 ちゆうぼうの調理台に並ぶおにぎりの列を見て、坂本は息をんでいた。


「はい! こっちのピンクのは、ご飯にタラコを混ぜ込んだもので、この黄色いのは、り卵。その緑色のは、刻んだ大根の葉っぱのつけものを混ぜてみました」


 かつぽう姿の芳佳は微笑む。


「い、いきなりハードルが高くないか?」


 そうたずねる坂本の顔はこわっている。


「これは見本です。坂本さんは、まず普通のおにぎりを握ってください」


「そ、そうか」


 明らかにホッとした表情になった坂本はうでまくりをした。


「よし! 見ていろ、扶桑軍人として、今日こそ三角をきわめてみせる!」



 三十分後。

 二人は三角おにぎりこうりやくの道が、意外に遠いことを実感していた。


「くっ! このひとつの角を約六十度に保つというのが、こうも至難のわざとはな!」


 調理台には、かいな形をしたご飯のかたまりが列を成している。

 最初のひとつこそ、普段、坂本が握っている球形おにぎりだったが、練習を重ねるうちに、だいに、想像を絶する形をしたおにぎりが並ぶようになってきたのだ。

 指の形がそのまま残るつぶれたえんばん形や、毛虫形、あしあと形。

 果てはしんれい写真を連想させるものや、大型ネウロイのような形をしたものまである。

 世が世で、材質がいた米でなかったら、坂本美緒はきっとキュビスムの造形芸術家として名を成していたことだろう。


「一度に形を決めようとしちゃですよ。こう、ふんわりと」


 芳佳は、おひつからしゃもじでご飯を取り、もうひとつ握ってみせる。

 すでに最初に炊いた二升五合の飯は底をきかけ、芳佳はさらに一升、追加して炊いているところだ。


「おおっ!」


 出来上がった三角形のおにぎりを見て、坂本の眼帯をしていない方の目が丸くなる。


「さすがだ! 宮藤、お前はこういうことに関しては天才だな!」


「あははは……」


 力なく笑う芳佳は、自分が意外とにんたいづよい人間であることを実感しつつあった。


「と、とにかく、ふんわりとですよ」


「うん。ふ、ふんわり……と?」


 指示通りにやってみようと、努力はする坂本。

 しかし。


「……ええい! 固まらないではないか!」


 ご飯は、坂本の手のひらに引っ付いただけだった。


「……坂本さん、今、手にお塩とお水をつけるの、忘れました」


 これで同じ注意をするのは、八度目である。

 戦場での、あのたぐいまれなる注意力と集中力はどこへ置いてきたのか、基地中を探してみたくなる芳佳。


「そ、そうだったな。ふんわりと、ふんわりと」


 坂本、再ちようせん


「ふん……わり……? ……そうか!」


 いきなり、坂本は開眼したようだ。


「軍刀のつかを握る要領だな! しんめん武蔵むさしの五輪の書にもそうある! なんだ、分かってしまえば簡単ではないか!」


「そ、そうかも知れませんね」


 けんじゆつのほうは、芳佳がさっぱり開眼していないので、何とも言えない。

 そして、出来上がったものは……。



「……棒、ですね」


「う、うむ。棒……だな」


 海苔のりを巻けば、梅しそ巻に見えないこともないものが、二人の前には転がっていた。

 そのまんま、軍刀の柄のように握れば、棒状のものが完成するのは道理である。


「理論的には……よかったはずなんだが?」


 めしつぶだらけの手でうでみをしながら、坂本は考え込む。


「はあ〜」


 そもそも、その理論がおかしいとは言えないのが、芳佳のつらいところだ。


「仕方ない、また二、三升いて……」


「あの、ですね、坂本さん」


 このままではひとつの三角おにぎりのために、基地の米の在庫が底をいてしまう。

 とうとう芳佳は方針てんかんをすることにした。


「別におにぎりは三角じゃなくてもいいんですよ。そう、俵形とかでも」


「俵形?」


 いつしゆんりゆうをひそめた坂本の顔がパッとかがやいた。


「そうか! 俵形とは気がつかなかった! 宮藤、お前、気がくな!」


「そ、そういうことでもないような……」


「よし! これから俵形にいどむぞ! 宮藤! 米を炊け、どんどんだ!」


「はい! ……って、どんどん?」


 坂本はおひつを引っくり返すと、腕に全身の力を込めてご飯を固め始めた。

 そして。



「うん! 完成だ!」


 二時間後。

 坂本は額のあせぬぐい、満足そうに頷いていた。


「さ、坂本さん、これは!」


 芳佳は目の前の、坂本がおにぎりとしようする物体を見て、息を呑んだ。

 確かに、形は俵形。

 しかし、その大きさは、実物の俵と同じくらいあった。


