第二話


「あとはこっちの方だけだよね」


 いくつか地下の部屋を見て回った後。

 芳佳たちは鉄ごうのついたとびらの前に立っていた。

 今まで捜した場所にはルッキーニが入ったけいせきはなく、芳佳は自分の推理に自信がなくなってきたところだ。


「ここ、何だろ?」


 扉を前に、ごくりとつばみ込む芳佳。

 黒く重そうな鋼鉄の扉には、『危険、立ち入り禁止』のり紙がある。


「わ、分からないけど……あまり入りたくないような」


 リーネの顔もこわる。


「でも、もしかしたらルッキーニちゃん、この中で出られなくなってるのかも知れないから」


 つうの人間には、『立ち入り禁止』という貼り紙には、その言葉の持つ意味以上の意味はないが、ルッキーニにとっては『ねつれつかんげい』と書いてあるのと同じである。

 芳佳は思い切ってドアノブに手をかけた。

 ……カチャ。

 意外と簡単に扉は開いた。


「暗いね」


「うん」


 部屋に入って、照明を探す二人。

 どうやらここは普段使われていない部屋らしく、古い雑誌や日常支給される品の予備などが、せまい空間にかなり乱雑にめ込んである。

 明かりははだか電球がひとつ。

 芳佳はそれをけ、周囲をわたす。

 すると。


「リーネちゃん、これ……」


 芳佳は部屋の奥のゆかに、板切れとロープ、そしてカナヅチを発見した。

 そして、半分完成した木製の台のようなものも。


「これって、芳佳ちゃん?」


「作りかけの隠れ家だよ」


 二人はさらに部屋の中を捜す。


「ルッキーニちゃ〜ん」


「ルッキーニちゃ〜ん」


 呼んでも返事はない。

 しかし。


「あ」


 リーネが木箱のかげかべのところに、ポッカリと開いた穴を見つけた。

 穴は床の途中まで広がっていて、ちょうど人が通れる大きさだ。


「この奥、かな?」


「行って……みる?」


 真っ暗な穴をのぞき込み、ちょっとためらう二人。


「まず、バルクホルンさんたちにれんらくしてから……」


 芳佳がインカムでみんなにじようきようを伝えようとした、その時。

 ガラガラガラ!

 足元がくずれ、二人の姿は穴の奥に消えた。



  * * *



「…………痛たたたた〜」


 気がつくと、芳佳は真っ暗な場所にいた。

 床は平らで、空気は暖かい。

 それとかすかに、どこからか水の流れる音が聞こえてくる。


「リーネちゃん、どこ?」


「ここだよ、芳佳ちゃん」


 すぐ近くで声。

 芳佳はさぐりでリーネをさがす。


「これ、リーネちゃんの手?」


「これ、芳佳ちゃんの手?」


 二人の手が同時に相手をつかむ。


「私たち、落っこちたんだよね」


「うん。でも、はしてないよ。それほど高くなかったみたい」


 幸い、芳佳のほうの出番はなさそうだ。


「と、とにかく、出口を探そう!」


 と、立ち上がって歩き出そうとする芳佳を、リーネが止める。


だよ、芳佳ちゃん、目が慣れるまで待たないと。でないと、またどこかに落っこっちゃうかも」


「そ、そっか。さすがはリーネちゃん」


 二人はその場に座り、じっと目が慣れるのを待つことにした。



 しかし。


「……目、全然慣れないね」


「うん」


「ブルーベリー、食べ続けておけばよかったね」


「うん」


 どれくらいの時間が経過しただろう?

 二人の目はなかなかくらやみに慣れなかった。

 このままではらちが明かない。

 ようやく決心した芳佳たちが再び動き出そうとした、その時。

 ガゴンッ!