「どうだ! かなり忠実に俵を再現しているだろう!?」


 ほこらしげな坂本。


「あははははは」


 もはや、かける言葉が芳佳には見つからない。

 と、そこに。


しよう〜!」


 たまたま通りかかったペリーヌが、坂本の姿を見てけ寄ってきた。


「あ、あの、何をなさっていらっしゃるんですの…………豆、もとい、宮藤さんといつしよに?」


 と、芳佳をり返ったペリーヌの目は、もちろん、敵意むき出し。

 分かりやすくて、むしろすがすがしいくらいだ。


「いやな、扶桑軍人たるもの、伝統けいたいしよくぐらいはまともに作れるようになりたいと思ってな」


「それで特訓ですか? さすがですわ! まさに軍人のかがみ!」


 ペリーヌの目には、何時いつ如何いかなる時でも坂本は軍人の鑑なのだが。


「ははは、おだてるな」


 ごうかいに笑いながらも、坂本はまんざらでもない様子。


「今、多少まともなのがひとつ、完成したところだ。食うか?」


「もちろんです! 、私めに試食させてください!」


「あの〜、ペリーヌさん」


 一応、忠告しようと口をはさむ芳佳。


「あなたには絶対、試食役はわたしませんわよ!」


 ペリーヌは芳佳をキッとにらむ。

 しかし。


「う」


 俵形、というより、俵大のおにぎりをの当たりにした時、ペリーヌはこうちよくした。


「ま、まさに、愛の試練、ですわ……」


「具はなつとうだ。身体からだにいいぞ」


 ニッコリ笑い、坂本はさらに追いちをかける。


「気に入ってくれたら、どんどんにぎるからな、お前のために」


「……お前の……ため?」


 きゅんとなったペリーヌのみやくはく数は、急じようしよう


「いざ! いただきます!」


 ギュッと目を閉じ、ペリーヌは決死のかくで完食に挑んだ。

 結果。

 ざんぱいまで、20と2分かかった。


「……うっぷ。ちょ、ちょっと……医務室まで」


 うようにして食堂から出てゆくペリーヌを見送り、心からけんとうたたえたいと思った芳佳だった。



  * * *



「ひとり三十五個がノルマですよ! みなさん、残さず食べてくださいね!」


 その日の夕食の席で。

 芳佳はおにぎりを山のようにせたおぼんを持って、駆け回っていた。


「ひとり……三十……五個」


 三つ目で早くもおなかいっぱいになったリーネは、絶望的な表情をかべる。


「芳佳のおにぎり、すっごくおいしいよ!」


 ひとみをキラキラ輝かせているルッキーニがほおっているのは、トマト味のチキンライスで作ったおにぎり。

 わざわざ、ルッキーニがリクエストして芳佳に作ってもらったものだ。


「少佐の作ったのは……つうにおいしくないけど〜」


「うむむ」


 苦りきった顔の坂本。

 ぜんぱん的に、芳佳の作ったおにぎりは次々と消えてゆくのに、坂本が握った前衛的なおにぎりには、みんなの手がなかなかびない。


「おんなじお米を握っただけなのに、不思議と宮藤のとは味がちがうんだよなあ」


 かつこうな坂本のおにぎりには、おおざつなことではだれにも引けを取らないハルトマンでさえおどろきをかくせない。


「カールスラント軍人として、食い物はにできん! む、無駄にできんが……」


 二十二個目を完食した時点で顔に死相が表れ始めたバルクホルンは、こぶしでテーブルをドンッとたたいた。


「ええい! こういう時に限ってペリーヌは何をしている!」


「……先ほど、たおれて医務室に」


「ま、あいつとしちゃあ、ほんもうだろうな」


 愛はぶくろえられなかった事実に、シャーリーは同情のため息をつく。


「おにぎり〜、おっにぎり〜」


 両手に赤いおにぎりを持ったルッキーニは、実に美味おいしそうにパクついている。


「ま、まあ、今回の失敗は失敗として反省し、だ」


 こしに手を当てた坂本は一同をわたした。


「次こそは、三角に握ってみせるから、みんなも期待していてくれ!」


「つ、次が……」


「あるの……か?」


 くずれ落ちそうになるハルトマンとバルクホルン。


(お前が止めろ!)


 という、ウィッチ一同の無言の視線が、芳佳に集中する。


「うう、どうして私に〜」


 芳佳だって、ねこの首にすずをつけるネズミになるのはごめんだ。


「ま、美緒もまだまだ未熟、ということね」


 顔色ひとつ変えずに自分のノルマを完食したミーナは、かおり高い宇治茶を飲み干してニッコリと笑った。


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