 岩がかたい床に落ちるような音がした。


「な、何かいるよ、芳佳ちゃん」


 リーネの声はふるえる。


「く、くまとか? おおかみだったり?」


「狼!」


げよう、リーネちゃん」


「うん」


 芳佳とリーネは手を取り合い、走り出そうとする。

 だが。


「……待って〜」


 二人の背中を追いかけるように、心細げな声がした。


「って、ルッキーニちゃん?」


 足を止めてり返る芳佳。


「芳佳〜、リ〜ネ……」


 確かに、ルッキーニの声だ。


「ど、ど、どこ?」


 芳佳たちは声をたよりに、何とか手探りでルッキーニのところにたどり着く。


「わ、びっしょり? どうしたの?」


 芳佳はさわってみて、ルッキーニのかみがずぶれであることに気がついた。


「とにかく、こんな真っ暗じゃ」


 と、リーネ。


「そうだ! ルッキーニちゃん、エイラさんから、懐中電灯借りたでしょ?」


「そだった!」


 ルッキーニはふくろから取り出した懐中電灯を芳佳にわたす。

 カチリ。

 小さな光が、三人の姿を照らし出した。


「にゃ〜ん、こわかったよ〜」


 と、リーネに、というよりは、その豊かな胸にきつくルッキーニ。


「どうしてこんなところに転がり込んだの?」


 リーネがやさしく頭をでてやりながらたずねる。


「んっとね、地下室にね、新しいかくを作ろうとしてたらね、いきなり落っこちたの」


「あ〜、なるほど」


 芳佳は地下室の床に開いていた穴と、作りかけの隠れ家のことを思い出す。


「とりあえず、ここを出よう」


 そう言って、懐中電灯で周囲を照らしてみた芳佳は息をんだ。


「こ、これ何!」


 がみのような大理石の像。

 古代の戦争をえがいたレリーフ。

 そうれいな白い柱。

 そして、こんこんき上がる湯をたたえたプール。

 さきほどから不思議なくらいに暖かかったのは、おそらく、このお湯のせい。

 温泉が湧き出ているのだ。


「い、せきかな?」


 まどいの表情のリーネ。


「もし、そうだとしたら……歴史的大発見!?」


 芳佳はい上がる。


「ど、ど、ど、どうしよう、リーネちゃん、私たちの名前が遺跡に付いちゃったら!?」


「それはないよ。第一、最初に発見したのはルッキーニちゃんだし」


「そっか〜。あ、でも三人いつしよに新聞にったりして!」


「軍のせつ内だから、それも……」


 リーネは苦笑いするしかない。


「とにかく、みんなに知らせないと」


「そうだった!」


 芳佳はインカムで報告する。


「発見しました! 大発見です! 遺跡と、温泉と、ルッキーニちゃんです!」


「はあ?」


 返ってきたのは、坂本の声。


「あっと、順番がちがいました! 歴史的ルッキーニちゃんを大発見して、あと、温泉が遺跡です!」


「……宮藤、報告はめいりように。あと、声がでか過ぎる!」


 地上にはさっぱり理解されない芳佳の第一報だった。



  * * *



「このあたりは地熱が高いと聞いてはいたけれど、古代の温泉なんて」


 遺跡を調べたミーナはたんそくした。


「ローマていこく支配時代の浴場だわ。おそらく、ハドリアヌス帝か、アントニウス・ピウス帝のころの」


「ええと、それって……」


 おうしゆうの歴史には、とんとうとい芳佳。


「二世紀の前半、ですわ」


 ペリーヌがそんなことも知らないのかという顔をする。


「場所が場所だけに、平和になるまでは公表はできんな」


 坂本は周囲を照らしながら、少ししそうに言った。


「やっぱり〜」


 かたを落とす芳佳。

 ルッキーニ・ビショップ・宮藤遺跡は夢と消えた訳である。

 そもそもすいせいや小わくせいではあるまいし、発見者の名前が遺跡に付くことなどないことさえ、芳佳は知らなかったのだが。


「ええ、そうね」


 公表できないという坂本の意見に同意するミーナは、ガッカリする芳佳に向かってウインクした。


「でも、活用していけないという手はないわね」



  * * *



 そして、三日後。

 有能なる設営隊のかつやくにより、ローマ浴場の遺跡は、快適に入浴が可能な状態に復元された。

 ウィッチたちは、ささやかな開設式を行い、みんなそろって古代ローマのぜいを楽しむことになった。

 だんは時間帯の合わないサーニャや、サウナ派のエイラも一緒だ。


「ルッキーニが消えたおかげで、レクリエーション施設がひとつ増えたな」


 湯に胸まで身体からだしずめた坂本は、半ば感心、半ばとがめるような口調で言った。


「えへへ〜、もっとめて誉めて〜」


 と、ルッキーニ。


「誉めていませんわよ。皮肉ですわ、皮肉」


 さりげなく坂本の近くに位置取ったペリーヌは、メガネについた湯気をきながら小さくつぶやく。


「……ったく、これではしようが見えませんわ」


「ん? どうしたペリーヌ?」


 り返る坂本。


「あ、あ、あ、あ、あ、あの……大したことでは……あ〜っ!」


 ちゃぷん!

 あわてたペリーヌは、お湯の中にメガネを落とす。


「メガネ、メガネ……」


「この温泉には、何か効能はあるのか?」


 さぐりでメガネをさがすペリーヌを他所よそに、カールスラント的実利主義を発揮してバルクホルンがミーナに尋ねる。


「は〜い!」


 ミーナに代わって答えたのは、シャーリーとルッキーニだ。


「泉質は?」


 と、ルッキーニ。


がんてつせん〜」


 シャーリーは何故なぜか、使いのウサ耳を出して答える。


「効能は〜?」


湿しつ効果が高く〜、ひんけつ、冷えしよう、筋肉痛などに効果がありま〜す!」


「た、楽しそうだな、お前たち」


 バルクホルンはついてゆけない。


「でも、ルッキーニちゃんは、シャーリーさんのことが本当に大好きだよねえ」


 シャーリーの二つの胸に頭をはさみ、手足をバシャバシャさせているルッキーニを見て、芳佳はクスリと笑う。


「うん! おもしろいし、おっぱいがおっきくて、マ〜マみたい!」


 ルッキーニは顔をかがやかせ、両手を大きく広げた。


「マ、マ〜マかあ……」


 16歳のシャーリーは、ちょっと複雑な表情だ。


「あ、でも芳佳のことも好きだよ。パスタみたいなあの、えっと、うろん?とか、扶桑のお料理、おいしいし。あ、胸は残念賞だけど〜」


「ざ、残念賞……」


 ブクブクとお湯に沈んでゆく芳佳。


「じゃ、じゃあ、私は?」


 と、少しためらいながら、リーネが自分を指さす。


「おいしいお作ってくれるから、だ〜い好き! おっぱいもおっきいし!」


「……結局……そこなんですか」


 芳佳に続いて、リーネも水中にぼつする。


「あとあと」


 ルッキーニは、バルクホルンとハルトマンの方を見る。


「バルクホルンたいは、前はかたくるしかったけど〜、最近はお姉さんみたいで、面白いから好き!」


「お、面白い?」


 よもやそんな評価が下るとはじんも思っていなかったバルクホルンは、どういう顔をしていいか分からない。


「ハルトマン中尉は〜、すっごく部屋を散らかしたり、すっごく長く寝ていられるから、尊敬しちゃう!」


「いや〜、照れるな〜」


 頭をくハルトマン。


「つけあがるな! ていうか、貴様、人間としてだろうが! それにタオルをお湯につけるんじゃない!」


 バルクホルンはザバッと立ち上がって、ハルトマンをる。

 やはり、面白い人である。


「それに〜」


 ルッキーニはペリーヌを見て、ニヤリとする。


「ペリーヌはぺたんこでも、からかうと面白いし〜」


「か、からかうですって! な、な、な、何ですの! その一段高みから見下ろしたような言い方は! ……って、そもそもあなたにぺたんこと言われたくはありません!」


 ようやく拾ったメガネをかけ直し、真っ赤になっておこるペリーヌ。


「……でも確かに、さわりがいなさそうだよね」


 すでにシャーリーや坂本のおっぱいをみしだき、リーネの胸に顔をうずめた経験のある芳佳は思わずつぶやく。


「あなただって同類でしょおおおおおっ!」


 ペリーヌはさらにげつこうする。


「おい、私とサーニャはどうなんだ?」


 と、身を乗り出したのは、エイラ。


「んと、さ〜にゃんは、あたしの起きてる時間に寝てるから、あんまりお話できないけど、あたしとちがって、はだが真っ白で〜、おひめさまみた〜い」


「うんうん、そうだろそうだろ」


 顔がほころぶエイラ。


「エイラは変なものが部屋にた〜くさんあって面白いし、全然当たらないタロットうらないも面白いよ〜」


「当たらないって言うな〜!」


「坂本少佐はこわい時もあるけど……やさしいから好き!」


「ふ、優しいか……」


 坂本は微笑ほほえむ。


「まあ、そう言われると、悪い気はしない。だからといって、訓練の手はかんがな」


「ミーナ隊長は、かくを作っていいって言ってくれて、かい工作とぼうがい活動以外なら何をしてもいいって言ってくれたから好き!」


「ゆ、行方ゆくえ不明になるのも、なるべくやめてね」


 ミーナの笑顔が、少し引きつる。


「だからだから〜!」


 ルッキーニは、がみスリス=ミネルヴァの像にけ上ると、お湯にドップ〜ンと飛び込んだ。


「み〜んな、だ〜い好きだよ!」


 みんなを愛し、みんなに愛される。

 それが、フランチェスカ・ルッキーニなのだ。

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